第2章3 賢き者は人境を解する


――――――自修棟3F、自習室の一角。


「…と、いう感じで、基本的に生物は飲食物から内臓で栄養分を吸収、不要物を排出するサイクルによって、日々の生きるためのエネルギーを獲得・調整してるという事になる」

 後輩であるノヴィンにせがまれ、シオウは彼の勉強をみてやっていた。

 お題目は生物学。シオウ達が1年次であった時の小テストから人間と飲食に関する問題文を抜粋し、深学のため問答を交わしていた。


「な、なるほど…つまり “ 熱量カロリー ” が、僕たち人間の生きるために必要なエネルギーである、…という事ですね先輩?!」

「…それは正確じゃないかもね。エネルギーと解答するにはあながち間違いでもないと思いたいけど、この問題の場合の熱量カロリーは、栄養摂取における熱量そのものを指す。試験じゃ良くて△、厳しい採点なら不正解にされる」


「ええ、そ、そうなんスか!? でも、完全に間違った答えってわけでもないんですよね??」


「まぁな。実際、社会的には “人間が生きるために必要なエネルギー” の代表格的な言い回しで使われていて、“カロリー控えめ” 等といったフレーズを掲げて商売している店なんかもあるくらい、“ カロリー ” というワードは、人々にエネルギーと同義的、もしくは類似的に感じさせるものになってる。…けれどよく見ろ、問題文の後方。問いかける部分で、“ 人間が生きるために必要なエネルギー” と書かれてるだろ?」


「あ。た、確かに…」

 ノヴィンは、あらためて問題文を注視しなおし、自分に見逃しがあった事を理解する。

 彼が問題文を見直すのを待って、シオウは続けた。


「そして設けられている解答欄は小さい。しかも問題全文をよく読み解いてみても、正解として求められる解答は “ 脂質 ” や “ タンパク質 ” などの特定の栄養素の名称だ。じゃあノヴィン、この問題の解答として適切な答えは? 1つに搾り切れないなら、可能性のある複数個を上げてもいい」

「うーん……脂質、か…炭水化物……だと思います」


「理由は?」

「脂質は体内じゃ作れないし、成長には欠かせない栄養素の一つだって書いてあるのを、生物学の本で見た覚えがあります。それに量あたりの熱量カロリーも多いって。そして炭水化物も熱量カロリーが多いって読んだ記憶があります」

 その答えを聞き、シオウはノヴィンが、カロリーという情報からその二つのどちらが正解であるかを迷っていると判断した。


「その通りではあるけれど、その二つの栄養素に関しての情報が不足していなければ、この問題の解答がどちらが相応しいかは、すぐにわかる」

「え、ど、どういう事ですかね??」

「炭水化物は、糖質と食物繊維の総称だ。糖質だけならともかく、炭水化物と解答すると、間違いにされてしまう」

「と、いう事はこの問題の解答は、脂質 なんですか? でも先輩、これって…」

 ノヴィンは、少し納得いかなそうに問題文を凝視した。

 彼の納得いかなそうな理由はよくわかる。この問題は当時、多くの同級生達が引っかかった、内容以前に問題文がいやらしいからこその難問。


「ああ、僅かな記述の違いで、正解はまったく違ってくる。問題文をミスリードさせようと狙った、理不尽な設問さ」

「ひ、酷い…こんな問題が出るんですか」

「もともと生物学担当の講師には昔から意地の悪いのが多いらしい。栄養関連だけじゃないぞ、昆虫の生態や植物の生育に関する分野も、クセのある問題が出される事が多かった。安易な斜め読み速読はしない方がいい………ん」

