恐怖
第三者の加入。
と、いっても、今から召喚魔法で人を呼ぶわけではない。
俺が考えているのは、なりすましである。
皆と一緒にいるときの俺と、独自で行動するときの俺に分けるということだ。
声質、背丈、振る舞い、服装を変えさえすれば、別人になれる。
顔は変えられないが、それはフルフェイスのマスクとか、とにかく顔全体を隠せるものを着ければ大丈夫だ。
イメージとしては、スパイダーマンに近いだろう。
普段はどこにでも居るような普通の学生だが、悪事を働いている輩を成敗するときは赤いマスクとスーツを着用するように、普段はそんなに発言しないコミュ障の俺だが、自分がやったことの濡れ衣を着させるために活動する時は別人に変貌を遂げる......そんな感じだ。
因みに、ヒーロー紛いなことをするつもりは毛頭ない。
別人になった俺自身に濡れ衣を着させれば、血と肉片が散らばっているこの状況は全て俺が作り出した人間......即ち、別人に成りすました俺がやったことになる。
これで、バレたとしても自分に責任がくるだけだし、何も問題は無いだろう。
「......」
さて......それにしたってどう別人に成りきるか
廊下の上で各教室から漏れて聞こえてくる声を聞き流しながら、黙考する。
そろそろ戻らないと、池上が心配して来そうだな......うーん......
あと数分で、誰かがこの現場を見つけるだろう。
そして、このままだったら、その現場の上に立つ俺を目撃し、俺がやったことになってしまう。
その場で否定しても、いずれバレることは明白だ。
その場しのぎになる前に、あくまで自然に、別人に成るか成らないかはこの際どうだっていい。
とにかく俺以外の人がやったことにしなければ。
「............よし。────あっ」
と、考えが纏まったが、先程一撃でワーシルバーウルフの頭を粉砕させたとき、制服に飛び散って染み付いた血や微量の肉片を何とかしなければと気づく。
これじゃ......即俺がやったことになるな
危ない危ない、そう思いながら苦笑し、ここは魔法を使うことにする。
汚れがない新品な制服のことをイメージして、スキル【魔神/極】の効果の想像した魔法を無詠唱で発動させると、半径一メートルの青い魔法陣が足元に描けられていき、青い光とどこか水を連想させる水蒸気のような冷たい何かが俺を包み込むと同時に、制服に染み付いたものを着々と消していった。
「......ふぅ」
やっぱり洗濯機要らないな......何時だって魔法は便利だわ
異世界よりも発展してる地球より、正直なところ魔法を有効活用している異世界の方が発展してるのではないかと思ってしまう。
さて、制服を綺麗にしたところで......また一発かますか
今回は、成りすました別人の俺を登場させる必要はない。
目的は俺以外の人がやったと思わせるだけでいい。
───ならば。
俺は喉を整えるように、咳払いを数回したあと、走り出すのだった。
教室へ
= = = = = =
相沢 梨沙 side
「皆、一旦静まってくれ」
そう呼び掛けたのは侑李君だった。
確か......名前は守崎君。その人がトイレに行った後、その前の重い雰囲気は嘘のように軽くなった。
理由は言動と行動。
たどたどしく、そして何か耐えるように発せられ、途中途中で声が裏返ったりして微かに笑いを誘い、そしてこんな重い雰囲気の中で「トイレに行きたい」という言動でまた笑いを誘う。
行動においては、それはもう凄く我慢してる表情で腹を抑えながら、お婆ちゃんのようにヨレヨレで歩くものだから、言動で笑いをこらえているのにもう笑わずにはいられない。
教室には笑いの渦が巻き起こり、不謹慎だが私も思わず笑ってしまった。
侑李君もこれには苦笑していたけど。
それにしても......守崎君、あんな声だったんだ......普段から誰かと話してるの見ないからちょっと意外かも。低くいけどどこか貫禄があるような......そんな感じ
とにかく、侑李君が静かにするように呼び掛けたのだから、私も協力しないとならない。
そう思い、呼び掛ける。
