過去話 勇者 リュウジ・モリサキ伝記 とある一幕
「──リュウジ」
一人の重厚な鎧に身を包んだ戦士が、肩越しにそう呼び掛けて俺を急かしてくる。
「......時間か。ダン、先鋒の兵の指揮を頼んだぞ」
「あぁ......一騎当千の名に懸けて誓おう」
俺はそれに頷いた後、右手を前に突きだした。
「【武装化(アームド)】」
そう呟くと指に嵌めていた指輪から、膨大な光が溢れだした。
「───行くぞ、《聖剣(エルキュロス)》」
やがて光が消え去ったとき、手中に現れた剣の名を口で挙げると、聖剣が俺の声に応えるように、光り輝いた。
「......」
───睨んだ先にあるのは、かつて俺が守ると誓った世界の中心である王国の王城。
「準備は良いですか? 勇者」
城を睨んでいると、魔族の長である魔王・ナディアが隣に並んでくる。
魔王が言ったその言葉に、俺は力強く頷いた。
「......大丈夫だ」
そうは言いながらも、王城の前にはおよそ十万を越える軍勢が俺らを待ち構えている。
どの敵も魔物ではなく、鎧と剣を装備した人間。
魔物の軍勢を一人で相手したことはあるが、人間の軍勢を相手取ったことなど一度たりともなかった。
それはそうだろう。その人間達の為に戦ってきたのだから。
そう、味方だったのだ。
しかし、今はもう──敵だ。
軍勢が溢れかえる王城に向かって、俺は人生で初めて、その聖剣の切っ先を向ける。
「戦う前に......一ついいか? 魔王」
「はい。なんでしょう? 勇者」
隣を並ぶ、白い長髪を風で揺らし、血のように赤い紅眼で王城を見据える魔王に、ふと聞きたいことを思い出した。
「あなたが思い描く未来とはどんなものなのか......聞きたい」
俺がそう聞くと、魔王は先程までの王城に向けていた闘志溢れる目を慈愛溢れる優しい母のような目へと緩ませた。
その瞬間こそ、ナディアという一人の少女に見えた。
「共存共栄......この一言では足りませんか?」
そう微笑んだ魔王に対して、俺はその佇まいに、その瞳に、その笑顔に見惚れていた。
思わず胸が跳ねてしまったが、魔王の言葉は俺を分からせるのにはそれで充分事足りた。
「......いや、足りてる。分かった」
───目の前にあるのは魔族を敵として滅ばせた後に俺を戦争で上手く利用しようとした最低な国の総本山だ。
戦争を吹っ掛け、勇者という力の面で大きなアドバンテージを振りかざし、世界を掌握しようという魔王よりもよほど魔王をしている愚王を止めなければならない。
でないと、人間と魔王軍の戦いよりももっと多大な犠牲が出てしまうことになってしまう。
今の状況は言うなれば、キューバ危機と同じような状況と言える。
世界最大の国でもある王国が戦争をするとなれば、必然的に同盟国も戦なければならなくなり、どんどんとその風潮は広がって行くだろう。
その果てには、世界大戦が勃発し......その先は想像できるだろう。
俺は今、魔王軍と俺が旅先で出会ってきてこの戦いを聞き付け助っ人に来てくれた多くの仲間達で結成された連合軍側に付いている。
結成目標は───愚王討伐。
圧政、奴隷制度、種族差別......魔王を悪者に仕立て上げて戦争を始めさせた......そして、先述の通り俺を利用して世界各国をねじ伏せようとしている等々。
全てこれまでなかったことなのに、王国の長たる現国王が始めたものである。
───魔王との戦いが終わった後に、俺が「なんで俺達人間に楯突く」と、聞いてみたところ魔王は【陽陰鏡】という万物の心の表と裏を映し出す魔法を見せつけ「これが理由です」と返してきた。
鏡に映し出されたのは───愚王。
俺はそこで全てを知った。
怒りが、悲しみが、寂しさが一挙に襲う。
そんな俺を見るやいなや、「勇者。共に止めませんか? 真なる魔王の野望を」と手を差し伸べる。
迷うことはなかった。
裏切られた怒りも勢いに、俺は直ぐ魔王の手を取った。
そして、現在に至っている。
「非戦闘員......民間人達は?」
と、魔王の横顔を窺うと、当の本人は自信に満ちた表情で胸を張った。
「それについてはご安心を。私の魔法をもってさえすれば、戦闘地域内にいる全民間人を転移させることなど造作もありません」
「......流石魔王だな。やっぱり、あの時ボロ負けしたのは偶然じゃなかったってわけだ」
「いえいえ、私をあれほど追い詰めたのは前魔王かあなたぐらいでしたよ。もうあと数年もすれば私を抜くのではないでしょうか?」
「残念ながら、これ以上レベルを上げることは出来ない。制限に到達してしまった」
「あら、それは残念です......ですが、私はもうあなたと戦うつもりはないですよ?」
「ん? どうしてだ?」
「失いたくないからですよ。私を追い詰めた、たった一人の人間なんですから」
と、魔王はそう言いながらも少し頬を染めて顔を俯かせた。
「......」
そんならしくない魔王に思わず苦笑してしまう。
あぁ......どうしてくれたもんか
「そう言われなくとも、俺も戦うつもりなんて無いから安心しておけ」
「そうですか。良かったです」
「はぁ......もっと素直になればいいのに」
「う、うるさいです! ほら、行きますよ勇者っ......」
「......」
やっぱり......
とても魔王には見えない。
これまで魔王城から王国に戻ってきた今日までの旅の中で共にしてきて、色んな一面を見てきた。
怒るし、泣くし、恥ずかしがるし、好き嫌いするし、妙なところで優しくするし、俺以外の男にはこれほどまでにと思うぐらい毛嫌いするし、頑固で譲らないこと多いし───何より屈託なく笑うし。
感情豊かな魔王......ではなく、普通の女の子なのだ。
だが、彼女はこれまで魔を束ねてきた魔王。
そして、もっとも平和な世界を望んでいる一人なのだ。
「魔王───いや......ナディア」
「......?」
名前を呼ばれた魔王は急いでいた足を止め、こちらを振り返った。
「勝利以外、あり得ないからな?」
俺がそう笑えば、魔王も笑い返す。
「当たり前ですよ。大体、私に勝てる見込みがある者など現代では勇者───いえ、リュウジただ一人だけでしょう」
「それもそうだな」
「はいっ」
「俺はあなたが危険なときは守る。一応な?」
「それは私も同じですよ。助力など不要かも知れませんが」
「......今日で叶えるぞ。お前の夢」
「......!」
魔王は俺が言った言葉に、珍しく驚いていた。
してやったりという気分もあるが、何よりも素の部分を見せてくれるのは嬉しく思えた。
瞠目させていた瞳を次にはゆっくりと閉じ、大輪の花のような笑顔を咲かせた。
「......はいっ」
そう快く返事した後、魔王は今度こそ戦場に赴いていく。
白銀の長髪を揺らしながら遠ざかっていくその背中は、何処か嬉しげに見れる。
「......さて」
兵士達の大音量の声合戦の中、聖剣を再び強く握る。
夕焼けの中、死闘が始まる。
戦争か、平和か。
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後に、勇者と魔王が手を組んで王国に楯突いたこの異例ながら、運命を分ける戦いのことを魔王対愚王としてそれを略称し、人々はこう呼んだ。
『ニ王戦』と。
そう。
これはその時まだ16才の少年が勇者として最後の戦いに臨んだときのとある一幕である。
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