第2章1 浮きて春、白水に始まる


 春。


 学園では新しい年次が始まって、およそ1週間後には新入学の生徒を迎える時期。

 旧1年次生徒は2年次へと進級し、諸々の手続きや新年次を駆け抜けるための準備に勤しむ。

 

 ……――といっても、それは試験を受けて入ってきた一般入学者の話。

 貴族や金持ちの出で、試験を受ける事なく学園に入った生徒にはなんら関係のない事だ。成績の如何に関わらず進級は確約されているも同然だし、手続きや準備など自分の手で行う事もない。親が甘やかし、使用人だとかが全てやってくれる。



「よい、しょ。ふう…これで荷物はまとまりましたね。次は運び出す準備をしておかないと……」

 そんな中、生徒の中で最も高貴なはずの彼女、ミュースィル=シン=ルクシャードは、一人で宿舎の部屋の移動準備に励んでいた。

「広いお部屋はお片付けの時大変ですね…。私はもっとこじんまりとした部屋でよかったのに本当、御父様ったら……」


 ルクシャード首都内に実家のある者は毎日通学して学園に通っているが、領内の遠方地やシオウのような、首都に定住地を持っていない生徒などは、学園側が用意した寮や宿舎で暮らし、そこから学園に通う。

 そんな生徒達のための学園寮や宿舎は10棟以上あり、多いところでは1棟に50人近くが入寮している。

 しかし、3棟ほどは貴族などの上流階級出の生徒専用で、内の1棟は皇室およびその親類縁者専用の御用達であり、首都内に居住地があっても、なんらかの理由で入寮する上流階級な生徒が入っているが、その数は少ない。



 ミュースィルが入寮しているのは当然、最上位グレードの寮。

 入学する前に出来る限り質素な環境を望んでも、なお彼女が1年間暮らした部屋は、大変に豪勢なものだった。

 部屋数4つに専用の浴室・トイレ完備の上、寝室までお城での自室と大差ない広さと大きな寝台付きときている。貴族の同級生の部屋にお邪魔した際に見た彼女らが住んでいるところの、実に3倍くらい広く贅沢な居住環境だ。

 これでもミュースィルの願望と皇帝の親バカが衝突した際、双方の妥協の結果であり、この寮棟ではグレードの低い方である。


「さて、2階へ運び上げる順番はどうしましょう? 次のお部屋はこちらより広いですから、順番など考えなくても良いのですけれど、シルちゃんの家の方にあまりご迷惑をかけないようにしておきたいですし……うーん」

 この寮は2階までしかない。1階は本来、皇室の親類縁者や侍従や警備などの御付きの者専用で、直系皇族であるミュースィルは本当ならば2階の皇家の人間のみが住める部屋に入る。

 それを押し切ってなんとか1階の部屋に入った彼女が今回、2階へと移らなければならなくなったのは、この春から親戚の子が学園へと入学し、この寮に住む事になったからだ。

 つまりミュースィルが使っていたこの部屋へと入ってくるので、彼女は2階の、できれば遠慮したい最上級な部屋へと押し込まれるハメになったのである。



「ミュースィル様。お荷物の整理は御済になりましたでしょうか?」

「はい、今しがた。あとは運び上げるだけなのですが、もう少々お待ちいただけますか?」

「かしこまりました、廊下にて待機しておりますので、よろしければお声がけください」

 親戚家から一足先に派遣されてきたメイド達。彼女らも、ミュースィルが2階へと移らなければならなくなった理由の一つだ。

 1階にはここのほかにもまだ部屋がある。彼女が移るにしても本当ならば、同階の他の部屋に移る事もできたのだ。

 ところが皇室ゆかりの人間が2人も学園に在籍し、寮住まいするとあっては、周辺をしかと固めるべきだという事で、親戚の家が侍従達を多数送り込んできたのだ。彼女らは当然、下層の各部屋に常駐するので、1階にはミュースィルが移る先はなくなってしまった。


