第4話 テキセイ

 幸運にも、小規模な群れを成して現れたモンスターたちは決して強力な敵ではなかった。地上でも見られる普通の種族ばかりだ。だが、アリアネの前に現れたのはワーム、シドたちはイエティ、僕らの前にはコボルトと、それぞれに出自はバラバラだった。

 モンスターの処理が終わり、僕らはすぐに走り出した。休んでいる暇は少しもない。僕は通信に意識を集中してレイアの反応を探す。戦っている間にスキャナーを使うのはかなり難しい。移動をリアンの馬に任せられるだけでも相当にありがたいことだった。

 ……かすかだが、レイアの反応を捉えた。大丈夫、この方向で合っている。しかし、レイアが異能を使っている気配は感じられない。つまり彼女は今、能力の発動に集中できない環境にあるということ。

 心臓が、嫌な音を発している。

 正直、レイアの身の危険を思うと今にも吐き出しそうだった。

 思い浮かぶ、可愛い笑顔。いたいけな瞳。

 人嫌いを克服しようと、少しずつ努力していた、僕らの妹。

 ……だめだ。

 今は、冷静になろう。

「ザイル、アリアネ」意識して声を抑えながら、スキャナー越しに会話を繋ぐ。「さっきの状況を詳しく聞かせてくれ。いったい何が起きたんだ?」

『どうもこうもねえ』苛立ったザイルの声。『突然、目の前に変な仮面を被った男が現れた。油断してた俺はクロスボウみてえな武器で足をぶち抜かれ動けなくて……そのすきにレイアは連れて行かれちまった。くそっ、すまねえ、俺のせいだ……』

『謝罪は本人にしな』シドが答える。『どこのどいつだか知らねえが、誰に喧嘩売ったのかを思い知らせてやる』

「許せない」馬を駆る、リアンの声。「待っててよレイアちゃん、必ず助けるから……」

『どうして、そいつはレイアちゃんをさらったんだろう……』

 シドの姉フラーの、心配のにじんだ声。

『どうする? このまま各自でレイアを探すか?』

 また、シド。

『いや、危険だ。”シールド”張ってなかったとはいえ、俺の足を一瞬で動けなくするあの武器は並じゃねえ』

 と、ザイル。全くの同感だ。

 防御魔法の”シールド”は、攻撃される部位を意識して、そこに魔力を込めることで発動する魔力の盾である。これを戦闘時にとっさに使えるようにするのがこの世界の戦士の基礎訓練だ。僕もかなり練習した。それこそ、イージスを手に入れた今でもクセが抜けないくらいに。

『俺はアリアネと合流する』ザイルは呟く。『もう油断しねえ』

『じゃあ誰か、姉貴を回収しといてくれ。俺は一人で探す。班は多いほうがいいだろ?』

 シドはそう答えた。

『おい……』

『一騎打ちなら、俺は誰にも負けない』

 シドが吐き捨てたその言葉に、僕らは無言になるしかなかった。確かに、彼の異能はそういう類のものだ。

「……アリアネ、大丈夫か?」

 僕は先ほどから一言もしゃべらないアリアネを呼びかける。無事なのはわかるが、彼女はその場から一歩も動いていないようだ。

『……うん』

 ノイズに歪んだ声。それでも、何かがあったというのはわかる。

「どうした、なにかあったか?」

『……いい? 落ち着いて聞いてね』

 アリアネの深呼吸。

『焦っても仕方がないし、冷静さを欠くのもダメ。これは敵の性質を知るために、配慮すべき情報として……みんなに共有するよ』

 勿体つけたその語り口に、じわじわと、頭皮に鳥肌が引きつっていくのを感じた。

 アリアネは、一人でレイアとあの男を追っていたのだ。

 彼女はその途中で、何かを見つけた?

『な、何があったの?』

 フラーが、聞く。

 一瞬の静寂。

 震える声で、アリアネは語った。

『私の目の前に……手が落ちてる』

「……は?」

『レイアちゃんの、左手が転がってる……多分、さっきスキャナーが乱れたタイミングで、切り落とされたんだと思う……』

 ドクンと、心臓が強烈に一つ高鳴った。

 リアンの肩も、ぴくっと震える。

『その手にね……』

 アリアネは、まだ続けた。

『手の中に、目玉が握らされているの……えぐられた……瞳が……』

 頭に、殴られたみたいな衝撃を感じた。

 一瞬で、全身が暑くなる。

 誰かが……多分ザイルが、大声で叫ぶのが聞こえた。

 ……目玉?

 えぐられた……?

 レイアの、瞳が?

『おにい……ちゃん』

 突然、頭の中に声が響く。

「レイア!? 大丈夫か!?」

『いたい……どこ……』

『レイアちゃん!! レイアちゃんっ!!』

 フラーの叫び声。

『た、たすけ……あっ……』

 幽かな声。

 確かな予感。

 僅かな静寂。

 悪夢のような絶叫が、スキャナーの念波をぐちゃぐちゃにかき乱すように響き始めた。


『ァアアアアアアアーーーッッッ!!!!!! いだいっ!!ヤダッ!! やめて、やめてやめてやめて……やめて……おねがい……おねが……ひっ……いやああああああああああああッッッ!!!!!!!!』


「レイアっ!!」

 全身に悪寒と怖気おぞけが走り回るのを感じながら駆け出した僕らの前に、ぬっと、赤い影が差す。

 再び現れた、さっきの倍はいようかというモンスターの群れ。

 くそ……くそっ!

 状況は、最悪だ。

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