不測の暴走

     ◆


 外で待機たいきしていたゴーレムは、あたえられた命令の違いから、市街しがい侵入しんにゅうしたものと思考しこう回路かいろことなる。


 視界しかいに入ったか、攻撃をしかけてきたかが基準きじゅんではない。対象たいしょうとの距離で攻撃するかどうか判断しているため、視界からはずれても、目ざとくウォルターを追撃ついげきする。


 正面しょうめんにいた敵へ黒煙こくえんはなち、すかさず『突風とっぷう』で飛ぶ。一度の攻撃で撃破げきはできるのは良くて二体。たちまち包囲ほういされるので、ただちに退避たいひしなければならない。


 敵の一団いちだんを飛びこえ、ドロまみれになりながら着地ちゃくちし、接近せっきんしてきた敵に応戦おうせんする。そのサイクルを何度かくり返した。


 けれど、あっけなく破綻はたんをむかえた。これまでは、地面じめんを回転するいきおいで体を起こしたが、それに失敗した。もう足が言うことを聞かなかった。


 片腕の力で上体じょうたいをささえ、もう片方かたほうの手でヒザを腹へ引き寄せる。やっとの思いで片膝かたひざを立てた時には、ゴーレムのコブシが目前もくぜんにせまっていた。


 絶望ぜつぼうを感じるひまさえなかった――が、唐突とうとつ出現しゅつげんした黒煙のたてが、再びウォルターの身を守った。


 別のゴーレムのコブシが続けざまに飛んできたが、それを感知かんちしているのか、ただよう黒煙が凝縮ぎょうしゅくしていき、瞬時しゅんじ堅固けんごな盾を形成けいせいする。


 ウォルターが認識にんしきしていない背後はいごの敵の攻撃にも対応し、本人の意思いしと関係なく発動はつどうされていた。


 とはいえ、自動防御はウォルターの体をむしばんだ。黒煙を発動した際の痛みが、ひっきりなしにおそい続けた。


 く黒煙が加速かそく的に増大ぞうだいしていく。やがて、周囲しゅういをめまぐるしく回転し始めたそれは、ウォルターの視界を完全におおった。


 黒煙のカラにつつまれ、いっときのやすらぎが得られた。けれど、痛みは消えず、気分きぶんはしずんでいくばかり。


 すっかり嫌になっていた。何もかも吹き飛んでしまえとねがった。


     ◆


 遠巻とおまきに見守みまもっていた魔導まどう達は、ゴーレムに取りかこまれた様子を見て、ウォルターの生存せいぞん絶望ぜつぼうした。


 助ける手立てだては思いつかず、「ああ……」と言葉にならない言葉を口にしながら、無力むりょく感につつまれていた。


 そんな時、強烈きょうれつ衝撃しょうげき波が大気たいきをふるわす。付近ふきんにいた魔導士達はとっさに身がまえ、小船こぶねの上にいた者は、衝撃にあおられて、川に投げ出されそうになった。


 衝撃波の発生はっせいげんに目をやると、黒煙の竜巻があらわれていた。さらに、「ケケケケケケッ」というかんだかい音が、辺りにひびき始めた。


「何だ、あれは……」


 巨大きょだい怪物かいぶつが出現したと、錯覚さっかくする魔導士が多数たすういた。さらに、竜巻はゴーレムを巻き込みながら膨張ぼうちょうを続け、それらを全て飲み込んでしまった。


     ◆


 その中心にいたウォルターは、吹きれる黒煙のあらし横目よこめに、意識をたもつことに専念せんねんした。痛みは四肢ししを引きちぎられるかのようなものになっていた。


 ピッポンと、聞きおぼえのあるチャイム音が鳴る。ウォルターは顔を上げた。


『注意:規定きてい用量ようりょうをオーバーしています。

 累積るいせき時間:10分34秒

 この警告けいこくを二度と表示しない。はい/いいえ』


 先刻せんこくのホログラムが、再び表示された。最初の文言もんごんには見覚みおぼえがあったが、累積時間が見るからに増大している。また、あらたな表示も付けくわえられていた。


