第48話 潜みしもの・前編

 どうやらラーメン屋から300メートル以上離れた中央広場で、一人の男が拳銃を発射したらしい。その男の身なりは深紅のミリタリー服を着て、右手にベレッタM92Fを装備していた。


「ぐッ……!? …………痛ぇよぉ……」

 そのパラサイダーの雑兵の眼前で、傷ついた片足を両手で抱え、うずくまる一人の中年男性。右足のスネの部分を銃弾が貫き、多量の出血をしている。

 周囲の民間人は退避して、それぞれの住宅内にこもってしまっていた。


「そぉら……、この写真の男を知っているなら早く白状したらどうだ!?」

 その男が提示したのは紛れもなく、フレッドの顔が写った手配書だった。


 そこに、騒ぎを嗅ぎつけたフレッドとレクチェが、事件の起きている公園の広場に忍び寄る。そして警戒をしながら、その場所から50メートル前後の距離を置いて、息を殺して芝生地の木々にひそむ。


「パラサイダーが撃った銃で一般人が怪我をしている……。これもアップルの言ってたバグのせいだっていうのか!?」 


「敵NPCがセーフティエリアに入れること自体がイレギュラー要素だからな……。システムが対応せずに殺傷行為が黙認されたと考えるべきだろう」

 レクチェの冷静さはトラヴィスと酷似しており、厳正かつ適確な分、どこか無機質で素っ気ない。電子生命体ゆえのさがとも言うべきなのだろうか……――――。


「ハハッ……! 何回も言ってるけどバグだらけのクソゲーだよなぁ、オイ!」

 

 いつものようにしてきたアップルへの決まり文句。レクチェに対してもそれは変わらず、フレッドは彼女の人間らしい反応を期待して悪態をつく。


「……欠陥があるのは事実だし、いくら詫びても許される事ではないだろう。本来なら当人の親族から得た許可だけで、送還されるような仮想世界ではないからな…………」

 ――――意外な事に、レクチェはしおらしく返事をする。


「……? 今…………、『親族』って言わなかったか?」

「待て……、南方2キロメートル先より高エネルギー反応がコチラに来ている!」


 レクチェが振り向いた右側の噴水のある場所から、フレッドが見覚えのある外ハネで茶髪のセクシーな女性が姿を現す。


「……あーッ! あの巨乳ちゃんもこの間エリュトロスに来た……!」

 フレッドの表情は嬉しさ半分、恐ろしさ半分といった曖昧な印象だ。


「ケイティ・ケリー……。奴もレベル50の上位パラサイダーか、厄介だな」


 百目鬼のヴァリアントを持つ〈寄宿者〉――――。彼女は以前と恰好は変わらず、メタリック加工された大胆な黒いインナーとアンスコを着用していた。


「そこのあなた…………、軍律で私たちが一般人には危害を加えてはいけないのは知っているはね?」

 ケイティは雑兵をいさめるために、その男に近寄り話しかけた。


「いやぁスイマセン……。でもこの男が反抗的な態度を示したので、間違って引き金をひいてしまいまして………」


「そう……なの? じゃあ、今度からは気をつけなさい…………」


 ケイティは一見クールな印象を受けるが、実のところ猜疑心さいぎしんが強く、戦闘面以外では人として欠落している部分が多い。それは本人も自覚しているところで、他者と上手くコミュニケーションを取れないのを悩んでいる。


「フレッド! 頭をもっと下げろッ。私達がさっき来た方角に行くみたいだぞ」


 予想通りケイティとその兵士は、ボルテールが居るラーメン屋へと向かう。そして二人はタイミングを見計らって、負傷した民間人に駆け寄った。


「ハァハァ……、アンタの事を……探してるみたいだったぜ?」


 片足のズボンのすそを上げて、銃弾を受けた傷の具合を診るフレッド。

「巻き込んでしまって……本当に申し訳ない」

 

 レクチェがどこからともなく包帯を取り出し、その男性の治療に当たる。テキパキとした処置で、プロの看護師のように無駄のない動きだ。

「フム……、運よく弾が貫通している。骨にも異常はないみたいだな……」


  その一部始終を住宅の玄関から見守るひとりの女性。レクチェはその女性と目が合うと、救助のために声をかけた。

「そこの貴様! 悪いが手を貸してもらえるか? 応急処置は済ませてある」


 すると、20代半ばくらいの女性が、急いでレクチェの呼び出しに応じる。


「あいつらは軍隊だけど、俺達の町を守る気なんかさらさらない! これ以上、状況が悪化しないためにも俺は最善を尽くしたい。できれば君には、この怪我をした人をかくまって欲しいんだ……。できるかい?」


 要点をかいつまんで、優しい言葉でフレッドが頼み込む。その女性は無言でうなずくと、負傷者と一緒に家に引き返した。――保安官としての実績から、エリュトロスの住人の信用を得ていた事が役立ったのだ。


「ふぃ~……。前より俺も強くなったけど、まだあいつ等に勝てる気がしないぜ」

 フレッドは肩の力を抜き、腰を落として尻もちをつく。


「安心するのはまだ早いぞ。レベル50が二人も攻めてきたとなると、貴様達5人でかかっても返り討ちにされるからな……!」

 レクチェは腕組みをして、上からフレッドをにらむ。


「それに……先ほどからアップルとテレパシーで連絡が取れずにいる…………。もしかしたら、ダフネやルイーズにも何かあったのかもしれない」


「何だって!?」

(……ていうか、そんな能力持ってるなら先に言えっつーの!)


 心の中でツッコミを入れつつ、気持ちを切り替えて立ち上がる。

――時計は昼1時を回り、うっすら漂う薄霧もほとんど消えかけていた。フレッド達はこの危機を伝えるために、灰賀の元へと向かう……。


*************************************


 これより時刻は少しさかのぼり、フレッドがレベリングを終えた、昼の12時ごろ。


 エリュトロス北の方角に、親子とおぼしき二人がバリアの境界線にまで、足を踏み入れていた。その足取りは荘重そうちょうで、不穏な気配を匂わせている。


 母親らしき人物と男の子は手を結び、一気にゾンビがたかる防壁をくぐり抜けようと、ダッシュし始める。と、――――その時……。

 

「急いでおる様じゃが、ここから先は簡単に通すわけにはいかんのぉ」


 親子の目の前には、ピンク髪に露出度の高い服を着た一人の少女が、その行く手をはばむ。その左右には金髪縦ロールにウサ耳カチューシャを付けた女性と、ボブカットに狙撃銃をたずさえた地味目の女性が立っていた。


「なによ……、アンタ達。そこをどきなさいよッ!」

 アップルを見るなり興奮をして、その女性は地団駄じだんだを踏んだ。


「……アプリン、間違いないよ。この子にそっくりだったぬ」

 この『アプリン』というのはルイーズが付けたアップルのあだ名である。

 

「手ぶらで親子が遠出をするには……何かと無理があると思うのじゃが……?」


通せんぼをするアップル、ダフネ、ルイーズの3人組と対峙して、業を煮やす標的となっている女性。そして、考え無しに道すじを替えようと、周囲を見渡す。この町の最北端は森が多く、草木は生いしげり、枝がバリケードの様に邪魔をする。


「うるさいわね……、私の子供にちょっかいを出す気なの!?」


「じゃが、オヌシは実の母親ではあるまい? のぉ……トニー・君?」

 ヒステリー気味に吠える女性の隣にいた少年に対して、アップルが核心を突く――――。




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FOG BLAZE -霧とゾンビと美少女ナビ- 安藤 クスケ @kusuke

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