第4話 シンプル~斗南拓斗の憂鬱~・4
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「で、映画は? どうだったんだよ」
「どうも何も、良かったよ。二人とも好きな映画だったし、何よりスクリーンで観ると感動が違うね。主人公の脱獄シーンも臨場感があったし、何より最後の相棒との再会シーンは涙なしには観れなかったよ」
正直に答えると、賢治は深くため息をついて、目の前のアイスコーヒーを飲みほした。
「あんさ、誰が、馬鹿正直に映画の感想を答えろっつったよ。その先があんだろ、その先が。男と女が深夜に映画を観た帰り、行き着く先は一つっきゃねーでしょーが!」
時代がかかった言い回しで捲し立てた賢治だったが、あまりの音量に学食の皆がこちらを振り向いて様子を確認するのがわかると、「な~んちゃって」と締めくくった後、顔をやや赤くしながら居住まいを正した。
「――で、行ったんだろ?」
何事もなかったように問いただしてくる賢治に、拓斗は否定も肯定もできずに、ありのままを語りだす。
「行ったって、そりゃ、映画の感想語り合う為にもバーには行ったさ」
「おうおう、それでそれで?」
「バーで映画のどのシーンが良かった、とか印象に残ってるセリフは、とか語り合って」
「ふむふむ、それからそれから?」
「話が盛り上がって酒も進んじゃって、曜子も酔っぱらってきたから店を出て――」
「おお、おおおお、そんでそんで!?」
「近くのファミレスでデザートだけ頼んで始発まで寝てた」
「いよっっしゃ――――ええええええええええええええ!?」
立ち上がって叫んだせいか、流石はボーカリストというべきか、先ほどよりも数段大きな声に、今度は学食のオバちゃんたちまでこちらの様子を伺っている。しかし、賢治はそれに気付くこともなく両手をテーブルについて項垂れていた。学食内には賢治のシャウトの残響がこだましていた。控えめに言っても、シュールな光景である。
「ありえない……同じ男として信じられない……普通持ち帰るだろ意味わかんねー…………」
うわ言のようにぶつぶつと呟きながら、賢治がゆっくりと腰を下ろすのを、拓斗は他人事のように眺めていた。
なんで他人の事にここまで真剣に一喜一憂できるのだろう?
友達というものの価値を、この歳になっても拓斗は測りかねていた。
単なる同級生だとか、知り合いとは違う。
親戚や家族だとか、血のつながりがあるわけでもない。
たまたま行き会っただけの、他人のはずなのに。
こうしてくだらない話をしているだけで、一人でいるよりも少しだけ楽しい。
今はそれだけしかわからないし、それだけでも十分だとも思う。
「オイ拓斗、聞いてんのかよー」
アヒルのごとく口を付きだしながら、賢治は氷だけになったカップのストローをすする。
「八月頭にやるんだけど、お前、よーちゃんと観に来いよ。俺のバンド、トリ前だから」
「ごめん、聞いてなかった。何だっけ?」
「だーから、『セブンス』だよ『セブンス』!」
「ああ、そっか。今年は出られるんだっけ。何、もう順番決まったの」
『セブンス』というのは、学内の音楽サークルや、有志のバンド達が協力して行う、学祭とは別の野外ライブの事だ。体育館前の広場にステージを建て込み、音響や照明もプロを呼んで三日間かけて本格的に催され、学生たちにも好評な恒例かつ伝統行事である。昔は7月に開催していたらしいが、試験そっちのけでイベントの準備に駆り出される学生も多く、学生課とあわや中止というところまで話がもつれたため、8月開催になったという。『セブンス』というイベント名はその名残らしい。
「お、ケンちゃんのバンド、トリ前に決まったのか。惜しかったな、良いバンドなのに」
いつの間にか席に座っていた大将が、カレーを食べながら話に混じった。
「いやいや、もともとは四大サークル主催だしさ、外部参加はこればっかりはどうにもなんねーのよ」
「いっそトリの客も全部奪い取るぐらいのやっちまえよ」
「フェスなんだから、皆で楽しんでナンボだろー。取り合うとかそういうのは違うんだよなー」
二人の会話をBGMに、拓斗はふと思いつき、一通のメッセージを送信した。賢治と大将が大笑いしたところで、ほどなく返信が来る。内容は見なくてもわかっていた。
二週間が過ぎた。
8月4日。『セブンス』の最終日。
拓斗はその日、朝までゲラをチェックしていた。ネットで連載していた小説が書籍化されることになり、この二週間、バイトも休んでその編集作業に没頭していたのだ。
部屋に指す西日に気付いた頃には、曜子との約束の時間はとうに過ぎていた。
携帯をチェックすると、数件の着信と、怒りマークの絵文字だけのメッセージが一通だけ届いている。携帯をベッドに投げ捨て、慌ててシャワーを浴びると、着の身着のまま、取るもの取り合えず大学へ向かう為、部屋のドアを開けた。
このマンションは円筒型になっていて、外周部分に部屋がある。中心部分は吹き抜けになっているが、居住階の最下層である拓斗の部屋の前は、ソファが並んだラウンジになっていた。
そのソファに座る少し小さな影。
「遅いぞ、ばーか」
涙ぐんでいたのか、少し目が赤い。
「ごめん、本当にごめん」
平謝りである。そのまま土下座しそうな勢いのところで、曜子は「ううん」と首を振る。
「無事だったから、許してあげる」
泣きながら笑う曜子の姿に、拓斗はなんとも言えない気持ちになった。
連絡がつかない間、彼女はどんな気持ちだったのか。
そんなことは顔を見ればわかるはずなのに、そんなことにすら気付けなかった。
申し訳ない気持ちと、もう一つ別の感情が湧き出していた。
「お、おぉ、おぉぉぉぉぉ?」
胸の中で、曜子が素っ頓狂な声を上げる。
思った時には既に、拓斗は曜子を抱きしめていた。
「ごめん、悪かった。許してくれ」
「だ、だから、許すって言ったじゃん……。ちょ、ちょっと、苦しいよ」
照れくさく手を離すと、少ししおらしく、曜子は一歩距離をとった。
「と、とにかく、行こ?」
それから二人は微妙な距離を取りながら、スクールバスの乗り場へと向かって歩いた。しかし、バス乗り場には長蛇の列が出来ていた。
「そういえば、なっちが言ってた。『セブンス』って、最近は外部の人も大勢観に来るんだって」
「じゃあ、タクシー――もこの分だと、無理か。仕方ない、歩いて行こう」
「よーし、そうと決まれば、早速しゅっぱーつ」
さっきまでの元気のなさは、どこへ行ったのやら、曜子は元気に歩き出す。拓斗も少し歩調を早め、曜子に並んだ。
そのまま手を取ると、彼女は一瞬驚いた顔をして、そのまま握り返してきた。
少し長い大学への道を、二人は夕日に向かって歩き出した。
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