このねがい

あきのななぐさ

第1話この葉舞う季節の中で

もしも、たった一つだけ願いがかなうのならば、僕のこの願いを聞いてほしい。

贅沢は言わない。


どうか、桜母さんを一人にしないでください。



どんどんと去っていく兄さんたち。

みんないなくなったら、母さんは一人ぼっちになってしまう。


長い、長い冬の間。

毎年、母さんは一人でずっと過ごしているらしい。

それを何年も繰り返していると聞いた。


みんなは、それでいいの?


春。

花の姉さんたちが、あでやかに舞う季節の最後に、僕は生まれた。

小さい僕は、姉さんたちの舞を見て育った。


花の姉さんたちの楽しげな笑い声。

春風さんに合わせて踊る、美しい舞。

肌寒さも吹き飛ぶような、そんな姿に、太陽も優しく微笑んでいた。


空を舞い踊る姉さんたちをみて、桜母さんはとても楽しそうだった。

でも、そんな姉さんたちはもういない。


夏に向けて、僕たちはすくすくと育っていた。

精一杯育つことが、桜母さんのためになる。

そう兄さんに教えてもらった。

でも、小さい僕は、ただ桜母さんにくっついているだけだった。


花の姉さんのように、桜母さんを楽しませることもできない。

兄さんたちのように、しっかりと母さんのために働いていない。

ただ、僕は母さんのそばにいただけだった。


夏が過ぎ、秋になり、そして今、冬を迎えようとしている。

僕はその間、何か桜母さんのためにできたのだろうか。


わからない。

僕にとって初めての冬。

桜母さんと離れることになると教わった冬。

何もできず桜母さんのそばを離れるなんて、考えただけで悲しくなる。



兄さんたちは、大丈夫だって言うけど、僕にはそれが何故なのかわからない。

桜母さんとお別れじゃないの?

もういない兄さんだっているじゃないか。



兄さんたちは大丈夫だというけれど、僕にはそれがどうしてなのかわからない。

桜母さんを一人にして平気なの?

兄さんたちも、それでさびしくないの?



兄さんたちは大丈夫だっていうけれど、僕にはそれが納得いかない。

だれも、一人ぼっちの桜母さんを知らないじゃないか。



僕はそんなのいやだ。

だからお願いします。


どうか、桜母さんを一人にしないでください。

何もできなかった僕は。

ただ、そこにいることしかできなかった僕は。

せめて桜母さんにさみしい思いをしてほしくない。


そんな僕の小さな願いは、一向にかなえられる気配はなかった。

一人、また一人と、兄さんたちは離れていく。

そして、北風さんがやってきて、それはますます激しくなっていた。


「北風さん、お願いです。これ以上、桜母さんから兄さんたちを奪わないでください」

北風さんは、僕の願いをまったく聞いてくれずに、次々と兄さんたちを連れていく。


「お願いします。北風さん。お願いします。お願いだから……」

必死に頼む僕の願いが通じたのか、北風さんが優しく僕に話しかけてくれた。


「ほお、小さな葉の子だね。何も心配しなくてもいい。たとえ離れても、お前たちの母さんはいつでもお前たちに囲まれている。だから、安心して旅立つんだ。その場所にいつまでもいると、お前の弟が悲しむぞ」

そう言って、北風さんはますます兄さんたちを運んでいった。


「やめて、北風さん! これ以上はやめて!」

必死にお願いする僕の顔は、いつしか真っ赤に染まっていく。

僕と同じ時に生まれた者たちは、僕と同じように顔を真っ赤にして北風さんに耐えていた。


「ほお、頑張るな。若いお前達の頑張りを見て、お前たちの母さんはまた、花の娘を染めていく。頑張れ、頑張れ。小さな葉の子たちよ」

勢いを増す北風さん。

必死に抗う僕たちは一人、また一人と減っていく。

それでも僕はあきらめない。

たとえ最後の一人になったとしても、僕は桜母さんを一人にしない。

しかし、そんな僕の決意をあざ笑うかのように、北風さんは上に、下にとゆさぶりをかける。

時には強く、時には弱く。

北風さんは、耐える僕たちを吹き揺らす。

ついには桜母さんさえも揺らし始めてきた。


それでも僕は必死に耐えた。

目を瞑り、はを食いしばり、もてる力を振り絞って耐えていた。


でも、いつしか僕の周りから、みんなの姿はなくなっていた。



「さあ、お前で最後だ。もう十分だから、行きなさい。お前の姿を桜の母さんはしっかり目に焼き付けている。お前たち葉の子たちは、ずっと桜の母さんと一緒だ。そして、お前たちのそんな姿をみて、次の春に花の娘を育てるんだ」

今までで一番強く、北風さんは吹いてきた。

それまで頑張っていた僕は、もうその力に抗うことはできなかった。


ごめんなさい。

桜母さん、ごめんなさい。

僕は結局何もできなかった。


結局僕は、桜母さんを一人ぼっちにしてしまう。

そばにいることしかできなかった僕が、そばにいることすらできなくなってしまう。


僕はなんて無力なんだろう……。

ひらひらと落ちる中、僕は桜母さんの姿を目に焼き付ける。

ゆっくりと落ちるように、北風さんはそっと僕の体を支えてくれていた。


やけに空が青く澄んで見えた。

今まで葉の兄さんたちがいて、十分に見えなかった空。

そこに向かうかのように、桜母さんは手を伸ばしているみたいだった。


だめだよ、桜母さん。


その時、北風さんが僕たちを一つのところに集めてくれていた。

先に旅立った兄さんたちも、桜母さんの周りに集まっている。


ああ、兄さんたちが言ってたのはこのことなんだ。


これから僕たちは、桜母さんをしっかり守っていく。

今度は僕も役に立てる。


またね、北風さん。

そして、ありがとう。

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