第15話 合流
+シド・ヴィジョン+
公園の中の小汚いベンチに、ダイトが座っている。シドもそのすぐそばの花壇に背をもたれかけながら、姉の話を聞いていた。
「モンスターのせいでステルスが
「そうか、そうだよな」魔法で収納できる非常食を頬張りながらうなずいた。「そもそもザイルなんか、シールド無しで撃たれたのにすぐに復活していたしな……」
「うん……そのとき私は、あいつは能力を使ってない相手を捕まえられないんだって気がついたの。多分、能力を奪うと同時に相手を拘束するとか……そういう力だと思う。それにダイトのイミテーションと違って……新しく奪うたびに前の能力は使えなくなるんじゃないかな。使えるんなら、私たちに囲まれたときにザイルの”マナ”を使わなかったのは変だもの。ゴキブリからの通信がなくなったのも、ザイルが捕まってからだし……スキャナーがあるなら、私を見逃したはずもない」
「あぁ……確かに」
「ゴキブリがもしかしたら弱いのかもって思ったのは、その前……あいつが、逃げる私を追いかけるのをさっさと切り上げて、急いで引き返しちゃったこと、かな。それで色々気がついたというか……」
「つまり?」
「あいつは……私よりも先に、シドを殺しておきたかったんだと思うの」
腕を組んで考え込む。正直、話がよく見えなかった。
「どの順番で話せばいいのかな……」フラーは言葉を絞り出し続ける。「えっと、まず最初にわかってること……あいつは、明らかに私たちの力を全部把握してて、それに無理をしてでも、私たちを痛めつけてから殺そうとしている。これは多分、間違いない。あいつは私たちを苦しめて殺す必要があるのよ」
「必要?」
「強い恨みがあるのか、それとも他に何か目的があるのかはわからないけど……でもゴキブリは本当はあんなに弱いのに、拷問には固執してたのよ? リアンに対しては移動時間を有効活用したり、アリアネは燃えるのに任せたり……時間を短縮してまで、わざわざ私たちを痛めつけようと躍起になってる」
「言われてみれば……そうか」
「結論から言うとね……あいつは最初から、弱さとハンデを補うために、色々と考えて行動していたと思う。ゴキブリが最初に狙ったのは……レイアちゃん。スキャナーは私たちのチームにとって一番重要な力だったし、敵からすれば最も厄介な異能に思えたはずよ。一番不意をつける、確実に一人殺せる最初のタイミングで、あいつはちゃんと一番厄介な相手を殺してた。そして、次に狙ったのはザイル」
「ザイル……?」
「ゴキブリにとって、ザイルは優先度が高い相手だった。レイアちゃんが殺されたときのことを思い出して。ゴキブリは、アリアネをハッタリだけで脅しつけるなんて危険なマネを冒してまで、ザイルの到着を待ってたのよ? あいつはそれだけザイルを恐れてたってこと」
「ザイルのマナは強いからな」
シドはそれで納得したつもりだったが、フラーは軽く首を横に振った。「そうじゃない……異能が怖いのはアリアネも一緒のはず。ゴキブリがザイルを恐れたのは、むしろ、異能を抜きにしたときの素の強さだと思うの」
「素の強さ?」
「つまり、自分の能力がバレた場合の、保険」
その言葉には唸らされた。「あぁ……なるほどな。姉貴より俺を優先したってのは、そういうことか」
彼女は頷く。「あいつはもしかしたら、この世界のことをよく知らないのかもしれない。私に向かって走ってきたときのあいつは、だって……少し油断してたもの。魔力があれば女でもちゃんと戦えるって、思ってなかったんじゃないかなって」
「俺たちにここまでついてきた姉貴が弱いはずねえだろうに……」
「最初に私たちを分散させた時も、ホントはシドを狙いたかったんだと思う。だけど、レイアちゃんが殺された部屋に、ザイルとほとんど変わらない速度でたどり着いたスレイプニルにゴキブリは焦ったのね。リアンが最後尾だったのもあって、急いで狙いを変えて……」
「あぁ、それなんだが……」一度手を上げて、話を止める。「あいつは確かに俺たちの位置を把握してた。だけど……姉貴の推理だと、その時にはゴキブリはスキャナー使えなかったんだよな? だとしたら、なんであんなタイミングよく俺たちを分離できたんだ?」
「それはわからないけど……もしかしたら……」姉貴の赤く腫れた目が、こちらを向いた。「あいつは、私たちがどの部屋にいるのかなら、わかるのかも」
「部屋?」
「ゴキブリは最初、レイアちゃんたちの前にいきなり現れたでしょ? それに、バラバラに動いていた私たちの場所にピンポイントでモンスターも召喚してきた。それができるってことはつまり……」
「手引き書か」
ダイトが、ボソリと言葉を漏らした。
「そうか……あいつは、最初に青い玉が言っていた手引き書を持ってるんだ。だからモンスターを召喚できるし、ダンジョンも作れる……僕らのいる場所も、その手引き書を使えばわかるのかもしれない……」
「きっと、そうだと思う」
「そうだね……」
フラーはしばらく、うなだれたままのダイトを見つめていたが、やがて何かを諦めたみたいに自分もうつむいて、また話し始めた。