 さらに、皇女であるミュースィルと入ってくる親戚家の子との身分差を考えれば、同階・同待遇なのは、対外的にもダメという理由まで付け足され、ミュースィルは学園寮でもっとも豪華な部屋に引っ越す事を余儀なくされたのであった。



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「ほら、シオウ。いい加減に諦めろって、知らない中じゃねーんだから、別にいいじゃんかよ~~~」

 リッドは、友人の制服の首根っこ辺りを掴んで、ズリズリと引きずるように連行する。一方で引きずられているシオウはというと、洗い終えて干されたばかりの洗濯物のように、両手両足をだるーんとさせて、自分では一歩も動く気を見せない。


「……なぜ、俺らが手伝いをする事になってるんだ? 俺は何も聞いてないんだが。第一、俺らが出張ると、また取り巻きの連中がうるさいだろうに? というか手伝いならそっちがいるだろう」

「昨日~ぉ、廊下で遭って~ぇ~、ぜぇぜぇ。ふぅ、取り巻きの女どもは、なんか別の知り合いの入学者の手伝いに行く事になったんだとさ。ってかシオウ、お前こんな重かったか??」

「ああ、それはだな……」

 するとシオウは、おもむろに自分のスカート・・・・をめくり上げた。


 ―――この学園の制服は白を基調とし、男女で多少のデザインやフォルムの違いはあれど、基本はどちらも長袖・長ズボンである。しかしそれだけではない。

 ルクシャード皇国はその気候上、1年通して急に冷たい北風が吹く時や日があるため、防寒用に意匠を合わせた手軽な巻きスカートが付属している。

 スカートと言っても、広げれば首からすね下までスッポリと覆える外套マントにもなり、冬場や学外への外出等にも便利な仕様になっている制服一式の中の一部だ。

 普段は半分折りにして男女ともスカートとして使用すれば、持ち運びの不便さもなく、機能性も良い。

 最も、女子は大半がスカートやカーディガンのように利用しているものの、リッドを始めとして、男子の多くは普段は着用しておらず、寒がりな一部の者やシオウなど男子着用者は少数派である。



 そんなスカートの中から……


 ドバドバドバドバァッ



 大量の本が雪崩うって落ちてきた。

「!! ちょ、お前っ、どうやってそんなトコにそんなに収めてたぁっ!!?」

「内側に折ってれば袋代わりに使えるしスカート、結構便利だ。お前も普段から着用してればこの便利さがわかる―――――」

 しかしリッドは抜け目なく、チャンスとばかりにシオウを抱えあげ、走りだした。軽くなった小柄なる友人の身体を担ぎ上げるは容易い。


「おい、本出しっぱなしだぞ。お、俺の本~~~」

「もうすぐそこだから拾いに行くのは後にしろ! 相手が誰だかわかってんだろ? とにかく約束の時間には間に合わせて、挨拶の一つでも先に済ませてから拾いにいけってのっ」





「申し訳ございません、スィルカ様。まさか学園敷地内には馬車は入れないとは思わず……御輿おこしの用意を怠ったばかりに、スィルカ様に寮まで御歩かせする事に……」

「ええですって言うてますのに。そんな事言うとったらウチ、学園でずっと輿ないと動けれへん人みたいじゃないですか? それにこーみえても足腰には自信あるし、歩くんは好きなんですよーー……ってあれ、なんであんなとこに書物がいっぱい落ちとるん?」


 ・


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「ここはお前達のような下賤者が来る場所ではない、即刻立ち去れ!」

 リッドとシオウが目的の学園寮に到着した時、貴族の侍従が彼らを追い返さんとその玄関口に立ちはだかった。


「だ、そうだぞ。じゃあ帰るか」

 担がれたままのシオウが片腕を上げ、今来た方角に向けてGoGoと指をさした。


「コラコラ、あっさりとお言葉に甘えてんなって! あー、えーとですね俺達、お姫さん……ミュースィルさんに呼ばれてまして、取次いでくれませんかね?」

 しかしリッドの言葉に、侍従はあからさまに怪訝そうな視線を剥けてくる。

 おそらくは20代前半くらいの女性なのだろうが、年齢はそれ以上に感じられるキツい雰囲気。しかも侍従とはいえ、どこか武骨さを感じさせる。おそらくは身の回りの世話以上に、身辺警護に重きを置いた役目にある者なのだろう。

