第3話 開戦

 待機班と探検班二つの計三組に分かれた僕らの探索は、当初、とどこおりも進展もなく進んだ。なにもない、文字ばかりが壁にフワフワしている様々なサイズの部屋、そればかりが続く。僕とリアンは異能スレイプニルまで使ってかなり広く探索したが、手がかりになりそうなものもモンスターらしき存在も影も形もなかった。レイアが発見した転生者らしき人間もまだ、場所がはっきりわかるほど近くにはいないらしい。

 ただ……。

「この文字ってさ、ダンジョンに彫られてるやつに似てるよね?」僕はリアン及び、レイアが通信で繋いでいる仲間全員に語りかけた。

『それはうん、間違いないね』

 トレジャーハンター・アリアネの声が真っ先に答えた。 

『転生者がいるんだから、ここもダンジョンに決まってるさ』シドのぶっきらぼうな返答。『つまりはどこかにボスモンスターもいるのかもな』

 ボスモンスターは文字通り、ダンジョンのあるじのような強力なモンスターのことである。通常のモンスターとは比にならない体力と特殊な能力を持った、ダンジョンにしか現れない巨大な魔物……。

『待って』

 アリアネの、鋭い一声。

『ん?』

『おい……なんだお前、一体どこから……』

 ザイルの声。

『ちょっと待て、お前それは……』

 ザワッと、かすかに嫌な予感が、背筋を駆け抜ける。

 そして……。

 突如、甲高い破裂音みたいなものが僕らの耳をつんざいた。

 本能的に耳をふさぐ。

 同時に、ぼんやりと脳に浮かんでいた現在地のイメージが、歪んで消えた。

 レイアの異能スキャナーが、途絶えたのだ。

「レイア!? おい! どうした!?」

 僕はフライング気味に叫びながら、急いでレイアのスキャナーの能力を借りて発動する。

 僕が持って生まれた異能”イミテーション”は、人の異能を模倣する能力だ。ただし本家とは精度が比べ物にならないくらいに低くなるため、基本的には組み合わせが重要となる。

「答えろ! おい、何があった!?」

『こちらザイン……ッ……』

 ノイズに歪んだ声。

『やられた……』

『なんだって?』シドが、叫んでいる。『お前がか?』

『油断したとか言ってる場合じゃねえっ! レイアがさらわれた……なんだあの男、見たこともない武器を……』

 慌てて仲間たちの位置を確認する。スキャナー……マップ機能発動……シドとフラーは遠く、ザインとアリアネはやや離れた位置にいる。

 レイアは別の部屋で一人……。

 否、二人だ。

 レイアの近くに、誰かがいる。

『こちらアリアネ! 追いかけてるけど追いつけないっ! 何よあの乗り物!』

 レイアがものすごい速度で離れていってることは、言われるまでもなくわかっていた。

「リアン!」僕は叫んだ。

 リアンはすでに青い幻の馬スレイプニルを召喚し、僕を待っていた。

 その背にリアンと共にまたがり、来た道を風のように引き返す。スレイプニルは最速の異能だ。居場所さえわかっていれば、確実に追いつける。

 だが、まずいことは重なって起こるものだ。

 レイアの強烈な念波が、僕の異能をかき乱した。

 あまりにも、悲痛な悲鳴。

 あえぐ声。

 途切れ途切れに聞こえる、助けてと叫ぶ声。

 恐怖と、そして痛みを、訴えている。

 心臓が、かつて死を覚悟したときと同じ音を発していた。

「やばい、念波が……」唇を噛む。「仕方がない、遠回りだけど、一度アリアネのところへ走ろう!」

「了解!」

 白い部屋を、ビュンビュンと突っ切っていく。

 くそ……くそっ!!

 いや、落ち着け。こういうときこそ焦って行動してはいけない。これだけ差し迫った状況においては、レイアの身を心配することでさえ邪念なんだ。

 でも……いったい何が起きている?

 レイアをさらわれた?

 誰に?

 ビリっと、脳が震えた。

 ……え?

 この感覚は……まさか。

「リアン、止まれ!」

 僕は叫ぶ。

「モンスターだ!」

 瞬間、飛び込んだ部屋の中。

 巨大な一つ目のサイクロプスが、白い背景の中に頑然と待ち構えていた。

 モンスターの肉体に特有の、不自然な赤みを帯びた腕が僕らに迫る。

 僕とリアンは、素早く左右に散ってそれを回避した。

 なんだこのモンスター……突然現れたぞ?

 僕は素早く剣を抜き放った。両刃の無銘刀で、聖剣とか大したものじゃないが、何度も打ち直して愛用している僕の相棒。

 突きつけるように、真っ直ぐに構える。

 巨大な腕が、僕の頭上に振り下ろされるのを、じっと見つける。

 息を止めて、剣を握る手に力を込めて。

 先端が刺さった瞬間に、イージス……僕の異能が、衝撃を弾き返した。

 そのまま、突進。

 肉が裂かれる感触が、指先に痺れとして伝播する。モンスターに特有のピンク色の血が撒き散らされ、鈍い悲鳴が上がった。

 見上げれば、空中に飛び上がったリアンの姿。

 槍を下に構え、深々と、目玉に突き立てる。

 溶け出すように血が湧き上がり、飛沫が僕らの視界を汚した。

 だが、これくらいじゃサイクロプスは死なない。

 これがモンスターの特性。

 こいつらはそもそも、命がないんだ。心臓を狙っても首を落としても、ダメージは高かれど必殺はできない。だが、ダメージさえあるならば、足を切り続けても殺せてしまう。

 つまりは、完璧なヒットポイント制なのだ。しかも、一定時間ごとに与えられるダメージには限界値つきというおまけ付き。つまり、どうあがいても一体一体の処理には時間がかかる。

 明らかに、テレビゲームを意識して作られた存在。それがモンスター。

 サイクロプスの腹に向かって、僕は剣を突き刺した。

 鈍い咆哮。経験から、断末魔の叫びだとわかる。

 腕についた返り血が、モンスターの肉体と共に霧散していく。これがモンスターを倒した証拠。こいつらは、死んだら影も形も残らない。

 僕は周囲を警戒する。

 赤茶けた肌のコボルトの群れが、僕らを囲んでいた。

「モンスターと遭遇!」通信をつなぐ。「そっちは!?」

『同じく!』

『こっちもだ』

『私も!』

 シド、ザイル、アリアネがそれぞれ答える。

「ザイル、怪我は?」僕は聞いた。

『問題無い! 治った!』

 呆れた。なんという頑丈さ。自己治癒能力も、彼の異能マナの特性。

 だが、皆が足止めを食らってしまったのは確からしい。僕らはそれぞれの場所で、戦わざるをえなかった。

 その間に……僕は完全にレイアの行方ゆくえを見失った。

 くそっ……くそっ!!

 レイア、無事でいてくれ……。

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