第7章2 見当違わず、されど当たらず



 ドンッ!!


「ぅっん!? また…こっちにっ」

 死角から体当たりを受けたスィルカは反射的に裏拳で応じる。しかしその腕は空を切った。ハルの姿は既にない。


「学ばないねー、ほいっと!」


 ビシッ!!


「っ!! …はぁ、はぁ…本当にちょこまか動きはりまして…っ」

 風が唸るような蹴りを放つも、やはり当たらない。ハルは驚くほど柔らかくブリッジして余裕でかわした。しかもそれだけにとどまらない。


「はいっと!」


 ビッ!!


「痛っぅ!!? はぁ、はぁ、ぜぇ、ぜぇ…っ、太ももを…」

 ブリッジ態勢から両脚を勢いよくあげての後転。足のカカトが鋭く描いた弧が、蹴り放って伸びていたスィルカの脚の側面を切った。


 深くはないものの、人間の表皮は鋭く切ると見た目に派手な出血が生じる。



「シルちゃん!!」


 当然それを見て、闘技場の外から従姉いとこの声が上がった。


「あちゃー、ミュー姉様を心配させんようにと思ってましたのに。これは後で面倒な事になりそうで…」

 深いため息をつく。ミュースィルに多少過保護なところがあるのは、幼い頃からの付き合いゆえスィルカはよく知っている。

 なるべくケガを負いたくないのは、女子として肌を傷つけたくないだとかそういう事ではなく、ひとえに試合後のミュースィルの面倒な反応が予想できてしまうからだった。


「(さて、後の話は今は忘れるーしましても…なんでウチの攻撃は当たりませんのでしょうね、ホントに。なんとかしませんと…)」

 さすがに1発も攻撃を当てられずに終わるというのは、スィルカのプライドが許さない。

 相手が機動性に富んでいる事は十分に分かった。だが、それだけでは自分の攻撃の一切が当たらない理由にはならないと、スィルカは見切れていない相手の強さの謎を深く考え求めた。


 ・

 ・

 ・



「突然だがノヴィン、問題だ。真正面で、それも相手から1m以内の距離にいる。相手は剣を振り上げ、今にも振り下ろしてきそうな場合、お前ならどうする?」

「え? え、えーと…、正面で、剣で1m以内から切りつけられようとしている…ですか…うーん……??」

 シオウからいきなり問題を振られて、ノヴィンは困惑しながらも律儀に考えはじめた。リッドとミュースィルも、一体何を言いたいのか、どういう意図があるのかと横から首を傾げながらもつい考えてみる。


「1mだろ? そんな距離じゃ回避は無理だよなぁ……素早く自分の武器を前に出して、受け止めるくらいしかできないんじゃないのか??」

「…あっ、ですがシルちゃんのように格闘技が出来るのでしたら、相手の方の足をすくうという方法も取れるのではないでしょうか?」

 だが、リッドとミュースィルの解答にシオウは軽く両肩を上下させた。否定こそしないものの、正解ではないと態度で語る。


「えーと、うーんと…あっ、も、もしかしたらですよ? それっても答えは回避する…とかなんでしょうか??」

「理由は?」

「え、いえ…その、分かりません。リッド先輩が回避は無理って言ってそれが正解じゃないなら逆かなーって思っただけで…すみません」

 するとシオウはそこでフッと微笑んで顔を緩ませた。まぁそんなものだろう、といった感じで、答えを口にする。


「そう、正解は回避だ。もちろん誰にでも取れる選択肢じゃないけどな。剣とは言ったが、この際相手の武器は関係ない。重要なのは距離だ」

「距離…1m以内ってヤツか? 1m、1mねぇ…1m………あ!」

 リッドがシオウの言わんとしている事に気付いて、そして改めて闘技場の上の二人に視線を向ける。


「そういう事か!! いや、マジか? そんな事やれるのか、あのおチビさんが??!」

「え、え? あの…つまりはどういう事なのでしょうか??」

「ミュー。攻撃っていうのはどんなものであれ、最適な距離というのがあるんだ。いわゆる “ 間合い ” というヤツだな。仮に凄腕の剣士がいたとしても、適切な間合いで剣を振るわないと100%の攻撃力は発揮出来ない――――相手のハルは、その間合いを完璧に支配しているのさ」

 そう言うと、シオウは自分の木杖をノヴィンに投げて渡す。そして1歩ずつ正面から彼に近づいて互いの距離がおよそ1mジャストのところで止まった。


「ノヴィン。その木杖を俺の肩に当ててみ」

「えーと、こう…ですか?」

 ポンッと当たる。杖の長さ、両者の背丈の差、ノヴィンの腕の長さなどから、木杖のいい位置がちょうどシオウの肩を捉えている。もし力を込めて攻撃として振り下ろしたなら、絶対的にダメージを与える事が可能な “ 間合い ” だ。


「よし。じゃあそのまま、ビックリせずにじっとしてろ――――よっと!」


ビュッ!!!!