 こちらの話など一切聞く耳持たなそうな態度に、リッドにはなんとなく次に相手が放つ言葉や態度が予測できた。


「お前達のような者が、ミュースィル様の知り合い? フン、嘘ならもっと上手につくんだな!!」

「うわったっ?!」

 侍従がツカツカと歩み寄ってきたかと思うと、なんら躊躇いもなくリッドの胸もとを突き飛ばした。放った暴言と態度は予測通りでも、まさかいきなり突き飛ばしてくるとまでは思わず、バランスを崩し、友人を担いでいた腕が緩んでしまう。


「あっ シオウ!!」

「ぉおう?」


 ポムッ、コロコロコロコロコロ……


 リッドの腕からすっぽ抜けて後方へと転がっていく様は、空気が少し抜けた柔らかいゴムまりのようだった。内側に折り込まれていたスカートが大きく広がり、背中から上半身に絡まって転がっていくので、一層ボールっぽく見える。


「……おおぉぉおぉぉぉおぉぉおぉぉおぉおぉおぉおぉ?」

 いくら綺麗に掃き清められているとはいえ、地面を転がっていくシオウの全身は土埃にまみれていく。白かったボールは、あっという間に薄茶色に変色しながら転がり続け―――――――――ポスンッ。


 誰かの足に当たって止まった。




「お? これはボール……じゃなくて、人ですんね? ちょっと手が塞がってますから、乱暴になってしまうけど堪忍な? …えいっと!」


ポーンッ


 いくらシオウが小柄でボールみたいに丸まっているとはいっても、その大きさは直径70cmはある大きさだ。それをいとも簡単につま先で蹴り上げ、宙に舞わせている間に、持っていた物を素早く地面に置いて両手を空け、そして―――


ガシッ


「はい、ナイスキャッチー……ってキミ、カワイイ娘! なんでボールみたく転がってきたんかは知りませんけどゴメンね、足蹴にしてしもうて」

 宙で2、3転している間に絡まったスカートがほどけ、キレーに両腕の下を掴まれたシオウ。大き目の人形を抱えあげるような形で彼と対面したのは青白い髪の、眼鏡をかけた女子だった。


「ん、問題ない……しかし、いい脚力してるな」

「あはは、ありがとうございますー。…けどキミ、随分と汚れてしもうたね?」

 シオウと女子が言葉を交わしていると、先ほどの侍従が大慌てで飛び出してきた。


「スィルカ様!! 申し訳ございません、下賤の者が…それもこのように汚らしいモノを、スィルカ様に近づけてしまい――――」

「うん、見とったよー。下賤の者とかそーゆー言い方は感心できませんて、いつも言うてましたよね? それに、この娘が汚くなったんは誰のせいやと思ってますー?」

「ひっ!? も、申し訳…で、ですがミュースィル姫様に不審な者を近づけまいと私は――――」


「もーええです。仕事に忠実なんは分かりますけど、こんな行き過ぎる事されてたら、もミュー姉様ねえさまも、毎日気が休まりません。…トゥーシェ、彼女と交代・・してくれますか?」

 イントネーションこそ変わらずクセのあるものだが、スィルカと呼ばれた女子は毅然として侍従を咎めていた。そこには確かな皇族の血を持つ者の威厳が滲んでいて、リッドとシオウを除く周囲の付き人達は臣下の敬意を織り交ぜて頭を下げていた。


