第23話 残された骸
……最初にダイトが感じたのは、おぞましい、死そのもののように腐った肉の匂いだった。
見えたのは、空をバックに立ち上がる、赤味を帯びた、巨大なヒトガタ。
きしむ体。
彼を見下ろす、朝焼けに照らされた仲間たちの、骸。
そのキメラ。
かつて共に戦った仲間たちの体、その成れの果て……乱雑につなぎ合わされた命の残骸が、そこに佇んでいた。
『モンスターは、人の死体でできている……』
ゴキブリの声。
『ごめんなさい、ホントはちゃんと加工すれば見た目もそれっぽくできるみたいなんですが、俺にはこれが限界で……』
立ち尽くすのは、赤い肉塊のヒトガタ。血ぶくれや吹き出物に侵されたかのように、ところどころ醜く変色した、水死体を思わせる太った塊。そこから四肢のように、殺された仲間たちの体が、不格好に生やされていた。あるいは取り込まれていると表現したほうが正しいのか。
風が吹く。
ヒトガタの一番上……頭の位置にあるのは、レイアの体。
一度切り離された頭が、手足のない体に反対向きに縫い合わされ、冷たい風に風見鶏のようにブラブラと揺れている。
レイアの胴体の真ん中を貫いて生えている大きな頭は、赤毛のザイル。彼の強靭な体は全体の中心として、肉塊の真ん中に巨大に鎮座している。
仲間たちのフランケンシュタインが、一歩、勇者へと向かって左足を踏み出す。
パキ……パキ……と、何かが潰れる音。
それは、シドの体。
皮膚が剥がされ、黒々と乾いてしまった体で、シドは頭を下に、不格好に地に伏せていた。
右足は、リアン。傷口がすべて開いたような裂け目にまみれて、裸のまま、シドと同じようにズルズルと汚い音を立てて、不安定な足を型どっている。
右腕には、焼け焦げた死体のアリアネが、両腕を頭上に掲げて、黒いススをこぼしながら、情けなくフラフラとぶら下がっていた。
左は……フラー。アリアネ以上に焼けただれ骨のむき出した上半身と違って、膝から下がない下半身と、いかにも縫い付けただけの肘から先が、異常なほどに
これまで苦楽をともにしてきた仲間たちの、下手な粘土細工のように悪趣味なツギハギ。裸の彼らの上を這う、モンスターに特有の赤色を帯びた腫瘍のような肉の線が、浮き出た血管のように、稲妻のように、互いをつなぎ合わせている。
そして、顔。
顔が、ある。
焼けていたはずのアリアネの顔までもが、桃色の髪ごとなぜか修復され、人形のように生気のない相貌を、四肢の先端に映していた。
瞳の色まで、見慣れた彼らで……。
悲痛な表情で、物言わぬまま、勇者を見つめていた。
最悪の光景だった。
『モンスターの体力っていうのは、生前に与えられた痛みに比例するんです。だから、俺はあなたの仲間たちをできるだけ苦しめて殺しました』
こめかみが、引き
『そして、異能者の死体からモンスターを作れば、その異能もまた復活する』
頭の中に、直接響く声。今となっては懐かしい、スキャナーの感覚。
『俺が最初にあのチビちゃんを殺したのは……何があっても、このスキャナーの力だけは欲しかったからなんです。だって、この図書館の道具を呼び出す力とスキャナーがあれば、なんだってできるでしょ? 俺は、俺はこの図書館の力で現実世界から好きなもの呼び出して、慎ましく好き放題暮らしたかった。でもこの女の子だけで作れるモンスターじゃ体が弱すぎて、心許ない……だから、皆さんの体でキメラを作ることにしました』
レイアの首が、ピクピクと震える。
『
ギリッと、唇を噛む。
「……マナか」
喉から、かすれた声が染み出した。
『……正解です。二番目に殺したあの大きな彼の
あぁ……。
なんだか、今、全てに踏ん切りがついた気がする。
『……以上で、ホントのホントに話は終わりです』
頭の中の声が低くなる。
『異能者6人の体で作り上げた、マナの力で自己修復する最強のキメラ。それが、あなたの最後の敵だ』
朝日が陰り、仲間たちのすべてが、暗くなった。
『お察しとは思いますが、俺はあなたのイージスが欲しい。知っての通り俺はクズだから、きっとその力がないと安心して眠れない。無敵の盾で身を守りながら、スキャナーの力でささやかにやりたい放題して、美味しいものを食って温かいベッドで寝る……』
鞘から抜き去った剣。握る指先が、震えていた。
『……俺は、いい暮らしがしたかったんだ』
ゴキブリの声。
『家もなくて、公園のトイレの裏で寝そべってただけの俺の人生……何が欲しかったわけでもないのに最低限の生活すら守れなかったドン底にやっとチャンスが巡ってきたんだ……もうなりふりなんて構ってられない』
にわかに、空気が震えた。
悲鳴のように、キメラが、叫ぶ。
みんなの声で、みんなが、叫ぶ。
それを、見上げる。
『俺は、あんたを殺す』
心が、黒く染まっていく。
ゴキブリ……。
お前だけは、絶対に……。
『7人殺すと誓って6人殺ったんだ……絶対に最後までやり遂げる。人生で初めて、俺は、俺は、夢を叶えるんだ……っ!!』
残された骸たちの腕が、まっすぐに勇者へと振り下ろされた。
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