第4章3 それぞれの予選戦略



 スケジュールの都合上、学園内選抜戦技大会の予選日は1日しかない。


 そのため予選1回目の全試合を終えると、さほどの間も置かずして、すぐに2回目の組み合わせ発表が行われる。そしてせわしなくも四か所それぞれの試合会場にてすぐにも試合が執り行われてゆく。




――――――第二会場・闘技場では…


「エイリーさん奮起なさいな! そこで右です、左ですっ、ほら攻撃なさって!」

 チーム・エステランタがそこそこ手ごわいチームを相手に健闘していた。


 といっても一人目であるエイリーが予選1回目同様にかなり頑張っており、この予選2回目においても1人で既に2勝上げた上で今、3戦目に挑んでいる状態。


「はぁ、はぁ…はぁ、そ、そんな事言われてもぉ…っ、うう!」

 チーム内ではもっとも動けるエイリーではあるものの、戦技の方は参加者全体で見ればさほどではない。足りない実力は慎重な思考と工夫で補い、なんとか勝ちを拾っているといった感じだ。


 しかも予選1回目は最後の方で、予選2回目ではこの第二会場での最初の対戦カードとなり、先鋒の彼女には休む暇もない。その疲労はピークに達していた。


「無理がたたってるようですね。ま、女子の身でよくここまで戦ったと、褒めて差し上げましょうっ」

 キザで上から目線な対戦相手の男子生徒が、湾曲刀シミタータイプの木剣を振り上げつつエイリーに襲い掛かる。


 両手に1本ずつ持った二刀流スタイルな相手に対し、1m足らずの短いムチと木製の祈棒メイスを使った変則スタイルの彼女。

 ムチは短いおかげで攻防どちらにおいても扱いやすく、これまでも相手の武器を狙って打ち据える事で、その攻撃をいなし続けてきた。しかし


 ビュンッ! ドシュッ!!


 疲労からか、手元が狂って空振る。


「あぅっ!! う…く、い、痛…い、はぁ、はぁはぁ…」

 その隙を見逃さずに懐まで潜り込んできた相手が、至近距離で彼女の腹部を横薙ぎに打った―――――完璧な有効打だ。


 残り時間も僅かな今、これでエイリーの敗北は濃厚となった。



「うーん…さすがにエイリーさん、限界だと思います。後は私達で最低1勝を勝ち取れるよう頑張らなくてはいけませんね」

 エステランタが闘技場に張り付いて、やれそこだパンチだキックだとばかりに熱狂している後ろで、クルエは冷静に状況を判断し、この後の戦略についてアン達と相談していた。


「ですが、私達で勝てますでしょうか?」

「うう、あ、あたしは全然自信ないんですがー……もう次が出番なんですけど、一体どうすればいいんですかぁ??」

 アンは自信なさげだが、エイリーの次に戦う次鋒のウリンはもっとだろう。今にも泣き出しそうな顔をしている。


 彼女は本当に戦技の方はからっきしだった。

 予選1回目の時はひたすら逃げ回っていた事から伺えるその実力のなさたるや、あのエステランタでさえ、彼女をチームメイトに半ば強引に引き込んだ事を、思わず反省したほどであった。

 それを踏まえた上でクルエは、最低あと1勝をもぎ取るための方策を考える。



「ウリンさんは逃げ回ってください、負けても構いませんので。とにかく相手を少しでも疲れさせるよう、余裕があればで構いませんので攻撃もある程度できれば上々ということで」

「まぁクルエ、それでは私達3人で1人を?」

 いち早くクルエの考えを理解したアンが確認の意を込めて疑問を呈しつつも、既に己の役割を把握しているようだった。


「私かアンで勝利する事が出来れば一番なのですが、もし難しそうな場合は私達も相手の疲労を狙いましょう。その後はエステランタ様に頑張っていただくよりないでしょう。…もし敗北しましても、これならばエステランタ様もご納得いただけるはずです」