「う、うわぁっ!!!?」


 スタッ…


 不意にシオウが跳んでノヴィンに迫った。見る者に完全にぶつかるんじゃないかと思わせる速度と勢いで――――それはハルがスィルカに対して取る動きの一端にも似ている。


 もちろんぶつかりはしない。ノヴィンと身体が接触するかどうかという超至近で、シオウの両脚は地面に降り立っていた。


「どうだ? 今度は木杖で肩を叩くのは難しいだろ?」

「あっ! は、はいっ、確かにこれじゃあ……」

 肩を狙っても、肩の後ろを叩くことになる。それはそれでダメージを与えられるかもしれないが、もし肩へのダメージを意図しての攻撃を放ってこうなったのだとしたら話は別だ。


「そう。肩にダメージはほぼ行かない。しかも狙った攻撃にはならないわけだから、タイミングとかリズムってものが乱れる。もちろんスィルカは格闘技を嗜んでいる分、そういった乱れは即座に修正できるだろうが、狙った攻撃を外される――――間合いを外され続けるわけだ、今みたいな感じでな」

「仮にまぐれ当たりしたところで大した事もなし、ってわけか。けどあのチビさん、まさか姫さんの攻撃の間合いを完全に見切ってるとか、どうなってるんだ??」

 相手の攻撃を見切るのは簡単な事ではない。


 リッドやスィルカくらいの力量の持ち主でも、短い攻防で相手の手の内を見切るのはまず不可能だ。加えるならスィルカのようなスピードある攻撃が可能な接近戦タイプ相手ならなおのこと。


 リッドには、いくら強いといってもあのチビっこがそこまでハイレベルな相手だとはどうしても思えなかった。


「ま、対峙しているスィルカが一番奇妙に感じているだろう。確かに間合いを外されればあらゆる攻撃は有効には働かない。そこまではいいが今回の場合、簡単に間合いを詰められ、また離されてる事の方が問題だろうな」


 ・

 ・

 ・


「(…間合いっていうんはすなわち自分のテリトリー…自分の攻撃力が最も発揮される有利な領域…そうやから普通は簡単には近づけはしませんし、ひとたび間合いに入ったら出るんも容易と違う…はずなんですけども、この人―――)」

 ハルは、スィルカとの間合いの境を平然と行き来している。対応しつつも噴き出す汗が止まらない。

 普通に考えるなら絶望的なほど実力に開きがあった、と考えはじめるところだが、学園の生徒の中にそんな超ド級の人物がいるものだろうか? という不思議があって、スィルカまだ気持ちが折れてはいなかった。


 何せ彼女自身、1対1ならば武装したお城の将兵にも勝てる実力がある。もしもその彼女すら足元にも及ばないとなれば、それはもはや英雄級だろう。世間的にもっと脚光なり評価なりされて、学園内でも生徒間で風聞出回っているはずだ。


 だが、そんな生徒の話は聞いた事もない。


 実力をひた隠しにしていたというセンもない事もないだろうが、それなら隠していた実力を今披露するというのは不自然だ。そんなに重要性のある大会というわけでもないし、ここで負けたら人生が終わるというものでもないのに。


 故に、ハルの実力はあくまでも学園生徒の範囲を大きく超えはしていないはずなのだ。


「(仮にウチよりも強いとしましても……そんなに開きがあるていうんは…なんかしっくりきませんし)」

 元々疲弊した状態で挑んだ試合。負けは覚悟の上ではあるが、今をもってしても戦闘が困難になるほどのダメージを貰っているわけでもない。


「はい、ほいっ、ていっ♪」


 ビシッ、バシッ、ドシッ


 その身に攻撃を受け続けてはいるが、全て軽いのだ。その小柄な見た目通りの攻撃の軽さは、スィルカをこの試合中に戦闘不能まで追い込めないであろうほどに弱い。


「(わざと…っていう可能性もありますけど、長い制限時間の先の判定勝ちをわざわざ狙うーいうのも不自然……)」


 ブンッ!!


