第3話

 雄馬が扉を入った先はさっきまでいたホールとは違い、照明の類が全くない部屋だった。

 部屋の奥まったところまではホールから漏れ出た光も届かないほどに奥行きのあるその部屋の最奥には「人の形をした影」がいるのが見える。比喩ではなく、実際に実体を持たない影がそこに存在していたのだ。厚みを持たず、人の命を感じさせないその影にはだがしかし、雄馬を威圧しその場に平伏させる絶対的な圧力を持っていた。

 

 今まで生きてきた中で最も強大な存在に相対した雄馬の脳裏からは、迅速に影に対する反抗的な選択肢が殺がれていった。逆らえば死ぬと、雄馬の本能と影の放つ威圧感とがはっきり警告しているのだ。

 この部屋に入ってからまだ20秒も経っていないのだが、雄馬の体感ではもうすでに30分以上はその場にいるような気がしていた。そしてその場の空気に飲まれ、雄馬が自分が息を吸っているのか吐いているのかが分からなくなり、喉が痙攣をおこし呼吸自体が困難になり始めた頃やっと影がしゃべり始めた。


「どうやら身の程程度は弁えた小僧らしいな」


 中性的な声音のその影は年齢的にはマントを羽織った男と同じくらいの若さに感じられた。


「小僧、お前はここが何処で自分がなぜここにいるのかわかるか?良い、発言を許す。もしも的得ていたならば相応の褒美をとらせようぞ」


 影はそんなことを言いながら雄馬に発言を促した。

 いきなり「自分が何でここにいると思う?」と聞かれた雄馬は思わず、気を失う前に考えていたことを口に出してしまった。


「えっと・・?魔王か何かを倒すために異世界から勇者召喚を実行して、たまたま俺たちが召喚されてしまったとか。・・・・・ですか?」


 ここが異世界である確たる証拠はないが、口を突いて出てしまったのだから仕方無い。

 そして本来であれば妄言の類として一笑に付されるような雄馬の発言に影は少し驚いたような反応を見せた。


「ほぅ?我の予想以上に状況判断能力に長けた者の様だな。召喚されたことだけでなく、召喚の目的まで言い当てるとはな。どれ、我を驚かせてくれた礼にお前の質問を許そう」


 どうやら命拾いをしたことを理解した雄馬は早速現状の情報を影から聞き出すことにした。


「あ、じゃあまずは俺の他にも20人以上召喚されたと思うんですけど他のみんなはどこにいるんですか?俺が初めにいた牢屋には俺以外に人がいるようには感じられなかったんですけど・・」


「ん?なんだガライドスから話を聞いていないのか。道理で我に対する恐怖心がいまいち足らぬわけだ」


 どうやらガライドスというのがこの部屋までの案内をしてくれた男の名前だったらしい。

 影に対する恐怖心とクラスメイトの行方がどう関係しているのか雄馬には分かりかねていたが、影がそのことについても説明してくれると思い話を聞き続けることにした。


「順を追って説明してやろう。言っておくが我はあまり口がうまい方でなくてな分かりづらい点があればその都度質問せよ。ではまず、お前が・・お前たちがこの世界「アビオス」に召喚された理由だが、それはお前が言い当てた通り人間が長年悲願としてきた魔王打倒のためだ。そして、勇者召喚を実行したのは聖王アーサーを頂点とする「聖都イルバニア」だ」


 影が語る言葉の数々は隠れオタク筆頭の雄馬の脳内にスパークを起こしていた。

 他人ひとから語られて初めて、否さ改めて雄馬は認識したのだ。ここが異世界であるのだと。そして自分はこの世界「アビオス」を救うために召喚された誉れ高き勇者なのだと。

 雄馬は想像する。これからきっと聖都お抱えの騎士団長が手ずから武芸の手ほどきをやってくれて、これまた聖都お抱えの王宮魔導士が自分たちに魔法を教えてくれるのだ。さらに忘れてはいけないのが異世界召喚お約束のチート能力だ。武芸にしろ魔法にしろ自分達にはこの世界の常識では考えられないほどの潜在能力が眠っていて騎士団長か魔導士がそれを見抜き、こう言うのだ「まさかこれほどの力を持っているとはな。それは古より伝わる神々の力だぞ」と。

 そんな妄想に勤しんでいた雄馬に影の次いだ言葉が衝撃を与えた。


「まぁ、この世界で我の脅威となり得る者など存在しようのないこと故、異世界から戦士を召喚するという人間の行いも分からぬでもないが・・、まさか召喚されているのがお前のような小僧どもだとはな。クックックック・・」


 どう聞いてもこの影が人間が倒そうとしている魔王だという風にしか捉えられない影の発言に、雄馬の頭はさっきとはまた違ったスパークをしていた。


「え・・?ここは聖都じゃないんですか?」


「ここが聖都だと!?クハハハハハハハハ!状況判断能力が高いと思っていたが存外そうでもないようだな!お前にはここが聖王の庇護下にある都に見えるか?この隅から隅までが人間にとっておぞましいと感じるであろうこの城が聖都の城に見えるか?違う、違うぞ。確かにここは城には違いないが、城は城でも魔城だ。我、即ち魔王アステリアを頂点とする魔族の王国「ヘルヘイム」だ!」


 雄馬が困惑している様を面白がるように魔王・・アステリアは高らかにそう告げた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界召喚されたクラスの中で俺だけが魔王側に召喚されたんですけど? 傘地蔵憲明 @kasazozou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