「お、お許しを!! わ、私は御役目をキチンと――――」

「訪問者への対応の仕方を、屋敷に戻って御父様や執事長にイチから鍛え直してもらってきてください」

 彼女がそう言い終えると、隣にいる執事服のボーイッシュな女性がパチンと指を鳴らした。するとそこらの木の陰から覆面をした男達が表れ、侍従を連行していく。


「おっ、お許しを! お許しをっ、お許しをー――――――……」

 男達と共に遠ざかっていく侍従をにこやかに見送るスィルカ。

 この間シオウはずっと、大きなぬいぐるみのように彼女の両腕に抱き着かれ、動けないままだった。


 ・


 ・


 ・


「ごめんなさい、こちらがお呼びだてしましたのに、不快な思いをさせてしまいまして…」

 絨毯の上、クッションを4つ置いたうちの一つに座るミュースィルは、深々と頭を下げた。

「いえ、ミュー姉様ねえさまがお謝りになる事と違いますー。ウチの父が送り込んでた者が、勝手に失礼しただけで。頭を上げてください、謝るんでしたらウチこそ謝らんと……本当に、すみませんでしたー」

 すぐ隣のクッションに座るスィルカが、自分の方こそ申し訳なかったとリッドに向き直って深く深く、頭を下げた。


「ははは、あんな態度取られるのは慣れてっから、そんな謝らなくても俺らは平気だって、シオウの奴も別に…」

「そういう問題とちゃうんです。下の者の不始末は上に立つ者の責任なんです、これは必要な事なので、ぜひ謝罪を受け取ってください」

 聞きなれないイントネーションで言われると、不思議と否と言いずらく感じてしまう。実際、リッドたちは無礼な態度を取られた側なので、謝ってくれるというのであれば、ありがたい話だ。しかし…


「まー、あれだ。こっちも呼ばれたっつーても、軽率な態度だったかもしれないしさ、互いに問題あったっつーことで良しとしませんかね? どーもお姫様たちに頭下げられるっていうこの状況が、オレらみたいなフツーな奴にはなんかこう落ち着かないんで、はは、あはははは…」

 そこまで言うと、ようやくミュースィル達は下げた頭を上げた。そして正座を崩して楽な態勢でクッションの上に座りなおす。


 場所は、ミュースィルの引っ越し先である2階の超グレードな部屋の1つ。綺麗な絨毯が敷き詰められ、部屋の随所に高そうな調度品の数々が並んでいる。天井を見上げれば高そうな魔導具の照明が吊り下げられている。

 リッドに、自分には場違いだと恐縮させてしまうほど煌びやかな空間だった。


 唯一の救いは、先ほどからスィルカの従者達が、1階よりミュースィルの荷物を運んできてドタンバタンしている騒がしい雰囲気だろうか。だがそれも、運ばれてきた荷物の木箱を見て、リッドには頬の端がひきつる思いだった。


「(羽毛木箱うもうぎばこ……最高級の超軽量高耐久の木材を、たかだか荷箱に使ってるとか。うん、やっぱ世界が違う、早く出てきてくれシオウ。オレをこの空間に一人にしないでくれぇ~)」 

 シオウは今、この部屋のお風呂に入っている。

 地面を転がったせいで全身汚れてしまったからだが、緊張しっぱなしのリッドとは違い、2階なのにとんでもない風呂場を目の当たりにしても “ 風呂は所詮風呂だろ ” とにべもなく、その態度はあい変わらずだった。