「あとはもう話した通り……アリアネが最速で目印を打ち上げたせいで、スキャナーを奪って封じたはずの合流の可能性ができてしまったから、ゴキブリは慌ててアリアネを殺しに行った。私は偶然、それを見ていた。あいつは、近くにいるかもしれない私を探す気さえなしに全速力で走り抜けていったのよ。それだけゴキブリは、私たちの合流を恐れていた。あのときはまだ違和感を感じただけだったけど……アリアネの最後の言葉を聞けたことと、ゴキブリから逃げるときにステルスを使えないくらい焦っちゃったのが結果的にうまく運んで……ギリギリになってようやく、全部納得がいった」
「俺たちは……こんなんでも運がよかったってわけか」
姉は、顔を膝に埋める。
「ヒントは全部持ってた……もう少し早く気がついてれば……私はアリアネが焼かれる様を黙って見てる必要はなかった……あの時勇気を出して斬りかかればよかったのに……恐くて、慎重になりすぎて、私は……」
「悔いても仕方ねえよ……むしろ、本当に、よくこんな状況でそこまで考えたよ。おかげで助かった」
泣いてる姉の華奢な肩を、じっと見つめる。
こんな状況でも……相変わらず、なんて冷静さだ。
流石は勇者一行の軍師である。
小さい頃からおとなしく控えめで、誰にだって優しかった彼女は、だけど、本質的な勝負事への強さは群を抜いていた。とにかく頭が鋭くて、勘が利く。本気を出した姉がチェスで負ける姿なんか見たことがない。手加減して負ける様は幾度となく見てきたが……。
彼女は昔から負けず嫌いの
勝ちたがりなシドとは大違いだ。
これだけの才能を持ちながら、戦いを避けたがる姉が、小さい頃からずっと彼のコンプレックスとなっていた。手加減を絶対にするなという約束で、嫌がる姉を無理やり誘って色んな勝負事をしてきたが、肉体勝負以外では未だに一勝もできていない。
だけど……今日という今日は、そんな姉が誇らしかった。
見ろ、俺が勝てない俺の姉貴は、やっぱり誰よりも賢いのだと……あのゴキブリに向かって叫びたかった。
彼女の頭の中には普段の優しさとは別の、勝利の女神が住みついているのだ。
「結局あの男は、ただの雑魚だったってわけだ」複雑な気持ちをため息にして、吐き出した。「そんな奴にザイルまで……やりきれねえな」
「うん……だけど、ゴキブリはすごく強いよ」姉貴はそう答える。「今まで戦ってきた敵の中でも……一番の、強敵だと思う」
「あ?」
姉は目をこすって、ため息をついた。「ゴキブリは、私たちに能力がバレてなくて、なおかつ一騎打ちであれば、絶対に勝てるっていう力を持ってたけど……言い換えればそれしかないのよ? 魔法の練度も足りない、シールドも下手、なのに即殺はダメなんて……あいつが背負ってたのは、そんな、無茶苦茶に不利な条件」
「……あぁ」
「シドならその立場で、私たちを四人も、殺せる?」
…………。
「私なら、こんなこと絶対にできない。多分、勝負する気にもならないと思う。あいつはそんな条件で無謀に挑んできて……そして、ここまでやりきった。はっきり言って異常だと思う。一手間違えたら終わりだったのに、私たちをここまで追い詰めるなんて……あの人、戦士としては未熟だけど、人としてありえないくらいに勝負強いのよ。細かいミスはあっても、大切なところではヘタを打ってない。だから、あいつはまだ、生きている。まだ生きていて、きっとまだ何か次の手を打ってくる。油断は、できない」
「そう……だな」
……認めたくないが、納得することしかできなかった。
そうだ……あいつは、魔王を打倒した俺たちの、半分以上を独力で削ったんだ。
クズで、ザコだが、間違いなく最悪の相手か。
「なぁ……」姉を見つめる。「話は大体はわかったんだが……その話、一個でかい矛盾があるよな?」
「なんでさっさとダイトを狙わないか、でしょ?」
黙ってうなずく。
「……詳しいことは全然わからないわ。でもそう、本当なら、一番狙うべきは無敵の盾を持っているダイトのはずよね。イージスを奪ってしまえば、私たちには勝ち目なんてないもの……でも、あいつはそれをしなかった。いや、多分、できなかったのかも」
「できない?」ダイトが、こちらを見ないままそう聞いた。
「確証はないけど……あいつって、異能を発動した相手を拘束して、その力を奪うでしょ? 私たちはそれに捕まったら終わりだけど、でもダイトだけは……」
「あぁ、そうか」ひらめいて、頷いた。「ダイトには異能が二つあるってことか?」
姉も、うなずく。「それがどう関係してくるのかまではわからないけど……何か意味はある気がするの」
なるほどな。
やっぱり彼女は天才だ。
「……反撃、だな」立ち上がり、軽く刀を持ち上げた。「出方を
「そうね……でも……」
フラーは、ダイトが見つめ続けている先へと、視線を向けた。
無造作に転がる、リアンとアリアネの、死体。
気持ちが深く沈みこんだ。
「置いていくしか……ないよね」ダイトが、驚くほど抑揚のない声で、呟いた。「せめて少しでも、マシな姿勢にしてあげよう……」
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