第7章3 小童自信 vs 姫姿怠慢



 気を失ったスィルカが、シオウとリッドによって闘技場の横へと運び出される。すぐさまミュースィルが駆け寄り、心配そうに従妹いとこの顔を覗き込んだ。


「ま、急所にいいのを貰ったからな、少し起きるのに時間はかかるだろうが、命に別状はないし重い怪我もない。安心していいよ、ミュー」

「そう、ですか…よかったです。本当に心配しました。…確かにあまり大きな怪我はしていなさそうで――――」

 しかし、そこでミュースィルの声は途切れる。スィルカの様子を見るに違和感を覚えたからだ。


「(? 確か試合中、太ももを鋭く切られたと思うのですがキズがどこにも見当たりません……??)」

 首をかしげる彼女に背を向けると、スィルカを運び出し終えたので後はよろしくとばかりに、シオウは闘技場へと上がり直した。



《いいの? 治した・・・コト、お姫様に言わないで?》

「(大きな傷だけ応急で治癒しただけだ。それに、治癒魔法が使える事はあまりおおっぴらにしない方がいい)」

 そう。シオウは闘技場の上でスィルカに近寄った際、自身の身体と髪でハルや審判に見えぬよう位置取りつつ、大きな傷に治癒魔法をかけて塞いだ。

 当然、闘技場の外のチームメイトにも見せず、あくまでスィルカを運び出しただけを装う。


「(ルクシャード皇国だと治癒魔法の使い手は不足気味のようだからな。使えるとわかればそれこそ目立つ。それに試合に挑むにあたり、治療してもらえるって情報が根底にあると、リッド達あいつらが無意識のうちに緩んで・・・しまうだろうしな)」

《やっぱり勝たせる気マンマンじゃないの、ホント素直じゃないんだかラ♪》

「(はいはい……)」

 守護聖獣の茶々に対して脱力しつつ、開始線に近づく。木杖をクルルッと素早く数回転させてから、ちょうどいい部分を改めて右手で掴みなおしつつ、大あくびをかいた口を左手で隠した。


 これから試合に挑もうとする者としてシオウの態度は、いたく不真面目――――――試合を観戦している者の多くは彼を見てそう感じた事だろう。だがそんな中、まったく別の見方をしている者が二人いた。




――――――観客席最上部通路。


「……」

「なんだガント、こんなところにいたのか? 他試合の観戦なんて珍しいじゃないか?」

「ジクーデンか…貴様もこの試合、見ておくがいい。ちょうど同じ副将同士の対決だ。どちらが勝ち上がってこようとも、お前が戦う事になる可能性の高い二人となろう」

 チーム・ガントの副将を務めるジクーデンは驚いた表情を見せた。ガントがこうも他の試合に反応する様を見た事がないからだ。いつもは見る価値がないと言って自チームの試合以外では会場にすら来ないというのに。


「おいおい、熱でもアリさんかい? らしくもない」

「あるいは可能性があるからだ、あの二人は。だが、まだどちらも芯が見えん」

「! ……そうかい、まぁリーダーさんがそー言うんなら、見せてもらいまひょうかねっ、と」

 ジクーデンは手すりに飛び乗り、椅子代わりして座る。こと戦闘ごとに関してはこの学園でガントの右に出る者はいない。そんな彼が、見るべきものがあるというのだから見ないわけにはいかない。


「ふーん…またちんまい二人の対戦カードだぁな。あっちはハルか…んでこっちは…シオウのヤツか。んー、9:1でハルの勝ちだっしょ、確かに俺ら2年次の中じゃあ異色な二人だがよ、劣等生がハルに勝てる目あるとは思えんな~」