「(アイツには緊張ってぇ文字とは無縁なんだろーか?)」

 リッドがそんな事を考えていると、目の前にティーカップが差し出された。


「すみません、まだテーブルも用意できていなくて」

「あ、ども、あんがとございます」

「ミュー姉様! そないなこと言ってくれたウチが致しますのに!」

「ここは私の部屋でしょう? でしたら二人にお茶を出すのは私の役目、違うかしらシルちゃん?」

「そ、それはそうですけど……。そういえばあの子、一人で平気なんです? ウチかミュー姉様が一緒に入ってあげた方が良くないですか? お風呂の使い方とか――」

 余計な緊張をほぐそうと、お茶を一口含みはじめていたリッドが、思わず吹きそうになった。ミュースィルも、あら、と言いながら口元を片手で多い、スィルカを見る。

 2秒ほどの間をあけてから、ああ、と納得顔に変わる二人。

 一人だけ訳が分かっていないスィルカだけが、彼らの態度から自分が何か妙な事を言ったのかと不思議そうにしていた。


「あー……そ、そーだな…うん、一人で平気…、あの子……うん、いや、一人で平気だから、大丈夫。あー見えて、まぁアイツは…うん、つ、ツヨイコダカラ…」

「フフッ、そうね。私は別に構わないのだけれど…。でもシルちゃんは一緒に入るのはちょっとマズイかもしれないですね」

 そう言いながら、ミュースィルはとても楽しげにクスクス笑う。


「え、え? なんでですかー? ミュー姉様がよくってウチがダメって、どういう事なんですか?? ウチだけ仲間外れとか……どういう事ですー???」

「リッド君、これ・・は、言ってもいいのかしら?」

「えー、まー…というかアイツが出てきたら多分、またいつものやり取りで遅かれ早かれって感じになるだろうし、別に今言ってもいいんじゃないですかね?」

「えー、えー? なんなんですもー、じらさんと教えてくださいよー」

 スィルカ的には、二人が知ってて自分一人が知らないという事がもどかしいらしい。クッションの上で膝立ちし、上体をミュースィルに向けて伸ばしてまるで猫のように懇願する。


「クスクスクス、しょうがないですね…いい、シルちゃん? シオウ君は、女の子じゃなくて…男の子ですよ」

「へ? ……え、お、男の子…あ、あれでですかぁ!!?」

「ついでに言わせてもらうと、アレでも・・・・俺らと同い年だぜ」

 リッドの補足も加わり、スィルカの動きが完全制止した。

 今頃彼女の脳内は、混乱の極みにある事だろう。


「は、え……えええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇえぇぇぇぇ??!!!」






《……――――盛り上がってるわネー》

「外の声、結構聞こえるもんだな、この風呂場」

《筒抜けじゃないかしら? 凄いお部屋でも意外な穴もあるものね》

 風呂の湯を掬い取り、頭の上から一気にかぶせる。

 全身に付着した砂埃は綺麗に流れ落ちた。


「個人の部屋の風呂でしかも2階。最低限、寮の外や下の階に聞こえなければいいのかもな。これだけ豪華な造りじゃ金もかかってるだろうし」

 磨き上げた石材と木材、そして大理石が織りなす浴場は、とても一人で使う風呂の広さではない。

 今日こんにち、魔導具の恩恵のおかげで2階に湯を張るのはそう難しくない。そうはいっても、ならばいざ実現するとなれば果たして何千冊の書物が買えるくらいの金がかかっている事か?

 …もったいない事だと考えつつ、シオウは再び湯を被った。


《それにしても残念ね、お姫様は》

「? 何が残念なんだ??」

《一緒に入れないコト、お風呂にサ。……それとも一緒に入ってあげちゃう?》

「無理だな。間違いなく卒倒して大騒ぎがオチだ」

 男女の違いという理由は勿論ある。

 だがシオウと守護聖獣は一緒に入れない理由に性差をあげなかった。


《いかにあのお姫様でも、無理かしらね?》

「どんなに肝が据わってる奴でも無理だろうな、コレ・・は」

《まー、女の子どころか下手すると男の子でも絶句するかもね》

 最後にもう一度湯をかぶって頭をブルブルと振るわせると、シオウは立ち上がる。


「…そろそろ出るか。向こうのはからいだからといって長湯するのも悪いしな」

《そーねー。あ、きちんと拭きなさいよ? それから…》

「わかってるよ。ちょうど新しいのに変えないとと思ってた、ちょうどいい」

《アラ、持ってきてたの?》

「一応な。けど、そろそろ替えがないから買い足したいが…手持ちの金も少なくなってきた。休日は何か仕事探さないとだな」

 そう言って、防湿処理を施された綺麗な木戸を開き、脱衣所へと出ていく。


 流れてゆく湯は、砂が混じってほんのりと赤銅色に濁っている。しかしそれらはすべて風呂場に残る事なく、排水口へと吸い込まれて消えた。




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