 ワガママ高飛車な御嬢様に見えて、エステランタは何気に責任感が強い。特に自分の行動の結果に対しては、他を責めたり責任転嫁するような理不尽は絶対にしない誇り高いタイプだ。


 ウリンとアンは、クルエの案にそれでいきましょうと頷く。

 彼女達にはこの大会で無理に勝つ理由はない。勝利にしろ敗北にしろチームリーダーであるエステランタが、それなりに納得する幕引きが出来るかどうかが一番重要であった。






――――――第四会場・闘技場。


「さっすが、2回目は1回目より骨あんとことやらされんのな。…おっと」

 喋りながらもチーム・ガントの副将、ジクーデンは軽やかに対戦相手の攻撃をかわした。苦戦している様子はこれっぽっちもなく、表情は余裕に満ちている。

 何より彼は、この試合に武器を持たずに素手で挑んでいた。武器登録はちゃんとしてあるのだが、相手を見てあれなら素手で十分だと言って武器を持たずに闘技場へと上がったのだ。

 結果、攻撃の一撃一撃こそ弱くはなっているものの、手ぶらである分その動きには目を見張るものがあった。


「ジクーデンの奴、いい動きだなー」

「お前ほどじゃあないだろうクラウノ? とはいえ、身のこなしは確かにいい。予選1回目の時よりも、キレがあるのではないか?」

「そっかぁ? あれぐらい誰でもできんじゃね~の??」

 チーム・ガントの先鋒クラウノ、中堅ヴェッダ、次鋒へスターの3人は、既に試合を終えて悠々と観戦していた。


 制限時間でジャッジになりやすい勝敗を、いずれも相手を気絶KOさせて早々と勝利を決めており、連戦する事なく1戦で交代している。

 チーム・ガントはこれまで誰一人として負ける事なく勝ち続けていた。




「(……あるいはここで力あるチームと相まみえるかとも期待したが、こんなものか)」

 予選1回目を全勝で終えているというのに、予選2回目で当てられた対戦チームはガントの期待に応えるレベルではなく、1回目よりか多少はマシな程度だった。

 大将としての出番に備え、闘技場の傍らで控えていたガントだが、ため息を吐くと供に闘志を萎えさせた。

 そして、試合中の仲間に向かって一声かける。


「もういい。ジクーデン、後は貴様がケリを付けろ。俺まで出る必要はない」

 ガントは副将に連戦連勝する事を命じると、ひとり第四会場を後にする。既に勝利も決まって本選出場は揺るがない予選戦績を上げている。これ以上ここにいてもガント個人には何の収穫もないと見切りをつけた。


「(第一、第二、第三……さて、どの会場の試合を見に行くべきか?)」

 なれば他のチームの様子でも見に行く方がよほど有意義だ。気になる選手は何人かいるが、彼はとりあえず気の向くままに歩を進め、別の予選が行われている会場へと移動する事にした。





――――――第一会場・闘技場。


 予選2回目、この会場での第三カード。チーム・リッド 対 チーム・ブルックルン の試合が執り行われていた。


「はぁ、はぁ、ぜぇ、ぜぇ……あと…15秒…」

 スィルカが明日に向けて身体を温めておきたいと、より多くの対戦をしたいと希望した事から、先鋒のリッドが1勝を上げて連戦せずノヴィンにバトンタッチ。

 そして、次鋒同士の対戦も佳境を迎えていた。


「くそ…守りが堅い。だったら…これならどうだ、一年坊!?」

 チーム・ブルックルンの次鋒・ペトーレの武器は、奇しくもノヴィンと同じ木槍。しかし相手の槍はノヴィンのものよりも短く、手数の多い突き攻撃を主体としたスタイルで、果敢に攻め続けてくる。


 カッカッカカカッカッ、カンッ!


