元勇者の一撃
そう、俺は勇者だった。
にしても相変わらずチートだな。流石、完ステ勇者だ......それにしてもジョブのところ『勇者』って......俺はもう違うってのにな
ジョブのところは『勇者』となってるが、正確には『元勇者』となるはずである。
まぁ現役、現役じゃないとかは置いといて、まさかあの時の力が引き継がれているとは思わなかった。
「やっぱり久し振りだな......マジで何でも出来る気がするから安心感が凄いな」
それは当たり前だろう、『勇者』なのだから。
さて......今頃、校内の全教室では皆ステータス確認とこれからの方針を決めているんだろうな......全く、いちいち面倒事をよりにもよって俺の学校に......いや、俺に押し付けやがって......あの駄神は
思わず、溜め息を着いてしまう。
ダンジョンの魔物が大繁殖した結果、軍団となって下界の周辺の国々を荒らし回っている。
これは明らかに、災害を越える『天厄』だ。
何故あちらの国々は連合軍を結成して対処しないのか。
理解できない。
というか常識だろう。
......絶対なんか裏があるな。まぁどうせしょうもない事なんだろうけど
また国家間で戦争なんかしてんのかな......と、吐き捨てた後、トイレから出ると───
「魔物......しかもワーシルバーウルフ。まさか早々にご対面とはな」
───白銀の毛並みと両方の歯から一つずつ長く伸びた鋭い牙、体長二メートルにもなるこちらの世界の狼の比じゃないその体格に血のように赤く煌めく直ぐにでも射止めるかのような瞳。
廊下を悠々と歩いてくる銀狼は俺をもう捕捉しているようだ。
長い長い廊下。
まだ二十メートルはあるが、そこからでも銀狼から向けられる殺気が感じられる。
「やっぱり久々の殺気はキツいもんがあるな。鼓動が早くなってるわ......それにしても、おかしいな」
ワーシルバーウルフの戦闘推奨レベルは確か13......まだ俺以外全生徒はレベル1のはず。俺以外の人がこいつみたいなレベル帯の魔物に遭えば間違いなく瞬殺されるんだが......神はそこら辺は考慮してるのか? これじゃ皆に死ねっていってるようなもんだぞ......
「ガルルルルルル......」
「......」
まぁ戦い方が成ってなければ同レベルでも瞬殺ではないけど殺されるんだけど......それでもスライムやインプを、少なくとも学校内ほぼ全員が初心者な今の時期は出現させるべきだ......なのにセラフィムは何やってんのかね。アホなのか? バカなのか? それとも生々しい初心者狩りを見て楽しむサイコパスなのか?
「おっと......歩くの速いな」
そう考えている内にも着々と近付いてくる銀狼。
それを見て、一旦そこで考えるのを止め、目の前の相手に集中する。
「......」
ここは......普通に倒すか
感覚十メートルに差し掛かった瞬間、銀狼は「ギャヴッ!!」と、大きく吠えてその俊敏な足をもって俺に一瞬で肉薄する。
ワーシルバーウルフはワーウルフという同じ狼型の魔物の親玉的な存在である。
強さはワーウルフ百体分に相当すると良く言われていた。
最大の特徴はその足にあり、俺が出会ってきた魔物の中でもトップクラスの速さを誇っている。
戦い方は主にその俊敏性を最大限に発揮する一撃離脱(ヒット&アウェイ)。
サッカー選手のドリブラーのように細かいステップを踏み、タイミングをずらしてくるので慣れないと絶対に剣や槍で捌けない。
最初の冒険者生活の中で当たる第一関門は正に全魔物中トップクラスの速さを持つこのワーシルバーウルフと言われていた。
俺も最初の頃は、一撃離脱に徹するそいつに凄く苦戦した思い出がある。
一番簡単な対処法は盾を装備することだ。
ワーシルバーウルフの攻撃手段はその鋭く長い牙を使った噛みつきだ。
遠距離から魔法を撃ってくることはなく、突っ込んでくるだけである。
剣のように様々な方向から短時間で攻撃が来るわけではなく、槍の突きのように一直線で来るのだ。
知能は低いため、盾を獲物と勘違いして噛み付いてくる確率が高いので、噛みついているその隙に叩けば、意外と簡単に討伐できる。
だが、今の俺は盾を持ってない。
あるのはランダムで現在の自分に合っている武器を勝手に選定して出してくれる銀の指輪。
武器を出したとしても、本当にあの時のままなのか、そして頼れる代物なのか、ましてや自分が扱えるものなのかわからない。
俺は剣だけを扱ってきたために、スキルには【剣神/極】しか武器マスタリが存在しない。
そう、剣以外出た瞬間、俺は絶望することになる。
剣が出たら達人、いやそれを遥かに越える技量を発揮できるだろう。
しかし、剣以外が出た瞬間、素人同然の動きになってしまうだろう。
なんならそのステータスでごり押せばいいじゃない、と思うかも知れないがそれは違う。
俺が居たときの異世界のワーシルバーウルフと、今の異世界のワーシルバーウルフ。