 不意に、口を閉ざす。

 一瞬ピタリと静止したかと思うと、静かに目を閉じた。


「そろそろ出よう、時間だ」

 そう言って、席を立つシオウ。自習室のカウンター席は椅子が高く、彼の背丈では立つというよりは飛び降りるような感じだった。


「あれ? 先輩、まだ自修棟の閉まる時間じゃないですよ??」

 いろいろ教えてもらいたかったので、自修棟が閉まる時間ギリギリまでやる気でいたノヴィンは、目をぱちくりさせる。


「……なるべく荒波は、立てないに越したことはない」

「??? あ、待ってくださいよ先輩っ」

 問答無用で歩き出す小柄な上級生を追って、後輩も慌てて片付け、後を追った。

 ちょうど外への階段を降りようとすると、入れ替わるように別棟への連絡橋からの入り口にある人物の姿が現れ、ノヴィンはにわかに納得した。


「(あー…スィルカさん。た、確かに鉢合わせたりしたら気まずいかもしれない)」




 それは、先日のお茶の席でのこと―――――


 ・

 ・

 ・



「納得いきません!! なんでです? できるんやったらどーしてそんな、できひんフリなんてするんです?! ウチはそんなん、あかんと思います!」

 激昂したスィルカは鼻息荒く、ついにその視線はシオウを咎めるレーザービームとなって一心に照射されはじめた。


「おおう、びっくりした! …あー、うん、まぁ真面目そうなお姫さんには、こいつの姿勢が不真面目に思うのも無理ないわな」

 リッドが穏便に持って行こうと言葉を選ぶも、一度沸騰すると簡単には止まれない気性らしく、スィルカにはリッドの声はあまり届いてないようで、興奮冷めやらない。


「シルちゃん、落ち着いて? シオウ様にもシオウ様なりのお考えがある――――」

「そんなもん、あるわけないじゃないですか!? 見て下さい、このふてぶてしい態度、こんなんでそんな深い考え持ってると思います?!」

「まーないな。俺は俺の都合と意志と考えで、今のスタンスを貫いてる。それに納得しようがしまいがそれはそいつの勝手だが、少なくとも俺は今のまま変わる気はないよ。周囲に何か危害を加えてるわけでもないしな」

 そう言われてしまえば、スィルカはぐうの音も出ない。実際シオウの言い分が正しいからだ。そもそもどのような学園生活を送ろうが、それはその者の意志と責任でしかない。


 ワザと “ 劣等生 ” でいるのもその一つというだけで、学業に対して不真面目な生徒なぞ学園には他にいくらでもいる。その不真面目の結果、彼らがいかな将来の困難に遭おうとも自業自得だ。シオウにしてもそれは同じ事が言えるし、彼自身も重々承知の上での “ 劣等生 ” なのである。

 しかしスィルカは納得しきれない。優秀なものを持っているのならそうであるべきで、その優秀さを活かすべきだと、己の深い部分のこだわりや矜持が納得させてくれないのだ。


「…やっぱり認められません、そんなのは怠慢なだけです。……ミュー姉様、ウチはこれで失礼させてもらいますー」

「シルちゃん!」

 憤りを幾分かは抑えつつ、しかしスィルカは席を立って去っていく。ミュースィルはごめんなさいねと表情とお辞儀で謝意を表すと、慌てて彼女の後を追いかけた。


「シオウ。もうちょっと言い方があったんじゃないか??」

「いや、彼女も自分の考え方や芯から外れて物を見るのが苦手なタイプだ。そういう相手はどんな風に取り繕ったとしても、望む答えを得ない限り納得には至らない。ただ、彼女は頭がよくて自分の感情を抑えて考える事はできる人間でもある。時間が一番の解決策だ……これでいいのさ」

「相変わらず、ボーっとしてるようで見てる・・・のな。まったく、とんでもねー奴だな」

 お姫様二人が場を去り、先輩二人が何ら変わらぬ様子で会話しているその傍らで、ノヴィンは一人呆然とし、かろうじて中身のないお茶のカップを手にして傾け、状況についていけない自分をごまかすように飲む仕草を取っていた。