 ガントが何を気にしているのかは知らないが、ジクーデンが持っている彼らの情報だと、この試合に見るべきものはない。


 しかしガントは違う。彼の頭の中には、リッドとの模擬戦の時に割って入って自分の攻撃を容易く止めて見せたシオウの姿が、こびりついて離れていないのだ。

 相手のハルにしても、決して侮れないもの持っている事を、先の対スィルカ戦で見せてもらっている。


「……さぁ見せてもらう、貴様の真価のほどを」

 もはや自分のチームメイトの言葉など耳に入ってはいない。闘技場の上に視線も聴覚も集中しているガントに、ジクーデンはやれやれと両手を上げて首をすくめた。







―――――――闘技場の上。


「(明らかにこっちを視てる・・・奴がいるな…)」

《危険な相手かしラ?》

「(いや、この視線の感じは…おおかた戦闘好きな生徒…ガントとかあの辺りの連中だろうよ)」

 シオウはため息をついた。

 目立ちくないというのに自分の実力ちからを知ろうとしている視線がある。ただでさえ大勢の観客の目に晒されているのだ、どう戦ったものかとますます困ってしまう。


《面倒ならいっそのこと、もう思いっきりヤっちゃったら?》

「(後が面倒になるのは目に見えてる。下手すりゃ学園から…いやこの国から逃げ出す事にもなりかねないのは分かってるだろう?)」

《まーネ。でもそれはそれでもいいんじゃナイ? いまさら気にするコト?》

「(…最低でも、学園関係者しか閲覧できない本を全て読破するまで遠慮したい事態だな、それは)」

 再びため息をつくシオウを見て、対峙するハルは少し不機嫌になる。


「なーに、シオウくん。あたしとの対戦がそんなに嫌ってことー?」

「…いや、別に誰ってわけでもなく出番が回ってくるのが億劫なだけだよ、気にしないでくれ」

 すると一転して、ハルはコロコロと笑った。


「アハハ、そっかー。まぁ頭数合わせの付き合いで参加させられたっぽいもんねー。ご愁傷さまだけど手加減はしないよー? ちびっこ仲間としては心ぐるしいけど、勝たせてもらうかんねっ♪」

「…まぁ、仲間…うん、仲間か…そっかー…うーん、まぁいいんだがな。背はもう諦め――――」

「ノンノン! 諦めちゃダメでしょそこはっ!! あたしは諦めないよっ、背だっておっぱいだって、これからどーんとばーんと成長する予定だもんねっ、ぜったいにさ!!」

 どうやらハルはシオウに対してシンパシーを抱いているらしい。確かに二人は学内の生徒の中でも小柄という共通点を持っている。見た目にも男性らしさに欠けるシオウは、ハルから見れば同族同類ということなのだろう。


「そっか…うん、まぁなんだ。そこは俺の分まで頑張ってくれ」

 そう言うとシオウは木杖を一度軽く掲げから地面に立てる。コンッと子気味のよい、闘技場周辺にまでよく通る音が鳴った。

 それが話はここまでという意である事はハルにも分かる。


「フフン、私だけ成長してそのうち悔しがることになっても知らないんだからっ」

 ハルも木剣を構えた。スィルカの時と同じ二刀流スタイル――――が、自信たっぷりなその表情は、先の試合よりも幾分か緊張感がないように見える。


「(楽勝、と思ってるんだろうな。うーん、本音を言えば負けてしまった方が俺個人としては楽なんだが…)」

 瞳が一瞬だけ横に動く。シオウの後方、闘技場の傍らではミュースィルにひざまくらされてまだ目覚めないスィルカに、その周囲を守るように立っているノヴィンとリッド。皆、設置型魔導具の前でかたまっている。


「(一応は出番の控えてるミューが医務室についていこうとする懸念があったから、あの場で治癒しておいたが…)」

《逆効果じゃナイ? いっそのこと怪我したまま運び出しちゃった方が良かったかもネ》


 チームメイト全員が見ている。観客が見ている。他チームの選手たちが見ている。


 なんとやりにくい状況だろうと、シオウは心中嘆く。ハルの想定通り、楽勝できる弱い相手として敗退してしまいたいがそうもいかない。

 連戦とはいえスィルカを倒した相手だ。ミュースィルに回して彼女をボコボコにさせたりしたら、それこそこの国の皇族が黙っていないかもしれないという危惧もある。


「(―――――やれやれ、だから目立つ事はしたくないな。面倒事が多い…さて、これをどうしたものか…)」


 審判の手が上がる。試合開始の合図が――――――


「はぁ~ぁっ!!」

 なされたと同時にハルが飛んできた。地面を蹴って1度の跳躍でシオウに迫る。


「これでおしまいっ」

 どうやら開幕の一瞬で決める気だったらしい。二本の木剣が左右からハサミの刃のようにシオウを挟む!


「……ふぅん、なるほどな?」



 ヒュカッッ!!!



「んな!? 今のを―――」

 勢いが強すぎてそのままシオウを通り越したハルが、低い姿勢で土煙を上げながら地面を滑る。


「―――かわしたっ?!」

 位置関係がちょうど入れ替わる形。ハルの背中をリッド達が近くに見るような位置だ。しかしシオウは自分の開始線より動いていない。


「おおよその見当はついてたが、やはりこうして対峙してみると更に色々と見えてくるもんだな…」

 別にこれといって変わった事を言ってるわけでも、態度をとっているわけでもない。

 だが言い知れぬナニかが、いつもの調子で語るシオウより感じられてきてハルは不意に、謎の戦慄に見舞われた。


「(!!? どーゆーこと、なんでシオウくんからこんな…??)」

 まだ戦闘らしい戦闘などしていない。ただ片方が先手必勝で仕掛けたのをもう片方が避けたというだけの事。

 なのにハルの本能が大いに警鐘を鳴らしていた。彼は、勝つに容易ならざる相手である、と。

 




―――――――7年前。


「ちぇぇぇい!! えい、やぁっ!!」


 ブンッ、ブンッ、ブンッ!!


