第25話 ゲームオーバー

 僕には、6人の仲間がいた。

 大切な友人たちだった。

 アリアネ。

 ザイル。

 リアン。

 レイア。

 シド。

 フラー

 みんな本当に頼れる強い仲間たちで、優しくて勇敢で、それ以上に本当に大好きな僕の友だちだった。

 その6人が今、僕の体をむさぼっている。

 亡者の臭気に満ちた桃色の血を眼窩から溢れさせながら、僕をそれぞれの手で引きずり上げ、体を乱雑に食い散らしている。舌をく血の酸味。全身の筋肉が不安定に萎縮いしゅくし、歪んだ骨格は体内に鉄板を挟み込まれたみたいに全てが噛み合わない。

 もう、どれくらいの時間僕は食われ続けているのか。いつの間にか空には太陽が昇っていても、血にまみれた白い祭壇の上はなお暗い。雨を降らしそうな暗い雲が、朝を迎えた世界から敗北の勇者をさえぎるように、空をもうもうと埋めている。

 風の音。下は海。

「ねえ……もう、十分でしょ?」

 哀れなほどに弱々しい、ゴキブリの声。

「あんたがイージスを使ってさえくれたら、俺はもうこんなことしなくていいんだ……どっちにしろあなたが死ねば、俺はその体をモンスターにして異能を奪う……あなたが今、耐える意味なんてないんですよ……」

 視界に端に映る、半面の焦げたゴキブリの日本人らしい平らな顔。

 扁平な耳。

 黒い瞳。

 濡れた唇。

 噛み付くことすらできないのが不思議なほどの至近距離で、言葉を紡ぐ。

 だけど、音が遠い。

 意味も遠い。

「お、俺を信じてくださいよ……盾を使ってくれたら、そこで終わりにしますから……頼みます、もう、もうモンスターなんか……お、おえぇ……」

 痛みは容赦なく、全身を引き裂き続ける。

 顔は半分レイアに食い散らかされ、形をくした。

 アリアネは僕の手の指を全て食いちぎり、今度は手のひらを縦に裂いている。

 フラーは鎖骨とあばらを歯で削っている。

 リアンは太ももの肉をほとんど削ぎ落とした。

 シドは、膝の骨を、キャップを外すみたいに、歯で引き剥がしていく。

 全身に火かき棒を突っ込まれたかのような焦熱。

 ぐちゃぐちゃと、おぞましい音。

 それでも……僕は、声を上げなかった。

 すべての悲鳴を、飲み下した。  

「なんでだ……もうなんの意味もないのに、なんで耐えるんだよ……痛いでしょ? もう嫌でしょ? 終わりたいでしょ? どうして、どうして……」

 意味なんて知らない。

 ただずっと、頭の中で声がするのだ。

 仲間たちの言葉……死体に焼き付いた最後の言葉に混じって、誰かが僕を罵り続けている。

 選択ができるお前はいいよなぁ?

 死んだ仲間たちは、それすらできなかったじゃないか。

 ただなぶられて、本当に痛くて、それでも逃げられないまま、死んでいった。

 そこから、お前だけ逃げるのか……って。

 過ぎていく時間、終わらない悪夢と切れそうな意志の狭間に、確かに焼け付く怒りが脳裏を焦がし続けていた。

「なんであんたらは、みんなこうも強いんだよ……」

 骨と、肉と、筋と、命と。

 すべてが赤と桃色の血の中にニチャニチャと溶けていく。

 痛みだけ、ここに残して……。

 ……ゴキブリ。

 僕は、お前を許さない。

 どうすればいいのかわからないけど。

 許さない。

「……終わりだ」

 頭を掴まれ、首に黒いナイフが突き立てられる。

 ねえ、みんな……。

 聞こえる?

 たとえどれだけ無意味でも、痛みに耐えることに勇気が必要なら。

 僕は……。

 僕が必ず、こいつを……。

「こんな強いのに、なんで俺なんかに負けたんすか……勇者さん」

 ナイフが突き刺さり、一閃。

 黒々と。

 勇者の首が、切り裂かれた。

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