 ・

 ・

 ・



――――――――あの後、スィルカさんは落ち着き、先輩方やお姫様もいつも通り。


「(だけど、スィルカさんのシオウ先輩を見る目というか態度は……アレ・・だもんなぁ)」


 故郷の村にいた怠け者。それを見る周囲の人々の視線……


「(軽蔑と叱咤の念、って感じの)」

「先輩、スィルカさんと仲直りは……その」

 自修棟を出たところで、ノヴィンは思わず聞こうとする。だが、それに返ってきた答えは意外なものだった。


「ん、仲直り? 必要ないな」

「え? で、でも」

「ノヴィン、お前は勘違いしてる。俺らは別にケンカしているわけじゃないぞ? それは彼女もよく承知している事だよ」

「?? …そ、それはどういう? 僕にはさっぱり」

 歩きながらシオウは話す。その口調にはこれっぽっちも暗いものはない。


「彼女は、彼女自身の矜持に当てはまらない俺のスタンスが気にくわない。けど俺にとって “ 劣等生 ” でいる事は、学園に身を置くに根幹的な部分―――つまり誰に何を言われようと変えられない、あの太陽を逆に動かそうとするくらいに不可能」

「は、はぁ…?」


「で、それは冷静に立ち返った彼女も理解しているだろうな。けど、共感はできない。それは彼女の根幹的な部分、変えようのないところに起因している事だからだ。理想や理念、こだわり…まぁいろいろな」

「えー、と……つまり、お互いに変わる事が不可能な部分が、衝突してー」


「そ。じゃあその場合、どうケリをつけるのか? って話になるが、答えは2つくらいしかない。1つは片方が折れて受け入れる…考えや行動を改める事。じゃ、もう一つは?」

 はい答えてとジェスチャーで示され、ノヴィンは困惑する。だが1つ目の答えをよくかみ砕いて考えれば、2つ目の答えは割とすぐに頭に浮かんだ。


「……線を引いて共存、ですか?」

「当たり。何も相互理解を完璧にする必要性はない。愛し合う事を誓った恋人夫婦でさえ、一生をかけても相手の全てを理解し受け止める事なんて不可能な事だよ。ならどうするか? その領域にお互い踏み込まなければいい。簡単だろう?」

「そ、それはそうかもしれないですけど、スィルカさんもそういう風に――――」

「考えてる、見ればわかるよ。もし本当に俺の学園での態度が許せないって言うなら……相手は皇室ゆかりの姫だ。いくらでもなんとでも手を打てる、その気になればな」

 それを聞かされて、ノヴィンはハッとした。

 確かにシオウを真面目にせんと矯正するのであれば、屈強なお供をお目付け役に張り付けて手抜きしないように見張らせるとか、講師陣に働きかけて真面目に取り組まないといけないような課題を出させるとか、いくらでもどうとでも出来るはずだ。それだけの権力が彼女にはある。

 逆にシオウに愛想つかして、学園から放り出そうと考えればもっと簡単だ。皇室縁者の姫の言葉なら、学園側やそれこそオーナーである皇帝をも動かし、簡単に退学に追い込める。


「わかった? なんだかんだ言っても頭のいいお姫様だよ彼女は。感情で物事を考える愚かさは、国の政治に関わるのに最も相応しくない素養だからな。それは直接そういう役目に携わる事がなくても、将来的に携わる者為政者に嫁ぐ可能性の高い身分なら、幼い頃から教育を受けてるはず――――特にルクシャード皇国の安定感ある歴史を透かして見れば、歴代の王子・王女に優れた帝王学でもって教育している可能性は極めて高いしな」


 ・


 ・


 ・


「!? …くしゅっ!」

「あら、シルちゃん…風邪? 医務室に」

「大丈夫ですよミュー姉様、そんな心配せんといてください。誰か噂でもしとるだけやと思いますー」

 自修棟の3F、学術関係の本が多いミニ書庫を有するこの場所には、自習目的のみならず、書物を探す生徒も訪れる。

 もちろん探す書物があるなら、真っ先に図書館などに足が向くが、稀に図書館にもない本がここで見つかる、なんて事もある。

 実際、スィルカは既に図書館はもちろん、目ぼしい書庫も当たり尽くしており、残すはこの自習室の本棚のみとなっていた。


「それでシルちゃん、“ 歴史 ” の棚でいいのかしら?」

「はい、お願いしますー。ウチは念のため、他の棚も探してみよ思います」

 一応は、キチンと書物の内容別に本棚ごとに区分けされているとはいっても、自習室の書物類は基本、生徒が自由に出し戻しする。当然、まったく異なるカテゴリーの棚に本を戻している事だって少なくない。