 ハルは、10歳になったお祝いにと二振りの刀を両親より賜った。それは彼女の家独自の風習であり、男子女子問わずに真新しい真剣2本を頂き、生涯を共にするというもの。

 幼い彼女はそれを喜び、さっそくとばかりに庭で振り回していた。


「ハル、刀は容易な振り方をしてはなりません。一太刀一太刀を丁寧に、しかと心を置いて振るうもの…そのような扱いをしていると、刀が泣いてしまいますよ」

「はぁーい、おかーさま!!」

 ハルの家は、ルクシャード皇国では珍しい “ 和 ” の文化を受け継ぐ家柄だった。幼少期より施される教養の数々も伝統に根差したものが多く、特に舞踊ダンスなどは皇国で一般的なダンスの体系とはまるで異なるものであった。


 だがハルは、物ならば刀、教えならば舞踊を好み、齢10歳にして大人顔負けの舞いを披露する事の出来る娘であった。


「やーい、やーい、ヘンなおどりー。カッコもおかしいぞーおまえー」


 幼い頃からそんなイジメを受けてきたハルだがむしろ怯むこともなく、バカにした相手を叩きのめしに飛び込んで行くような子だった。自分の家とスタイル、そして両親を尊敬しているからこそ当然、相手に一切容赦しなかったがために、いつしか周囲の心ない悪童達の声を、力づくで黙らせるまでに至っていた。


 そんなハルにとって、その心を最も苦しめたのは先達せんだつへの憧憬と、彼らと比較した折の自分の未熟さだった。そしてそれは、年を重ねるたびに深まるばかり。


 成長かんばしくない己の身体にすら、まるで自分が永遠に未熟者であり、父や母を追い越すどころか決して追いつけないと言われているようで、不安をかきたてられる。


 自信喪失の波は幾度となくハルを襲った。けれどハルは、その度に技を磨き、習いを深め、己の特技を洗練せんとする努力によって乗り越えてきた。



 14歳――――学園に入学する事を決めたのは、果たして同世代の他人と比べていかにあるのか? と、世の中の尺度の中にあって己は如何ほどのものなのか。それを知りたいと思ったのがきっかけだった。


 実際、学園に通うようになった後、過去のあらゆる習いと研鑽けんさんは無駄でなかった事をるのにたいして時間はかからなかった。


 他者との比較により、彼女は絶対的な自信を得る。自分は同い年の者と比べてもしかと優れたモノを持っている、と。


 もっとも己が肉体の成長具合に関しては逆に、打ちのめされる事になってしまったが。


 ・


 ・


 ・




「はぁ、はぁ…はぁっ!?」

 そんなハルの自信がシオウと対峙し、試合がはじまって1分と経たないうちに萎縮してゆく。

 ただ1度、攻撃を仕掛けてかわされただけだというのに言い知れぬモノを感じ取った彼女は、次を仕掛ける事もなく、木剣二刀を構えたまま動けないでいる。


「ん、少し漏れて・・・たかな。…ふぅー……はぁ、…やれやれ」

「っ?! な、何?? 急に…変わった??」

 シオウが大きく息を吐いた途端、ハルの感じていた戦慄が消える。全身のざわめきが失せた。精神が平静さを取り戻してゆく。



《久しぶりだからって気ぃ抜けてたんじゃないノ?》

「(ああ、少し緩んでたかもな。…だが今ので何かを感じとり、不用意に動く事なく慎重になれる、か。少なくとも精神力という点においてはガント以上かもな)」

 シオウはチラリと、瞳だけを動かして観客席やその上の方を見回した。予想通り今の・・で何かを感じ取っていたのは眼前のハルだけだった事を確認すると、安堵から肩の力を抜く。


《と、いう事は…このコ、ますます難しそうネ》

「(才能ある選手が相手じゃあ、誤魔化して上手く戦うのはキツい、か…)」

 安堵もつかの間、さてどうハルを下せばいいのかとシオウは悩む。相手の次の出方を伺う風を装いながら静観したまま、彼女の観察を続けた。





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