第11話 沈殿

+ダイト・ヴィジョン+



 アリアネが空に打ち上げた、機転の狼煙。仲間のうち、そこから最も離れた位置にいたのは僕だった。

 目前には、大量のモンスターたちが僕の行く手を阻んで群れをなしている。

 リアンの異能スレイプニルを自分が乗りこなせないこと、こんなに恨んだ日はない。

 こんなに悔しい一日はない。

 レイア……。

 リアンに危機を伝えようとした、あの刹那……ふわりと、自分から何かが離れていく感覚とともに、スキャナーの力が使えなくなってしまったのを思い出す。

 レイアの面影が、自分の中から完全に失われた。

 あまりの虚しさに……僕は声も上げられず、その場に膝から崩れ落ちてしまった。

 これでもう……彼女の面影は、あの無惨な死体しか残っていない。

 そして……。

 正面の通りから迫り来る、巨大なミノタウロス。キメラ種と呼ばれる、二種類のモンスターが掛け合わされたような存在で、動きは鈍いが強力な相手。3メートルを超える身の丈に巨大な牛の頭を乗せて、腕を振り上げて、メチャクチャな姿勢で駆けてくる。

 迫る、鉄拳。

 ため息。

 接触の瞬間に、イージスの暖かく白い波紋が広がり、ミノタウロスの拳を砕いた。

 剣を構えて、その腕を、渾身の力で切り裂く。

 ピンクの血。

 懐に潜り込んで、腰を落とし、両足を切り落とそうと力を込める。

 その瞬間。

 また自分の手から、頼れる力が抜けていくのを感じた。

 一瞬、何が起きたかわからず。

 だが、すぐに気がついた。

 ザイルの異能、マナが、使えなくなってしまったのだ。

 ザイル……。

 剣は骨に弾かれて、中途半端に食い込んだまま、停止する。

 ミノタウロスの膝蹴り。当然、イージスに弾かれてバランスを失う。

 だが、追撃ができない。

 腕に力をこめることさえ忘れて、僕は剣を手放してしまったから。

 深く深く息を吐いて、その場に立ち尽くす。

 自己嫌悪の念が、脳みそをグシャグシャに噛み潰していた。

 嘆きのあまりに、ザイルを助けに行くことも忘れてただただ泣きじゃくった、あの時間。これまで僕らは敵でさえも不殺を貫いて、仲間の命を最優先に戦い抜いて、そして達成したつもりだった。それなのに、突然突きつけられた、レイアの死。後悔の念といたたまれない無力感に苛まれ、僕は冷静に頭を働かせることすらできなかったのだ。

 そのせいで、ザイルは死んだ。

 ありえない判断ミス。

 信じられない。

 許せない。

 こんな僕の、いったい何が勇者だって言うんだ?

 誰もいないコンクリートジャングルの中に、負けた勇者の咆哮が響く。

 レイアの誘拐も、僕があの場にいれば回避できたかもしれない。ザイルだって、僕が最速で動いていれば連れ去られることはなかったはず。こんな短時間に僕は二度も判断を誤り、仲間を最悪の形で二人も失ったのだ。

 すでに、僕は負けている。

 お前は……勇者なんかじゃない。

 レイア……ザイル……本当に、ごめん……。

 そんな後悔の言葉たちも、目前に群がるモンスターたちを見て、全て、怒りへと塗りつぶされていく。

 ザイルは、アリアネの次に付き合いが長い仲間だった。今まで何度も二人で窮地きゅうちを脱し、バカ話をし、ケンカをしてきた大親友。彼が倒してくれたモンスターの数は、僕らの比じゃない。

 年下なのに、本当に頼れる仲間だった。

 誰よりも強い、男だった。

 もう、会えない。

 永遠に。

 AIが狂ったみたいにシッチャカメッチャカな姿勢で僕を殴り続けるミノタウロスの顔に、アリアネから借りた火球を打ち出す。

 怯んだすきに剣を足から抜き返し、太い喉へと刃を突き立てた。

 グネリと、鈍い感触。

 マナの力が借りられないせいで、ひどく重たく、生々しい感触。

 今はそれくらいでちょうどよかった。

 返り血もかえりみずに、滅多刺す。

 ……一定時間以内にモンスターに与えられるダメージには、限界値がある。冒険者たちの間ではサラマンダー一体分として知られているこの値は、通常のモンスター相手に意識する必要性が薄いが、ボスやキメラ種ほどに体力の高い相手にはタイミングを意識しないと、戦いに無駄が出る。

 ゆえに、滅多刺しは効率的ではない。

 それでも勇者は突き刺す手を止めなかった。

 本当に、最悪の気分だ。

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