一時いちじてき身体しんたいの明け渡しを求めています……』


 この表示の正体しょうたいを見きわめようと、必死ひっしに目を走らせる。 


『エラー:権限けんげんがありません』


 ブオンという不安をさそうブザー音。先の二つはともかく、これが自身に向けたメッセージと思えず、なぞを深めていた。


許可きょかを求めています。はい/いいえ』


 例によって、カウントダウンが始まる。ウォルターは同意どういすることも考えたが、どのような結果をもたらすかわからず、決心けっしんがつかない。


拒否きょひされました』


 誰が同意を求められ、誰が拒否したのかもはっきりしない。ウォルターはますます混乱こんらんしただけに終わった。


 途方とほうに暮れて顔を落とすと、またもや、ピッポンとチャイム音が鳴る。


『注意:規定用量をオーバーしています。

 累積時間:16分15秒

 この警告を二度と表示しない。はい/いいえ』


 累積時間のさらなる増加に気づいたが、この後、同じ表示がくり返されたので、ウォルターは興味きょうみうしなった。

 

 感情をおしつぶすような漆黒しっこくの煙が、視界をおおいつくす。断続だんぞく的に、ピッポン、ブオンという音が耳にとどいたが、耳ざわりな雑音ざつおんとなった。


 この黒煙は自分が支配しているのか。もしかしたら、自分が支配されているのではないか。ウォルターにはそんな考えが芽生めばえていた。


     ◆


 竜巻の膨張は止まった。けれど、勢いはとどまることを知らない。周辺にはゴーレムの残骸ざんがいがころがり、その小さなかけらを巻き上げていく。


「彼がやったのか……?」

「たとえそうだとしても、あれは本当に味方なのだろうか……」


 おぞましい光景こうけいは、見守っていた魔導士達を残らず震撼しんかんさせた。危険を感じ、避難ひなんを始める者も続出ぞくしゅつした。


 スプーも街を囲む壁の上にのぼり、その光景をながめていた。追っ手からのがれた彼は、遠方えんぽうで上がった強大きょうだいな力を察知さっちし、至急しきゅうここへかけつけた。


「どういうことだ。トリックスターは〈やみちから〉をもあやつるというのか……?」


 スプーの眉間みけんに深いシワがきざまれる。〈やみちから〉の使用だけではない。自身とはくらべものにならない、その次元じげんの違うパワーに、ただただ圧倒あっとうされていた。


「そうか、『あの御方おかた』か……。しかし、よりにもよって、どうしてあの男の中に……」


 疑問ぎもん解決かいけつしたが、新たな謎の浮上ふじょうにより、スプーは困惑こんわく度合どあいを深めた。


 主君しゅくんたるマリシャスは力を失い、それを取り戻すために、スプーらは動いている。そのためには『誓約せいやく』の解除かいじょ必須ひっすであり、言わば、トリックスターは障害しょうがいの一つだからだ。


 マリシャスもダイアンと同様どうように一つだけ能力を残している。それを残すことが、『誓約』を結んだ際の交換条件だった。


 マリシャスが手元に残したのは、ウォルターに使用した〈委任〉デリゲート。この能力には二通りの使用方法がある。


 一つは、能力を与えるわりに、対象に命令を与える方法。命令に強制きょうせい力があり、それを達成たっせいするまで解除されない。


 もう一つは、対象と同化どうかして全ての能力を供与きょうよする方法。前者ぜんしゃと違って、三つまで命令を与えられるが、同化をストップすれば、命令は解除される。


 後者こうしゃにはオプションがあり、能力の使用量におうじて、対象の体を一時的に使用することができる。本来ほんらい、許可は必要ないが、『誓約』の制限せいげんによって拒否される事態じたいが続いている。


 また、欠点けってんもある。同化中は対象と生死せいしを共にすることだ。つまり、対象が命を落とせば、自身も諸共もろともに死ぬ。マリシャスは自動防御でその危険を回避かいひしている。


御心おこころが読み解けない」


 三つ命令を与えられたはずのウォルターに、あやつられている様子はない。主君の目論見もくろみが全くわからず、スプーは頭をかかえるしかなかった。


     ◆


 ダイアンは竜巻の話を耳にし、集団を引き連れて現場げんばへかけつけた。トランスポーターの襲撃しゅうげき警戒けいかいし、かたわらで辺境伯マーグレイヴが目を光らせている。