「───皆気持ちは分かるけど、今は魔物だって彷徨いてるかもしれないし......静かにしようよ」
私の呼び掛けに最初に反応してくれたのは、親友である高島(たかしま) 真帆(まほ)だった。
「あ、ごめん梨沙......確かにそーかもね。もしも今教室の前にあんな化け物が通りかかってたらと思うとね......」
真帆の呟きに、一瞬皆が恐怖を感じて身震いしたように見えた。
そこで談笑がキッパリと途絶えて、自然に侑李君に注目が行く。
「ありがとう。梨沙、助かったよ」
そう侑李君に笑顔で言われ、心が温かくなり、私の口は自然に返答していた。
「......うんっ」
嬉しさの余り、大袈裟に頷いてしまったが、そんなことはどうでもいい。
侑李君が笑ってくれたら、それで。
「守崎君は居ないけど、今からこれからのことについて考えよう」
「......これからのこと?」
近くに居た茶髪でロングヘヤーの髪先を指で弄っていた倉前(くらまえ) 友理(ゆり)が聞き返すと、侑李君は頷く。
「先ず一番大事なのは衣、食、住なんだけど。服は間に合ってるし、住はその内見つけるとして、重要なのは食、だね。食料が無ければ、持たないことは明らか。策としてだけど、エネルギー消費を抑えるために、無闇に動かないのがある。でも、それは単なる時間稼ぎにしかならないからいずれ栄養失調が起きて、やがて動けなくなって、そのまま餓死してしまうよ。だから、先ずは食料を集めないと」
「でも食料なんて無いんじゃないか?」
静かに聞いていた一人の男子がそう指摘するも、侑李君は予想していたかのように、すぐに返答した。
「あるさ。ほら、外の駐車場を見てみて。学食の食材を運んでる大きいトラックがあるでしょ?」
そう侑李君が指差した方を見ると、グランドの横に位置する駐車場に確かに大きいトラックが見えた。
「本当だ......」
「これで当分は安心じゃない?」
「だね......よかったわ~」
窓の向こうに目を細める皆から安堵の声が上がる。
「あと、ここの学校は災害時には逃げられるように避難所に指定されてるから、防災倉庫があるんだ。中には沢山の保存食が貯蔵されてるし、売店にも結構な量のパンがあるし......ちゃんと適量分に全校で分ければ、二週間は持つんじゃないかな?」
侑李君からスラスラと出される食料の在りかに、少し絶望していた皆が希望を持ち始める。
「じゃあ早速行くのか?」
と、すぐ隣の田沼君が提案すると、私はその提案に少し悩んでしまう。
行くべきだけど......ちょっと恐いかも。だって校舎には魔物が彷徨いてるって言ってたし......
しかし、そう思っていたのはどうやら私だけではなかったみたいだ。
「え? 危なくない?......」
「それな......だってこいつみたいな魔物が居るんだろ?」
一人は廊下側を、そして一人はそこで力尽きている牛人を指差しそれぞれ畏怖する。
二人の言葉に提案した田沼君は押し黙ってしまい、いやここにいる全員が押し黙った。
侑李君も、私も。
魔物が近くに居るという事実は、どう取り繕っても恐怖しか生まれてこない。
その後、気持ちが悪い静寂が続いた。
どうすれば良いの......これ
食料が必要だ。
生命活動を続けるには、『食』はとても重要なことである。
だが、もしも行く手に魔物が居たとしたら......と、思うと中々足が進まない。
もしもそうなってしまえば入手は困難になり、また命を落とす危険性がある。
侑李君もその事は分かっているのか、中々探しにいこうと言い出せないのだ。
いや、侑李君じゃなく、私はどうしたいのか。
相沢(あいざわ) 梨沙(りさ)はどうしたいのか。
私は......行くべきだと思う
しかし、だからこそ、使命感に駆られて命を落とすようなことがあれば本末転倒だ。
そしてこれは誰もが思っていることではないのか。
そして、今は誰もが踏み出せない状況ではないのか。
今皆の行く手を阻んでいるものは恐怖。
私も勿論含まれている。
あの時山瀬君が逃げ出した時......皆、責め立てたけど......実際山瀬君がとった行動は正しかったよね......
