竜の最後の言葉
夜鷹@若葉
竜の最後の言葉
今ここに一人の英雄が竜殺しの栄誉を手に入れようとしていた。
英雄の放った一撃は、竜の固い鱗を砕き、深々と胴を抉った。その一撃が致命傷となり、竜は力なく大地に倒れら。
後一撃、剣を振れば竜は死ぬだろう。そんなとき、竜は英雄へ向けと言葉を発した。
「素晴らしき英雄よ。死ぬ前に私の話を聞いてくれないか?」
竜の言葉に英雄は静かにうなずいた。
「ありがとう英雄よ。感謝する」
こうして竜は、自らを殺めた英雄に、最後の言葉を語り始めた。
「私は、長い時を生きてきた。そして、長い間人々を見てきた。
1000年、2000年人々と生き、見守り、歩んできた。
多くの人との友人を得て、助言を与え、導いてきた。
彼らは私に感謝してくれ、幸せに暮らしてくれた。私はそれがうれしかった。
けれど人の命は短く。儚い。
私が助けた人は私に感謝してくれたが、その子供、孫は私に感謝してくれたわけでは無かった。
長い時間をかけ、悲しい事に人々は私の事を忘れ、私の元から去って行った。
ある時人は国を作った。
国に住む人の中には私が助けた人の孫や子孫がいた。
私はうれしかった。私の助けた人の子孫が生きていてくれたことが。だから私は、彼らの為に成る事をしようと考え、実行してきた。
国に入る事ができなくても、私は彼らの為に尽力した。
時折出会い、助けた人は私に感謝してくれた。とてもうれしかった。
けれど、人の国が私に下した決断は残酷なものだった。そう、英雄、君の知るとおりだよ。
彼らは私に死を命じたのだ。
人の国の王はきっと、私の存在が邪魔だと思ったのだろうね。人々に賞賛され始めた私が。
人は醜く、汚い。
どれだけ恩を売ろうと、いつかは忘れ、仇を返す。彼らにとって必要なのは、自分の為になる存在だけなんだ。
私は多くの人と、そして英雄と会って来たよ。だから、分かる。
私の出会った多くの英雄は、素晴らしい人々だった。彼らは多くの者を救い、賞賛されていたよ。
10年、20年賞賛され、称えられていたよ。けれど、100年、200年称えられることは無かった。
そして、いつしか彼らの存在は忘れ去られ、歴史の闇に消えていった。
酷い時には、人々がその英雄を処刑した。
なぜかって? 決まっている。邪魔だったからだよ。人が支配する国にとってね。
君もいつか知る事になるだろう。英雄が賞賛され、人望を集める事は、人の国の王にとって、邪魔な存在となる事を。
人の国にとって、人々は王や支配者の言葉に従う存在でなければいけない。
けれど、君に助けられた多くの者は、王の言葉より、君の言葉に従う様になるだろ。
だから、君の様な英雄は、いつか人の王にとって邪魔な存在となる。
多くの英雄は忘れられ、多くの神々は悪魔となった。それはすべて、人の王にとって邪魔な存在だったからだ。
君はその手で、多くの人を助けただろう。そして、これからも多くの人を助けるだろ。
そして、君と君の助けた人々は、人の国の王にとって邪魔な存在となるだろう。いつか彼らの手によって、滅ぼされる事になる。
人は醜く、汚い。
君は多くの者を救い、助け出しただろう。そこによこしまな思いは無く、清廉潔白なものだろう。けれど、君の行いは多くの人を殺すことに成る。
君は、君が救ったすべての人に、安寧を約束し、もたらしたかい? きっとできていないだろ。
なぜなら君は一人で、多くの人を守り続ける事は出来ないからだ。
君の行いは多くの人を殺すことに成る。私の様にね。
けれどまだ間に合う。
賢い君ならば、するべき事が分かるはずだ。より多くの人を救い、助け、幸せにする方法が。そして、それをなした時、君は永遠の英雄となる。
恐れる事は無い。君ほどの英雄なら出来るさ。
ああ、すまない友よ。私はもう逝かねばならない。
君の行く末に栄光があらん事を祈っているよ」
竜は英雄の返事を聞くことなく、力尽き動かなくなる。
そして、英雄だけが残された。
この日、一体の竜が死に、一人の魔王が生まれた。
竜の最後の言葉 夜鷹@若葉 @cr20_yamaraj
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