 だが相手の素早い連続突きをノヴィンはなんとか防御しきる。攻撃に転じたい誘惑にかられても、予選1回目の失敗を教訓に、キッチリ構えを取ったまま深く息を吐いて次に備えた。


「(緩まない、僕はもう緩まないぞっ)」

 偶然だが、試合開始直後にノヴィンは弱いながらも一撃を入れる事が出来ている。このまま時間切れに持ち込めれば、判定で勝てる可能性は大いにあった。

 だがノヴィンは油断しないためにも、勝利できるかもなどとは考えないようにと、己の心を戒める。


「くっ……後10秒ほどか。仕方ない、ここでこれを出すのは癪だがっ」

 3年次生のペトーレは、前回のアルタクルエ国際戦技大会をその目で見ている生徒の一人だ。試合に臨む本気度がそこらの他選手とは一味違う。

 気迫をともなってノヴィンとの距離を詰めてくる。逆転につながるとっておきを繰り出さんという雰囲気がその全身よりにじみ出ていた。


「っ、どんな攻撃でも受け止めてみせますっ」

「フッ、ならばこれを受けきれるかなっ!?」


 ヒュッ…ビュウハッ!!!


 短い木槍が真っすぐに繰り出されてきた―――――と、急激に伸びてくる。

「なっ!?」


 ガッ!!


 ノヴィンは防ぐ事こそ出来たが、これまでの相手の攻撃速度から想定される武器同士の接触のタイミングより遥かに早い衝撃が、槍を掴んでいる両手に響く。

 リズムが狂い、構えを保つどころか身体全体が軽く揺らいでしまった。


「貰ったァ!」

 ペトーレの弾かれた槍が一度横に逸れ、そこから横薙ぎの軌道でノヴィンの左腕辺りを狙って襲い掛かる。

 残り時間は2、3秒ほど…この一撃が入ればちょうどタイムアップだろう。しかも有効打は確実。

 最初に貰った小さめの一撃の分を返してお釣りは余りある―――――彼は勝利を確信した。


 ドカッ!! ビスッ!



「そこまでっ!」

 主審の声が響く。そして一瞬の間を空けて勝者が告げられる、が結果は意外なものだった。


「次鋒戦、両者引き分け!」


 その一声に、一番驚いていたのはペトーレのチームメイトらだ。ペトーレの槍はノヴィンの左の二の腕を完全に強打している。それはノヴィンがペトーレに与えていた攻撃よりも明らかに重い一撃のはずだ。

 しかし当のペトーレは、してやられたと歯噛みしていた。



「あ、ノヴィンさんの槍先が相手のお腹に当たって?」

「おお、頑張ったなアイツ。浅いが攻撃は攻撃だもんな。しかも相手が腕への強打なのに対して、ノヴィンは穂先を腹だから、審判は合わせて同じくらいって判断をしてくれたっぽいな」

 リッドの言う通り、ノヴィンが最初に与えてあった軽い一撃と合わせて、敵の腹部への穂先の接触が評価されていた。


 怪我をしないように配慮されてはいるが基本、戦技は実戦を想定したものである。いかに腕に強烈な打撃を受けようとも、それで戦闘不能になる可能性は低い。だがノヴィンが最後に繰り出した槍先は、本物の槍であったなら鋭い刃である。あと1秒もあればペトーレの腹に突き刺さり、実戦ならば致命傷となったであろう一撃だ。


 しかし試合ルール内で与え合った攻撃とそのダメージ量などを考慮すれば、審判は総合的には互角と判断したのだろう。

 他の副審達もその判定に、誰も意義を唱えなかった。


 ・


 ・


 ・



「まさか槍が伸びてくるだなんて思いませんでした…」

「それでも引き分けに持ち込んだんだ、よくやったなノヴィン!」

 リッドに褒められてノヴィンは少し照れながら後頭部をかいた。


 ペトーレの木槍は中が筒状になっているタイプで、一定の操作を行う事で普段は短い槍が長く伸びたり短く収納されたりする、伸縮機能を持つものだった。

 ペトーレ自身はその機能を予選で使うつもりはなかったのだろうが、守りの堅い相手に焦ったのだろう。だがいかに長さを増したといっても、元より長得物なノヴィンの木槍と比べると、それでも僅かに短い。