よく考えてみれば、もし侑李君が居なければ、私も含め皆は早々に逃げ出していたと思った。
責め立てた私達の方が......責め立てられるべきだよ
そう。圧倒的な力の恐怖から逃げるのは当たり前な行動なのだ。
なのに先程、私達はどこか侑李君に期待して、その場に踏み留まってしまった。
もし、あの時魔物が侑李君を警戒して睨み付けていなかったら、教室は血の海になっていたのだ。
力の前では呆気なく死んでしまう命。
それは皆を庇って魔物に睨み付けていた侑李君だって同じこと。
侑李君が死んでしまってたりしたら、そう思うと心が締め付けられてしまう。
「......」
教室を包むこの静寂。
意味するのは、皆は私と同じように様々な考えを巡らせ、黙考していること。
ふと私は窓の方に目を向けて、外に停まるトラックを見ると───まだなのかもしれないが、魔物は居なかった。
「───?」
神と名乗る者から聞いた話では、ここは迷宮───ダンジョンにもうなっている筈だ。
魔物の巣窟と言ったため、どれ程多いのかと不安に思っていた気持ちが疑問へと変化していく。
不思議だと思うとと共に、不自然である。
私はそう首を傾げたその時。
────ドンッ
と、勢い良くドアが開かれた。
「「「......!?」」」
全員が魔物が来たのかと、驚愕しドアの方を見やれば、そこに立っていたのはどこか気持ちが悪そうにして、口を抑えていた守崎君だった。
その顔色の悪さに、侑李君や私、数人のクラスメイト達は同じように心配する。
「どうかしたのかい!? 守崎君!」
駆け寄る侑李君に肩を貸されながらも、片手でまだ口を抑える守崎君に、更に心配が募る。
皆がざわつくなか、侑李君は何があったのかと聞き出す。
「襲われたのかい!?」
その質問に、首を横に振る守崎君。
......何があったんだろ
魔物からじゃないとしたら、体調不良かなにかなのか。
しかし、それは明らかに違うと思えた。
守崎君の肩が、小刻みに震えているのが理由だ。
それを見て思えたのは───恐怖。
私達が命を落とすのを恐れたような間接的な恐怖とは違う、まるで何かを直で目撃、或いは体験したような直接的な恐怖。
そう思えたからこそ、疑問だ。
魔物に襲われてないのだとしたら、直接的な恐怖を感じれるものは一体どういうものなのか。
やがて、守崎君は口を開く。
「ろ、廊下に......その......し、しし死体が......血が......」
「え? 死体だって......?」
「あ、あぁ......結構グロくて......そこのう、牛よりもヤバいんだっ」
皆がその言葉に疑問に思い、ドアから廊下に顔を出すと
「「「─────────っ!?」」」
声にならない悲鳴を、上げる。
廊下、壁や天井に凄まじい量の血飛沫が付着し、血の海とよく表現されるが全く状況がその表現通りだった。
所々に、何か血の塊が散乱しており、数秒でそれは肉片だと皆は気づく。
目玉とおぼしきもの、血で赤く塗料されている歯の欠片、教室の壁には勢いよく長く鋭い牙が刺さっている。
血生臭いにおいが鼻につき、無惨な光景と合わさって、私やほとんどの女子、数人の男子達が吐き気を催す。
目を逸らす人、恐怖し涙ぐむ人、虚ろな目で静かに絶望する人等、様々だった。
因みに、吐き気を催した私達は即行トイレに行き、焼き付いてしまった光景を思い出しながら、吐き出すのだった。
目の前の便器に浮かぶ吐き出したものを汚く思いながら、トイレを流す。
流れていくものから目を離しながら、個室を出ると、鏡に写る私の顔にため息をついた。
「酷い顔......」
でも......あれを見て平常心を保てるわけないでしょ
誰があれをやったのだろう。
これからの生活に、私は少なくとも、希望を持てはしなかった。
ガッコーダンジョン!~学校と異世界の迷宮が繋がってしまったようです~ 水源+α @outlook
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