第7話 サボテン
+シド・ヴィジョン+
シドは、苛立っていた。
レイアが殺された事実ももちろんだが、今はそれより、情けない仲間たちの姿が気に食わなかった。
「う……うぅ……」
姉のフラーが顔を覆って泣きじゃくる声が、部屋の中に響く。
「ここで泣いてたってしょうがねえんだよっ!」感情に任せて、そう叫んだ。「嘆くのは後でもできるだろっ!? ザイルまで殺させる気か!」
「わかってるわよっ!」女騎士リアンが、ヒステリックに叫び返す。「わかってる! これがあいつの狙いなのもわかってるのよ! わかってるけど……けどぉ……」
……舌打ちをして、今度はアリアネの前に立った。「で、なんでザイルが捕まってんだよ……負けたのか? 見てたんだろ!」
アリアネは目をこすって、かすれた声を絞り出した。「わからない……私は最初一人で、れ、レイアちゃんを見せつけられて……」
「で、黙って見てたのか?」
「だって、相手のポテンシャルがわからなかったからっ!」アリアネが珍しく声を荒げた。「レイアちゃんをさらったとき、ザイルはあの武器に一瞬で足を……そんなもの突きつけられたら……私だって、動くわけには……」
「……それで、すぐに駆けつけたザイルは死体を見て頭に血が上ってこのザマか」
「あいつは相手の動きを封じられるのよ!」アリアネは叫ぶ。「でなきゃ無抵抗でザイルが連れ去られるわけがないっ!」
…………。
くそっ。
やり場のない、しかし激しい怒りのあまりに、シドは壁を力いっぱい殴りつけた。黒い模様が、彼の怒りを代弁するかのように波を打つ。
どいつもこいつも……。
いや。
わかってる。こんな状況で、冷静になれって言う方が酷なんだ。それにアリアネは正しい。その男……ゴキブリと名乗ったというそいつは憎むべき仇敵であり、最低最悪のクズ野郎であることは確実だが、同時に敵として明らかに厄介だ。あのザイルが手も足も出ないなんて奴が弱いわけがない。
だが、頭に血が上りやすいシドとしては逆に、このまま黙って悲しみに暮れることの方がありえない気分だった。
黙ってたら……俺だって、悲しみに飲まれそうで……。
くそ。
俺たちはなんて脆いんだ。
不甲斐ない仲間への怒りは、一向におさまらない。自分たちは腐っても悪人を討つ勇者一行として戦ってきたパーティだ。命を賭して戦ってきた以上、こういう事態もちゃんと想定していなければいけなかったんじゃないのか? 仲間の死がどれだけ痛ましくても、覚悟していたことなんだと……。
…………。
ただ、彼にそんなこと言えるのは、レイアの死体を見ていないせいかもしれない。
その死体はゴキブリに持ち去られてしまった。
この場所で暴力的に殺された、レイア。誰もその様をあえては口にしないが、この場に散らばる肉片や、手足、おびただしい出血のあとを見れば、レイアがどんな目にあったのかくらい想像がつく。
ダイトの
世界を救った勇者様は、今はただ壁に背を預けて、
見ているだけでも、心臓が掴まれる思いだ。
レイア……。
レイアはシドのことを、どちらかと言えば苦手がっていた。彼だって、行き過ぎた人見知りでしかも泣き虫なあいつのこと、付き合いにくいと思っていたけど……。
正直、兄と慕われているダイトのことを
振り返れば、姉貴はずっと泣いている。姉貴はレイアのことをずっと気にかけて、今まで誰よりも世話を焼いてきたんだ。
……その心遣いが、たった今、全部無駄になっちまった。
死とは、そういうものだ。
楽しいことがたくさん待っていたはずのレイアの人生の最後は、ただ、痛いだけで終わってしまった。
悲しいし、悔しいさ。
だからこそ……ここで立ち止まるわけにはいかない。思い出を振り返るのは後回しだ。
「……ダイト! ザイルはどこにいる!」
シドの怒号に、ダイトは震える手で、方角を指差した。
怒りで頭が爆発しそうになった。
「ちげえだろバカ野郎!!」胸ぐらを掴んで、無理やり立たせる。「レイアが死んじまった今、お前が立ち上がって追いかける以外にゴキブリを追いかける手段がねえんだろうがっ! このまま黙ってザイルまで見殺しにする気かっ!!」
ダイトは、しゃべらない。
「異能のコピーは、オリジナルが死んじまったら長くは使えねえんだろっ!? 急がないでどうするっ!」
「……ってる」
「あぁ!?」
「わかってるよ」
驚くほどに冷静な声が、低く、響いた。
ゆっくりと、手を払いのけられる。
黙って、ダイトの顔を見つめた。
泣きはらした目、こけた頬。
無表情。
だけど、真っ赤な瞳の内側には、焦げ付く怒りが確かに、恐ろしいほどの力を帯びて渦巻いている。普段は女みたいな顔してるくせに、今はそれこそ、レイアが見たら泣き出しかねないような、別人の表情。
変な話だが……少しだけ安心した。
ダイトはリタイアしていない。
「行くぞ……」
背筋を震わす、ダイトの声。
「絶対に……あいつだけは、許さない」
+ザイル・ヴィジョン+
耳の奥から、血が滴る。そこに突き立てられた細い針が嘘みたいにズキズキと野太い痛みを発し続けている。
血だ。
赤い。
何もかも……。
「お前は……」
自分の声が、ひどく遠い。
寒い。
体が震えて、涙が血と混じり、体中に突き刺された針がカチカチと揺れる。
いったい何本刺されたのだろう。
鍛え続けてきた彼の肉体は、今やただの、悪趣味なサボテンだった。
また新しい針が、瞳の上に、追加される。
ジュクリと、潰れた目玉の中で、十本の鈍い針が肉を引き裂いた。
枯れない痛み。
枯れた喉で、なおも叫ぶ。
全身がこわばる。
こわばると、筋肉に、粘膜に、爪の間に、あらゆるところに突き刺さった針から、刺された時よりも強烈な痛みを感じた。
「おまえは……」
残された片目が辛うじて捉える、黒い男の不気味なマスク。なんの感情も映さぬまま、虫のように光っている。
「……なんなんだ?」
声にもならないような声が、胸の奥から染み出す。
なんのために……こんな……。
ズブリと、狂おしい感触。
舌を巻き込んで、刃がまっすぐ、喉に突き立てられた。
「……これで、二人」
前歯が、割れる。
喉に、刃物。
湿気った音。
ゴポゴポと血が吹き出して、呼吸器を満たしつくした。
ありえないほどの、苦しさ。
痛み。
肉が縦に裂けて、ひだのように波打つのがわかる。
真っ赤に。
おぞましく。
ちくしょう。
ちくしょう……。
ちくしょうちくしょうちくしょう……ちくしょう……。
こんなやつに……こんなところで……。
死にたくねえよ……。
これで全部終わりって……嘘だろ……。
……レイア。
みんな……。
ごめん。
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