「あれです!」


 ダイアンは橋をわたりながら、顛末てんまつ目撃もくげきしていた魔導士に説明を受ける。


「例の彼が、単身たんしんゴーレムのまっただなかに突っ込んでいきまして! 奮戦ふんせんしていたのですが、しばらくしたらあんな有様ありさまに!」


 竜巻のかなでるコウモリの鳴き声のような音が、けたたましくひびいているため、案内あんないの魔導士は声を張り上げている。ダイアンは竜巻に目をうばわれ、気のない返事をした。


 ダイアンは強烈な既視きしかんおぼえた。おぼつかない足取あしどりで、不用意ふよういに竜巻へ近づいていく。


巫女みこ、それ以上は危険です!」


 制止せいしを受け、ダイアンがハッとした様子で立ち止まる。ウォルターの身が心配で、気が気でなかった。


 竜巻の直径ちょっけいは五十メートル近く、外縁がいえんは橋を渡ったすぐそこまでせまっている。強風きょうふうが吹き荒れ、舞い上げられた小石こいしが、ときおりダイアンのはだを打っていた。


「ケイトはまだなの!」

「まだ来ていません!」


 早くウォルターを助けなければ。ダイアンははやる気持ちをおさえられず、ソワソワと竜巻と城門じょうもんのほうへ交互こうごに目を向ける。


 ほどなく、「来ました!」と声が上がる。クレアと共に現れたケイトを、「こっちへ来て!」と手まねきしながら、すみやかに呼び寄せる。


「〈ひかりちから〉をあなたにあずけたはずよ」


 現在の状況じょうきょうもダイアンが言っていることもわからず、ケイトはあっ気にとられていた。しかし、「白い光を放つ、魔法まほうみたいな力のことよ」との説明を受けると、その表情が晴れた。


「こ、これのことですか?」


 ケイトが実演じつえんしてみせる。ダイアンは「そう、それよ」と見とどけるやいなや、ケイトの手を引いて橋を渡り始める。


「何がどうなってるんですか! この力も何なのかわからなくて!」

「説明は後よ!」


 橋を渡りきると、ダイアンは片手かたてを顔の前にかざし、それを風よけにしながら、もう片方の手で竜巻の中心を指さした。


「竜巻の中心にウォルターがいるの! そこに向かってその力を使ってほしいの!」

「ウォルターが……?」


 竜巻が起こす強風によって、ダイアンのドレスがはげしくはためく。砂が大量たいりょうに舞っているため、目を開けるのがやっとの状態だ。


 竜巻の中心に向かうにつれ、黒煙の密度みつどくなり、そこには黒いボールが置いてあるように見える。また、視界はゼロで、人影ひとかげのようなものは全く見えない。


「でも、ウォルターがいるんですよね!」

「大丈夫! 私を信じて! その力は人をきずつけるものじゃないの!」


 ケイトは心を決めて、攻撃準備に入った。ダイアンは半身はんしんでケイトの体をささえ、かまえられた相手の右腕みぎうでに手をそえた。


 やわらかな神々こうごうしい光が、ケイトの手元てもとでふくれ上がっていく。直径二メートル近くまで成長すると、ダイアンから「中心をねらうのよ!」と指示しじが飛ぶ。


 うなずきを返したケイトが、ねらいをさだめて〈ひかりちから〉を解き放つ。光の球は黒煙をはねのけながら、竜巻の中心点へ突き進んだ。


 相反あいはんする陰陽いんようの力が激突げきとつする。あっさり、陽の力が打ち勝った。げん動力どうりょくを失った竜巻は、たちまち霧散むさんし、辺りはまたたくにすみ渡った。


 あんじょう、竜巻の中心にウォルターがいた。両膝りょうひざをついたまま、ピクリとも動かない。ダイアンはすぐさまかけ出した。


「ウォルター!」


 呼びかけても返答はない。ダイアンがウォルターの前でヒザをついた。


 心配そうに両肩へ手をかけ、「大丈夫?」と声をかけた。しかし、体をゆすっても反応がない。手足てあしや顔のそこかしこに、すりきずが見える。


 ウォルターが薄目うすめを開ける。わずかに動いたひとみがダイアンを見た。かすかに口元くちもとをゆるめたが、また目をじてしまった。


「ダメよ。その力はもう使っちゃダメよ」


 ウォルターの体を強く抱きしめたダイアンは、涙声なみだごえでささやくように言った。

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真夜中のトリックスター(後編) mysh @mysh

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