「乱れた体勢から、苦し紛れに突き出した先が上手いこと相手の腹だったのは運がよかったな。狙えてたわけじゃないんだろ?」

「はい…本当に偶然で。とにかくまた負けてしまうと思ったら、右腕が動いたんです」


 1勝1引き分け。予選1回目を4勝1敗で終えている事を考えれば上々だ。スィルカの実力を考えれば、この後の3戦も勝ちを拾える可能性は高い。

 リッド的には、先鋒として自分が連戦連勝しなければならないという重圧から解放された事もあって、スィルカに感謝したいくらいだった。


「しっかしスィルカ姫さん、本当にお姫様かって思うくらい元気だよなぁ」

「ええ、あの娘は体力もありますし……むしろ有り余ってじっとしていられないのかもしれません」

 困ったコですと言いたげな、少し困ったような笑顔で中堅戦を行っているスィルカを見るミュースィル。その眼差しは、自分の不得意分野を得意とする従妹いとこを羨んでいるかのようにも見えた。


「……ふむ」

 その隣で、シオウはいつもより少しだけ真面目な表情で試合を眺めていた。

「? どうかしたんですかシオウ先輩?? もしかして、スィルカ先輩の相手、強いんですかね?」

 ノヴィンの発言に、ミュースィルとリッドもシオウを見る。

 だがシオウは首を横に振った。


「いや。今戦ってる相手の中堅はそれほどじゃない。ノヴィンが戦った奴と同じくらいか、若干弱いくらいだと思う。だけど、次が…少しな」

 そう言うシオウの視線の先はスィルカとその対戦相手…ではなくさらに先の、相手チームの選手に向けられていた。


「敵の副将…多分だがあのチームの中じゃあ一番強いんじゃないかなと思って」

 シオウが指摘した相手は、人の好さそうなニコニコ笑顔を浮かつつ試合を観戦している。でっぷりと太く肥えてはいるが嫌な感じはしない。雄大な山、といった雰囲気を醸している温和そうな男子生徒。


「ん~…そんなに強そうには見えないけどなぁ。あのデカい体じゃ、パワーはあってもスィルカ姫さんの動きに対応できそうもないし、気の回し過ぎじゃないか?」

「そうだといいけどな」

 そうこう言ってるうちに中堅戦は制限時間を迎える。今回スィルカはウォームアップ目的だからなのか、敵を場外に蹴り飛ばしたりはせずに時間いっぱい使って戦った。もちろん判定はスィルカの勝ちであった。





「これで2勝1引き分け、あと1勝で僕らの勝ち越しですね!」

「そうだなー、けど明日の本選に進めるかとうかは予選1回目と2回目の総合成績で決まるから、全部勝つに越したことはないけどな」

 ノヴィンは既に少し浮かれ気味だ。リッドも楽勝ムードに飲まれつつある。


 だがミュースィルは気になっていた。シオウがいつもと違う表情を崩していない事が。もしも相手が本当に強いのであれば、スィルカの身が心配だ。


 そうこうしているうちに相手の副将が闘技場へと上がる。スィルカはもちろん連戦する気満々。次のシオウにバトンタッチしようとする気配はない。


「(大きい。場外へ蹴飛ばすんは無理そう……。それやったらスピードでかき回して数で蹴り込んで…うん、それでいけそうやね)」

 よっこらせと開始位置までやってくる相手の動きは鈍い。鈍重そのものだ。



 そんな対戦相手の様子を見て、知らず知らずの内に油断しているなどスィルカ自身、思いもしていない。

 

 そんな彼女と相対する敵は、笑顔の下でその両目に不敵な輝きを宿していた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る