 相変わらずスィルカの反撃は当たらない。空を切るばかりだ。


 この際、こちらの攻撃が当たらない妙はひとまず置いておく。現状ではどんなに攻撃をHITさせられようとも、ノックアウトされる危険性は低いのだから。


「(判定にもつれ込めば確実にウチの負け……けどウチは一撃でいい。一撃で相手を打ちのめしてしまえれば勝―――――……っ!? まさかっ、相手も1撃狙いゆーことなんじゃ??)」

 それならば軽い攻撃ばかりなのも分らないではない。既に連戦で疲弊している相手が一撃に勝利の望みをかける可能性は高い。実際スィルカはそう考えていた。


 しかし今、通常の攻撃でさえ当たらない。その謎の答えは、ハルも一撃で決めるのを狙い、下手な攻撃で隙を作ってしまわないために、小さく弱い攻撃ばかりに終始して、もっぱら動きに注力しているのだという仮定が、スィルカの脳裏を横切ろうとして離れていかない。


「(弱く小さいゆーても攻撃は攻撃…ウチを倒せんレベルとはいえ、ダメージはがかさんでるんは確実。いざって時のこっちの一撃が上手く入らなくなるかもしーひんし。それに自分の一撃を入れる隙を確実にウチに作らせよういうんもありそう…)」

 相手の狙いがそうであるとした上で、スィルカは自分に取れる方策を考える。


「(動きをよく見極めて、一番付け入れられそうなポイントでいれる……翻弄されんようにしつつ、相手かて適当に動いているわけやないんやから)」

 ここまで自分の戦いが出来ないとなると、むしろ落ち着きが出てくる。致命的なものを貰わないと分かっていれば、攻撃を受けるに我慢するのはそう難しい事ではない。


 幸いにもハルの戦法は一貫しているし、体感的にも攻撃を入れてくる角度や動きは、なんとなくだが把握できつつあった。


「(相手の身体は小さい。一撃、ウチがしっかりと一撃入れさえすれば、戦況は大きく変わる…はずっ)」

 相手も一撃を狙っているのだとすれば、どこかで強力な攻撃が飛んでくるかもしれない。それにも注意しつつ、防戦一方のスィルカは相手の動きをしかと注視する。


「ふふっ、どーやらあたしに一発も当てられないよーだね、青おっぱい。そろそろ諦めたらどーかなっ?!」

 ハルは、一度スィルカに近づくと完全に彼女を柱にしてその周囲を回っている。だが回る方向やスピードは変則的だ。そこにパターンめいた動きは感じられない。


「簡単にっ、…んっ、諦めるくらいやったら、っ、最初から参加なんてしませんよって!」

 カウンター狙いで相手の攻撃を防げた時に素早く攻撃を繰り出すも、やはり当たらない。


「あはっ、それもそっかー。じゃあせいぜいあがきなよっ!」

 一度の接近で、少なくとも10発は攻撃を繰り出してくるハル。そしてするりと間合いより抜け、安全な間合いを取るや否や、その場で軽くトントンと跳ね、体勢と整え直したかと思えばまた詰めてくるの繰り返しだ。


「(その中に…ある! ウチの死角から正面に回り込んでくる際に地面を踏むっ。その際、ほんの僅かやけど足に力込めてるみたいで動きが遅れてる時が!)」

 それは時間にして0.1秒レベルの差でしかない。だが狙うならそこしかないとスィルカは思った。


 ビッ! ドドドッ!! ガッ、ガッガガッ!


 ……ト…ンッ


「! ここっ!!!」


シュビッィ!!! ―――――チュンッ!


「残念! そしてありがと、ミエミエな釣り・・にかかってくれてさっ!」


ドゥッ!!


「っ!!! ――――――は、…ぁ、…ぅう、…ぐ、う……、………」


 豊かな胸の下、水月すいげつと呼ばれる箇所にハルの持つ木剣の柄がうずもれていた。

 それはいわゆる みぞおち。人体の急所の一つとして名高いポイントである。


 さすがにスィルカはその場でぐらりと揺らぎ、そして前に倒れていく。


「おわったっとっととと?! わきゃあっ!!!」

 倒れるスィルカに下敷きにされたハル。すぐに身体を持ち上げて、仰向けに転がす形で引っぺがし、這い出てくる。


「ふー、まったくもー。こっちに倒れてこないでよね。あーびっくりした…このおっぱいをもいじゃうぞっ!」

 完全に気絶しているスィルカの胸を、ポムポム叩きながら物言わぬ敗者に抗議するハル。


「こ、コラ、止めなさいキミ! 開始線に戻って!」

 審判は彼女を引っぺがすと、咳払い一つしてから改めてハルの勝利を宣言した。



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