第5話 シンプル~斗南拓斗の憂鬱~・5

    5


 丘の上に組み上げられたステージ。それは、さながら神殿のようだった。

 その舞台上で奏でられる音楽は、さしずめ神楽といったところか。

 ただし、降ろす神は芸術の神であり、音楽の神である。

 巫たちが祝詞を上げるように、舞台上の男たちは歌い、音を紡ぐ。

 ギターは雷鳴に、ベースやドラムは地響きに。

 歌い上げるは刹那の神事。

 観客達は波打ち、やがて海となる。

 歓声は怒号となり、大地へと押し寄せる。

 曲が終われば、怒号は津波のように。

 巫たる男は思う。

 神はいまし。

 この刹那こそが芸術であり、

 この瞬間こそが全てなのだと。

 見えることなき神に感謝する。




大学の駐車場が見えてきた頃には、すっかり日も沈んでいた。遠くに歓声が聞こえる。


「盛り上がってるね〜! 私たちも急ごうよ!」


 いつのまにか、繋いだ手は離れていたが、曜子の言葉に従い、歩調を早める。横になって並んだ所で、ステージでは曲が始まったようだ。

 さっきの歓声よりも更に大きな音圧が、1キロ近く離れた駐車場にまで伝わって来る。

 大学の正面入り口の坂道には、観客たちの長蛇の列が見える。今もなお、観客が増えてきているらしい。バス停に停まったバスからは、続けざまに人が降りてきていた。


「なんか、トリには、有名なバンドさんが来るらしいよ!」


 音圧に負けないように、声を張りながら曜子は言う。なるほど、客の増え方に納得する。よほど人気なバンドが来るらしい。


「芸坂はいっぱいだし、裏坂からにしよう」


 そう提案すると、テンションの上がりっぱなしな曜子は、駆け足で裏道へと向かう。

 逸れないように拓斗も追いかけるが、二人の間を遮るように、黒いワゴンが停まった。ワゴンは、丘の上に負けない大音量の、単調なリズムの音楽を垂れ流していた。

 やがてワゴンのドアが開くと、鉄パイプやらバールやら、物騒なモノを手にしたツナギの男たちが降りて来た。アウトローだと主張するかの如く、耳や鼻にはそれぞれピアスが鈴生りに付けられている。よく見ると、年齢は若いようだ。拓斗たちと大差ないように思える。

 絵に描いたような、それはまるで、洋画に出て来るストリートギャングだ。

 ごくり、と唾を飲み込む音が頭に響く。

 あれほど大きく感じた丘の上のステージの音も、ワゴンから溢れ出る騒音も、まるで聞こえなくなっていた。

 何が起きている・・・・・・・

 この男たちは誰だ?

 拓斗の記憶にある限り、彼らのような人種と関わった事もなければ、関わろうとも思った事さえない。

 曜子は――――あり得ない。

 彼女のような人間が、あんな奴らと関わっているはずがない。少なくとも、拓斗はそう信じたい。

 なら、どういうことだ?

 

『最近、《G大狩り》とかいうのが増えてるらしいな』


 まさか――――?

 気付くと口の中は乾いていた。

 緊張しながら、拓人は同じ様に開いた反対側のドアの向こうを覗き見た。

 こちらに降りてきた男たちと似たり寄ったりな男たちが、曜子を羽交い締めにし、車へ放り込もうとしている。曜子は気を失っているのか、ぐったりとしたままだった。

 やめろ――――!

 そこからは、緊張も何もなかった。

 車に飛び込もうと足を踏み出す。地面を踏みしめた右脚に力を込め、更に加速しようと―――。

 そこで視界が傾いた。

 足を掛けられたのか、前のめりのまま倒れそうになる。

 ――――ヤバい。

 そう思った時には身体をささえようと、反射的に両手を突き出し――――。

 一瞬、意識が飛んだ。

 そして、腹部の痛みで意識が戻る。

 一人の足先が拓人の鳩尾に食い込んでいた。

 前のめりの身体は倒れることなく、男の足にもたれかかっている。

 反撃に移ろうと思うも身体は言うことを聞かず、喉の奥からくぐもった呻き声が漏れるだけだ。

 やっとの思いで顔を上げると、サングラスの奥のにやけた顔がこちらを覗き込んで何かを言っている。


「楽しそうなとこ、悪いねー。だけどさ、彼女、貰っていくよ?」


 痛む身体は今度こそ動いてくれた。

 自分の身体を預けていた脚に、思い切り噛み付いていたのだ。

 にやけ男の顔が不愉快そうに歪んだ。いい気味だ。

 飛びのいた男の脚から投げ出された身体は、重力に逆らう事無く地面に転がる。

 ふらつきながら立ち上がり、拓斗は拳を握る。段々と、身体が動くようになってきた。そう錯覚しながら。

 すっかり歪みきったにやけ顔は、奇声を上げて転がりまわっていた。

 ふとワゴンに目を向けると、曜子を抱きかかえながら胸を弄る男たちの姿が目に入った。

 意識がまた沸騰する。

 しかし、今度は続かなかった。

 視界が回っている。

 こめかみの痛みが遅れてやってくる。

 スローモーションのまま、再び地面とご対面。今度は正面から落ちた。

 鼻の辺りが暖かい。鼻から落ちた所為か、鼻血が出ていた。

 鉄パイプの方の存在をすっかり忘れていたようだ。

 立ち上がろうと試みても、動くのは指先ぐらい。

 まるで映画みたいだった。

 曜子と見に行った映画でも、こんなシーンがあった。牢名主の囚人が、従わない主人公を折檻するシーン。

 映画の中では撃退することも、されるがままなこともあった。後味が良いとは言えないシーン。

 目の前に鉄パイプが転がって来た。チャンスだとは思っても、身体は完全に言うことを聞かなくなっている。

 鉄パイプの男は拓斗の財布と携帯を取り上げ、携帯を折って破壊すると、ワゴンに乗り込んで去って行った。

 やけに静かだった。

 早鐘を打つ心臓の音が耳障りだ。

 朦朧とする意識の中で、拓斗は状況が理解できないまま、ゆっくりと気を失おっていく。

 気づけば、曲はバラードに変わっていた。

 走馬燈は、見なかった。

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ワンダフルライフは終わらない 虚田数奇 @erotaros

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