第2話 誰か

 僕らはそのまま、6部屋ほどをまっすぐに探索してみた。大きさが少しずつ違うだけの真っ白な空間が続くばかりで、変化はない。途中で下り階段があったから、階層は多少下がったはずである。

「止まって」

 不意に、レイアが小さな声を上げた。目を閉じて、気配に集中している。

「どうした?」僕は聞く。

「誰かが……いる」

「誰か?」

「まだずっと遠いけど……でも、多分人間」

 僕らは目を見合わせた。

「人間ってことは……」桃色の髪のアリアネが苦い顔で顎を掻く。「もしかして、転生者?」

「可能性はあるなあ」ザイルが唸る。「だとしたら相当運のない転生者だな」

 この世界の転生者は、必ずダンジョンの中から生まれてくる。ダンジョンはモンスターの巣窟だ。ゆえにほとんどの転生者は誰かに助けられる前にモンスターに殺されてしまう。アリアネと出会えた僕はとてもツイていたのだ。

「もし本当に転生者なら、ここもダンジョンの一つってことになるけど」女騎士リアンが槍を両腕で首の後ろに回しながら辺りを見渡す。「でも、だとしたらなぜモンスターがいないの?」

「わからないよ。何もかもわからないことだらけさ」僕は呟いた。「そもそもダンジョンの正体なんて、まだ誰にもわからないままなんだから」

 ダンジョンというのは、この世界にいくつも眠っている迷宮構造の謎の建造物のことである。古くから、奥にある財宝を手に入れれば願いが叶うと言われているが、未だにダンジョンから見つかるのはトレジャーハンターと転生者の死体ばかり。モンスターの生成元でもあるダンジョンは、製造者、製造年月、製造目的の全てが不明な、この世界最大のミステリーである。かつて人の住んでいたらしき痕跡はかすかに残っているのだが……。

「もしかしたらだけど」トレジャーハンター・アリアネが僕を振り返った。「この場所に、ダンジョンの正体への手がかりが眠ってるのかもしれないね」

「そうだと助かるな」僕はパンパンッと手を叩いた。「よし、ここからは分かれて動こう。この"図書館"はとても広いし単調だ。何かが見つかるまではバラバラに動いた方が効率良さそうだ」

「賛成」銀髪の剣士シドはそっぽを向いて東側の出口へとスタスタ歩きだす。「俺は一人でもいいぞ」

「あ、ちょ、ちょっと待って」すぐに姉のフラーがそれに続く。振り返って気まずそうに僕に笑いかけた。「えっと、じゃあ私たちはこっち側を探索してくるから……ごめんね」

「うん、わかった」僕はぐるっとみんなを見渡す。「じゃあ僕とリアンが西に行く。アリアネとザイルはレイアを守りながら真っ直ぐ……いや、ここに待機でいい。ともかくレイアに絶対危険が及ばないように気をつけてくれ。この迷路でスキャナーを失ったら合流なんて絶対ムリだからね」

「慎重すぎないか?」剛力のザイルが斧を下ろして鼻で笑う。「まだモンスターの一匹も出てきちゃいないんだぞ?」

「でも、何があるかわからないからね。場所もそらだし」僕はレイアに近づき、膝立ちになって肩に手をかけた。「レイア、大丈夫だね?」

「……」

 レイアは不安げな面持ちで僕を真っ直ぐ見つめている。レイアは未だに僕とフラー以外には心を開いていないのだ。非力な彼女からすれば無敵の盾を持つ僕に残ってほしいのだろう。

 僕には、異能が2つある。1つは仲間の力を借りる”イミテーション”。そしてもう1つが旅の途中で手に入れた力”イージス”。正攻法の攻撃は全て弾き返す無敵の盾であり、自分から意図的に発動を控えない限り無意識でさえ機能する勇者の力だ。

 そして、この力を持つ僕だからこそ、危険地帯では誰よりも矢面に立って動かなければならない。

「大丈夫だ。二人が意地悪じゃないの、よくわかってるだろ?」僕はレイアを慰める。

「うん……」彼女は僕の手を握る。「わかってる。わかってるけど……」

「安心して。危ないと思ったら、すぐに戻ってくるから」

「約束だよ?」

「約束する」

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