復讐劇

第22話 自分語り

 真っ白な箱の中に張られた、巨大な螺旋階段。10メートル近い幅を保ったまま続く天国への階段を思わせる回廊かいろうを、虚ろな目をした一人の勇者が頂上へと上っていく。

 風の音。下は海。

 空間を囲い込む白い壁はところどころ欠けて穴が開き、隙間から淡いピンク色の朝焼けが差し込んでいる。空に投影された美しい白黒のコントラストは、雲間の中に描かれた神のラインアートのように鮮やかに景色を埋め、この場所で起きた惨劇の傷跡さえ神秘のうちに覆い隠していた。

 静かな時間だった。

 はじめは、一人にされた焦りと、時間稼ぎに送り込まれていたモンスターたちの対処に急き立てられていた勇者だったが、今はもう何も襲って来るものはない。彼もすでにいて階段を上るのをやめていた。

 どうあがいても、すべてが間に合わないことを悟ってしまったから。

 一夜を越え、たった一人で勇者ダイトは進んでいく。

 もう、何も感じない。

 仲間の力はすべて、彼の元から失われた。

『……聞こえますか、勇者さん』

 頭の中に、声が鳴り響いた。

『俺です……ゴキブリです』

 勇者は何も答えない。ただ自分の歩調で、階段を進んでいく。

『……終わりました。みんな、死にました』

 コト……コト……と、規則的な足音だけが、空に響く。

『あの姉ちゃんも……殺しました。ひっでえ殺し方です』

 ゴキブリは一人で語り続ける。

『知ってます? 火をつけて溶かしたタイヤで肌を灼くやつ……爪裂いて、指斬って、目ン玉抉って、鼓膜破いて性器砕いて、そのたんび溶けたゴムで止血して……最後なんか、ぎりぎり生きてるのにスライムみたいで……いや、こんなこと聞きたくないですよね……すいません』

 勇者は、階段を上り続ける。

『……本当に、すいませんでした』

 一歩、その場に立ち止まる。

 天をにらめば、一面の星空が朝日にかすめられ、雄大な雲の中に悲しいほど美しく燃えている。

 頂上は近い。

 また歩き始めた。

『今更謝られてもイラつくだけだとは思いますけど、ごめんなさい、俺は本当に……ああ、違う、こんなこと言いたかったわけじゃねえのに……』

 小さく、鼻をすするように笑う声。

『……勇者さん。あなた最初俺に、お前は誰だって聞きましたよね? それにいちおう、ちゃんと答えておこうかなって……。

 誰でもありません。

 ただのクズの日本人です。

 バイクが好きってだけでイケてる人生送れるって夢見てた……そんで、無免でやらかして人生棒に振った……そんだけの男です。

 そんな男が一匹、ワケもわからずこんな場所に生まれ変わって、皆さんを殺しました。図書館の力を使ってひどいことしました。全部……自分のためです。自業自得で詰んだ人生をやり直すためなら、他人に命を顧みずに頑張りました……正直、後悔で胸が一杯です。もう、一生人殺しなんてしないって本気で誓えるくらい、嫌な気分です……許されることじゃないですよね……ほんと、すいません。

 でも、俺は……償いたくないです。

 全部俺のせいでも、俺は、責任を取りたくありません。

 そういう……男です』

 桃と紫色に照らされた、頂上へと続く最後の直線階段。

 この上に、ゴキブリがいる。

『あの……言いたいことはそれだけだったんですが……』

 ボソボソと、歯切れの悪い声は続く。

『何か、ありますかね? その、聞きたいこととか……』

 呆れた息を吸って、また吐き出した。

「ない」

 そう答えた。

『……そうですか』

 階段を上り始めた勇者の耳に、また不愉快なすすり泣きが響く。

『すいません……ああ、でも、これはちゃんと言わなきゃダメかな……入口で言われたこの図書館の機能、覚えてます? ダンジョンの作成と知識あるものの呼び出しと、それと最後の一つ……モンスターの、作成』

 太陽が背後から、雲間を抜けてゆく道を照らす。

『知ってますか? モンスターって、人間を素材にして作られてるんですよ』

 真っ白な最後の階段を上りきった、勇者ダイト。

 彼はそこで、かつての仲間たちの、最後の絶望を見た。

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