「英雄譚、英雄譚………シルちゃん、確か北東大陸のは、もう全部持っていましたよね?」

「そですー。探しているのは中央大陸の…できればあの・・戦争時のものだとベストなんですけども……」





―――――――中央大陸戦争。


 それは10年以上前、この世界の中心とされる大陸で勃発した、二つの国による大陸覇権を争った一大戦争。


 当時、中央大陸には複数の国家が存在していたが、中でも北のレティア帝国と、南のログテナス共和国は、それぞれがルクシャード皇国の10倍とも20倍とも言えるほどの国力と領土を有し、世界中の他の大陸諸国にもその存在感を示していたほどの巨大強国家であり、当戦争はこの二国による全面戦争であった。


 先に仕掛けたのは南のログテナス共和国。

 兼ねてより不穏な噂の絶えなかったこの国は、自国の南方に存在する10以上もの中小国を、あの手この手で属国化して資金・物資・兵力を急拡大させた。

 共和国と帝国の力量は、1国家だけで比較すれば 4:6 でレティア帝国に軍配が上がる。だがログテナス共和国の当時の政権は、属国から搾り上げる事で、帝国の予想を上回る戦力と物資の拡充を行い、この大戦に踏み切ったのである。



 ……この戦争でログテナス共和国が行った非道は数知れず、いずれも聞くものに吐き気を催すものばかりだとして、戦争学者や歴史家の間では有名で、いかに共和国が、勝利のためになりふり構っていなかったのかがわかる。


 だがそんなログテナス共和国だが、この戦争に勝利したのは結局、レティア帝国であった。

 その勝因を学者らの多くは、共和国が無理矢理従えていた南方諸国の造反や裏切りなどにあるという見解を示している。



 しかし――――



「――――実際は、南方諸国が明確にログテナスに逆らったタイミングって、もう勝敗が決した頃なんですよー」

「つまりシルちゃんは、この戦争の帝国側の勝因は、別にあるって考えているのね?」

 言いながら、ミュースィルはスィルカの考えている事は既に見通していた。それは親戚として小さい頃からの付き合いの中、幾度もその片鱗を見てきているからに他ならない。


「そうですー! レティア帝国の勝因はズバリ、英雄の存在に間違いない思ってるんです!!」

「…うん、昔から変わっていないのね、シルちゃん。本当に英雄譚が好きなのね」


 スィルカは、よく図書館など本のある場所に通う。が、彼女自身はシオウのような無差別級の読書愛好家ではない。目的は古今東西の英雄譚を記した伝記などである。


 遥か幼い頃、ルクシャード皇国の閲兵式で、当時でも既にそこそこ高齢だった将軍の演武を見た時、その力強さや流麗な動きに感動した幼い姫。

 そんな彼女に、世の中には英雄と呼ばれるような、もっとスゴイ人達がいるんですよ、と御付きの護衛兵が話した事がきっかけで、幼い彼女は絵本などの夢物語ではなく、英雄がいかに活躍したかを記した英雄譚にロマンを感じるようになっていった。


 ・


 ・


 ・


「残念、なかったわねシルちゃん」

「…はい、あまり期待はしていませんでしたけれども、改めてないとわかるとショックですー…」

 自習室から、階段で降りてくるスィルカの面持ちは暗い。行ける限り、思いつく限り本のある場所は、全てまわった。…が、目当ての書物は見つからなかったのだから、その無念さは計り知れない。


「大戦期の英雄譚でしたら、まだ北東大陸こちらには流通していない可能性もありますし、そんなに気を落とさないで、ね?」

「…はいー、そうですね。入荷に期待する事にしますー」



 シュカァッン! カッ! カッ!!