もしかしたら俺が地球に戻った時から異世界では長い時間が経ち、ワーシルバーウルフは変わり行く環境に適するために進化を遂げているかも知れないのだ。
そうしたらレベル差なんて確実に縮まっているに違いない。
だから、そう簡単にはごり押せないのだ。
「ガアアアァッ!」
「......」
また、そう考えている内に、もう銀狼は俺の目の前で口を開けている。
やっぱり......速い
ワーシルバーウルフの俊敏性は恐ろしい。
だが。
───今も遅い
嗚呼、スローモーションに見える
何故だろうか。
全魔物中トップクラスの俊敏性を持つ筈の魔物がこんなにも遅く見えてしまうのは。
本当に俺がいない間に進化を遂げて速くなっているのだろうか。
それとも、劣化して遅くなっているのだろうか。
あの時から変わってない。
同じように遅く見えてしまう。
何故だろうか。
それは───
「俺が強過ぎるから......か」
確信する。
決してそれは自慢ではない。
そう確信してしまうのは、相手が弱すぎるからなのかもしれない。
しかし、それは自負であり、長年勇者をやっていた時から思い続けていた記憶なのだ。
思い出してきた。
これが、勇者なのだ。
これが本当の強さなのだ。
これが────
「本当の力」
スローで噛み付いてくる銀狼に、俺は拳を作り、大きく腰を捻らせて振りかぶる。
大きく開けた俺に牙を向く、その憎き顔に狙いを澄まして、一撃。
「キャンッ......!?」
ブチィ、と容赦ない一撃が銀狼の顔に着弾し、惨い音が響く。
弾丸のごとく吹き飛ばされる銀狼。
残酷にも、首から上は粉砕され、肉片と化し、千切れる。
銀狼の体だけが長い廊下を直線上に凄まじい速さで飛翔し、やがてその勢いが止まったのは俺とは逆の廊下の端にあった非常階段に続くガラスを突き破った先の階段の踊場の壁だった。
この学校の廊下は長く、四十メートル程。
トイレは端から五メートルほどに位置する。
端から端まで飛翔した銀狼の体は、それを約二秒で踊場の壁まで飛行しきった。
壁にめり込んだ銀狼。
それを見て、笑う『勇者』。
その構図を笑った後に想像した俺は一様に思った。
───笑った俺は勇者でもなんでもない。もしかしたらセラフィムより、俺がサイコパスなのではないか......と。
= = = = = =
水道で血だらけの手を洗うと、ハンカチを取り出し、心を落ち着かせるようにゆっくりと濡れた手から水滴を拭き取った。
ワーシルバーウルフ......なにも進化しちゃいなかったな......ということは、こっちの世界と異世界の時間軸は同じくらいなのか?
環境が変われば、適応するように生命は発達、いや『進化』する。
それは必然であり、進化の内容は偶然であるのだ。
環境によって進化する内容も変わり、またそれぞれの生活の方法で変わっていくので正に十人十色である。
手にヒレがつくかもしれないし、皮膚がこれまでより硬化するかもしれないし、もしかしたら背中に翼が生えるかもしれない。
人間基準で言えば、だが。
動物であったなら、魚に足が生えるかもしれない。
例は少ないが、まぁそういうことなのだ。
環境は何も自然のことだけを指しているのではなく、生活のことも指している。
この頃周りに強い魔物ばかりで、どんどんと補食されていく。
ならこちらも強くならなければならない。
では、近づかれる前に逃げれるように聴力を上げよう。
と、こんな風に長い時間が過ぎれば必ずこういうことが起こるはずだ。
しかし、ワーシルバーウルフは何も変わってはなく、相変わらず速かったが、それ以外の発展が見られなかった。
ということは、俺が居なくなったときから異世界はそれほど長い時間を経過してなく、進化にも至ってないということになる。
一体何年くらいだろうか。
気になることではあるが、まずはこの廊下に広がってる肉片と血をなんとかしなければ。
いや、なんとかは無理だろう。時間がかかる。
これをやったのは俺だということを隠さなければならない。
何故なら、注目を浴びるのはごめんだということと、士気の問題である。
俺がこんなにも簡単にワーシルバーウルフを倒してしまえば、俺を前々から下に見ていた多くの人達が「銀の狼の魔物はあいつにだって簡単に倒せたから糞雑魚」という認識を勝手に持ち、このご時世は周りに広めたがる人が多いので、もっとその誤った情報は広がり、いざ遭遇となれば逃げもせずに真っ向から立ち向かっていくだろう。
その結果、誤った情報を信じた人たちはどんどんと瞬殺されていって、人員不足、戦力低下、そして仲間の死で全体的な大幅な士気低下に繋がってしまう。
だから、これをどう隠せるかで、これからのダンジョン生活は大方決まってくるだろう。
この際、正体を晒して皆に忠告するのが一番手っ取り早いしいいと思うけど、確実性がないし、嫉妬云々で変ないざこざが来るから却下で。
ではどうするか。
「第三者の加入......だな」
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