第13話 見つめる
+フラー・ヴィジョン+
泣いたら、ダメだ。
心を、止めるな。
考えろ。
考えろ。
もっと……勝つためのことを……生き残るためのアイデアを……。
物陰に隠れながら、フラーは何度も、自分にそう言い聞かせていた。
だけど伝う涙は止めどなく、仲間を失った悲しみをいつまでも訴え続けている。
アリアネ……。
ダメだ……今更私一人であそこに向かっても、間に合わない。あれは私の消火魔法で止められる火の勢いじゃない。助けに行ったって私も殺されるだけだ。
あぁ、だけど……。
燃え盛る業火に包まれ、身の毛もよだつ叫びを上げながら、動けないはずのアリアネの体がわずかに持ち上がる。
片手が持ち上がり、顔を
嘆きの影。
アリアネはまだ、生きてる。
助けを求めて、焼かれている。
それを、ただ声も上げずに見守ることしかできないだなんて……。
ごめんなさい……あと、あともう少しだけでも早く私がここにたどり着けていれば、結果は違ったのかもしれないのに。
自己嫌悪と後悔が、いつまでも心を
私はどこで間違えたろう? モンスターを避けるあまりに慎重に進みすぎたのか、周囲のダンジョンの壁を調べるのが余計だったか、ゴキブリが走り去っていくのを見送る時間が長すぎたのか。
ともかく、開けた公園の広場の先にアリアネの姿を見つけた頃には、彼女はすでに身動きを封じられ、衣服を切り裂かれているところだった。
だから……私は、息をひそめることにした。てっきりゴキブリは、アリアネを犯す気なのだと思ったからだ。それは最悪なことだけれども……すぐには、殺されないはず。危険を
まさか、生きたままアリアネに火を放つなんて。
それに……。
あそこに転がっているズタボロの死体は、きっとリアンのもの。
いったいどんなことをしたら、あんなに悲惨な死に方になるの?
死ぬという、ただそれだけでも悲しいのに。
きっと信じられないくらいに痛くて、怖かっただろう。
あぁ、今日はなんて日だろうか。たった一日で、私たちは、仲間を4人も……。
突然、パァン! と、何かが破裂するような音。
同時にアリアネの体が、ビクンと跳ねた。
驚いて、息もできない。
続けて、一発、二発。
ゴキブリの手に持つ飛び道具から、火花が散る。
そのたびに、アリアネの体は踊るように
甲高い、絶叫。
一声一声に、魂が吸い取られた
もう、やめて……。
どうして、こんなにひどいことができるの?
轟く、火花。
弾けて。
プツンと、アリアネの叫びが途絶えた。
パチパチと肉が焼ける音だけが、余韻のように空気に染み込む。
焦げた匂い。
不気味な、静けさ。
なおも燃え盛る火炎の中に、アリアネの体は、薪のように黒く沈み込んでいった。
絶望に、心が潰れる。
だけど……だからこそ。
アリアネの残してくれたものを、無駄にするわけにはいかない。
彼女が身の危険を
それに、アリアネが残してくれた大切なものが、もう一つ。
彼女はその身が焼かれる直前に、大声で、あることを叫んだのだ。
こいつが捕まえられるのは一人までだ……って。
誰かが聞いているわずかな可能性に賭けて、アリアネは声を振り絞った。
それを聞いて、私はようやくザイルが誘拐された時の、ゴキブリの行動の違和感に気がついたのだった。誰よりも近くでそれを見ていたアリアネは、しっかりとそれを見抜いてくれていた。
だから、私たちにも勝ち目はある。
シドとダイトが、生きているなら……。
……できることなら、三人で戦いたいと思う。でもきっとそれは無理だろう。ダイトはともかく、弟のシドがゴキブリから息を潜めて隠れられるとは思えない。私たちは二人であいつと戦うことになる。先に到着するのは多分、シドの方だ。このダンジョンの中での私たちの並びは、明らかに最初に白い部屋に入ったときの順番になっている。最後尾がリアンで、次いで私、そしてアリアネ、シド、最前列にダイトの順。
震える喉で、深呼吸。
シドと二人、姉弟で、ゴキブリを討つ。
あいつは人間一人を完全に拘束する力を持っているから……普通に考えたら、縛られるのはシドの方だろう。
そうなれば、私とゴキブリの一騎打ち。
ぐっと、胸が苦しくなる。
鼻の奥から喉まで、恐怖が熱く駆け抜ける。
私は、あいつに勝てるだろうか? 戦いの苦手な私が?
……いや。
勝たなくても、いいんだ。時間さえ稼げれば、それで仕事は果たせる。
最後は、なんとかダイトに託せれば……ゴキブリがどれくらいの実力の持ち主だとしても、無敵の異能イージスは絶対に破れないはず。
言い聞かせるように作戦を練る彼女の心に、ふと、小さな疑問が浮かんだ。
……いや、待って。
イージスは、無敵の盾……最強の力。それは間違いない。だけどあいつは、さっき、手のひらから火を放った。ここに来る途中で、スレイプニルを使うのも見た。つまりゴキブリは、相手の異能を奪えるということ。
……?
あれ?
でも、それならなんで……。
必死で考えを巡らせようとした矢先、頭上でバサリと、何かが羽ばたく音。
見上げた先、一つ目のフクロウが、私にめがけて急降下をしていた。
やばい!
合わせていた両手を慌てて離す。ふわりと全身を風が撫でて、視界が一気に明るくなった。
フラーの異能”ステルス”は、両手を祈るように合わせている間、存在感を極端に薄くする能力である。その間は身体強化魔法さえ一切使えないし、完全に姿を消せるわけでもない。そのせいで、高い感覚機能を備えたモンスター相手にはまれに見つかってしまうのだ。
まさかレーダー・アイを備えたモンスターまでいたなんて……油断した。
腰に差した
シールド展開。
衝撃。
フクロウを受け流した上で、シドと練習した通りに、できるだけ傷口を深くするように体をひねって、敵の体を切り裂いた。
肉が切れる、ゴムのように鈍い感触。大嫌いな感触だ。これのせいで、肉料理を作るのも苦手になったほど。
返り血の冷たい
だけど安心している暇はない。ステルスが消えてしまっているからだ。
慌てて、ゴキブリのいた方に視線を送る。
昆虫のように暗い瞳と、目が合った。
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