「あら? 1Fでまだ誰かいるのかしら?」

 言いながら、ミュースィルは既視感を覚えていた。前にもどこかでこんなフィーリングがあった、と。

 さほど興味を示さず、帰路につかんとしていたスィルカとは対照的に、彼女は1Fの戦技修練場へと歩を向けた。


「ミュー姉様? 御帰りになりませんの??」

「少し、覗いていこうかと思いまして」

「ええ? ちょ、ミュー姉様っ」


 二人が戦技修練場に1歩踏み入ると、そこには人影が二つあった。


「はぁ、はぁ、はぁ…」

「んー、全然だなノヴィン? もうちょいなんとかならないのか?」

「だ、大丈夫っ、僕はまだやれる! からっ! もう1本お願いっ」

「おいおい、勘弁してくれよぉ、基本戦技の成績、そんなに上げたいのか? むやみに回数重ねたって上手くならないぞ? もう遅いから帰ろう、腹減ったよ俺」

 そう言うと相手の男子は、持っていた木剣を所定の位置へと戻す。

 そしてロクにミュースィル達の方も見ずに軽く会釈だけして、これ以上はゴメンだとばかりにそそくさと戦技修練場を出て行った。


「はぁ、はぁ…はぁ、ううっ」

「ノヴィンさん、大丈夫ですか?」

「うわ、凄い汗かいてー…、頑張りすぎと違う?」

 入れ替わるようにして入ってきた二人が駆け寄る。ノヴィンは木槍を杖がわりに地面に突き立てているものの、立ち上がる事も出来ない様子で荒い息をついていた。


「お、お姫様がた?! す、すみません、こんなみっともない姿を」

「そういうんはえーから。…立てへんの? そんななるまでやったら逆効果やと思うよ? 身体壊してしまいますって……ミュー姉様、確か2Fに余りのタオルあったはずなんで、取ってきてもらっていいですか?」

「わかりました、少し待っていてくださいね」

 ミュースィルが駆けていく。

 ここから直接階段で上がった先の2Fは更衣室だ。そこには常備品としてタオルなどが置いてある事を、スィルカは以前ここを利用した時に確認している。

 彼女も皇族とはいえ、ミュースィルとは違ってどちらかといえば身体を動かすのが好きな方だ。軽い運動と自分が修得している技術の確認には、戦技修練場はちょうどいいところだった。


「さっき出て行ったんは、同級生?」

「はぁ、はぁ…はい、僕のワガママに付き合ってくれてたんですけど…ちょっと無理言い過ぎました、ハハ」

「…一体、どれくらい根つめてたんですー?」

「ぜぇ、ぜぇ…50本…から先は、ちょっと覚えてないです」

 スィルカは呆気にとられた。実家にも父の私兵がおり、訓練などの光景や指導の様子、漏れ聞こえてくる声に、本などから得た知識など、かじった程度にしか知らない彼女でさえ模擬戦50本以上は、あまりに過剰であるとわかる。


「無茶し過ぎやわ、それは相手も愛想つかすに決まってる。ほどほどにせんと――」

「でも、僕は強くなりたいんです…はぁ、はぁ…はぁ、…もうすぐ大会選抜があるって聞いて……」

「…大会?」


「お待たせ、シルちゃん。はい、タオルと、水瓶も持って来ましたよ」

「あ、ありがとうございます…お姫様にお手数をおかけしまして、…んぐんぐッ」

 受け取るや否や、ノヴィンはタオルを首にかけると構わず水瓶をかっくらった。


「ぷはぁ…。はぁ、はぁ…、はは、ご迷惑おかけする事になるなら、、素直にシオウ先輩の忠告を聞いとけばよかったですね」

「シオウ様が? 何をおっしゃられたんですか?」

「お前には無理だから、止めとけって。さっきまで…っていっても1時間以上前まで一緒だったんですよ。で、僕は弱いからダメなんだろうなって思うと、霧消に頑張りたくなって、たまたまここで剣振ってた同級生を見つけて――――」


 ・


 ・


 ・


《良いの? あんなこと言って?》

「ああ。ノヴィンがダメなのは事実だからな。長い努力の果てに伝えるよりは、多少嫌われても早いうちからダメだと言ってやるほうがいい」

《嫌われるんじゃない? せっかく慕ってくれてた後輩じゃないの》

「…俺が嫌われるくらい、なんてことないよ。それで相手のためになるなら、些細な事だからな」

《ホント、優しいワね。あなたってコは?》

「………」


 自室の窓に腰かけ、夜の空を見上げる。

 だがシオウは夜空を見ているわけじゃない。夜空を通して違う何かを、はるか遠くを見ているようだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る