不穏な警告

     ◆


 ウォルターは市街しがいをまわりながら、次々つぎつぎとゴーレムをかたづけた。黒煙こくえんを使用するたびにおそいかかる痛みは、じわじわと強まっていく。それは慢性まんせい的なものとなり、にぶい痛みをえずもたらすようになった。


 今や、気力きりょくとの戦い。ダイアンとの約束――この街を守るという使命しめい感が、彼をつき動かしている。ゴーレムの数が有限ゆうげんなのが、せめてものすくいだった。


 まっすぐ歩くことすらままならず、移動にはもっぱら空中飛行をもちいた。ゴーレムの捜索そうさくは、目よりも耳にたよった。


 〈やみちから〉は際限さいげんなく使え、それでいて万能ばんのう。時には、数十メートル先の敵を倒すこともでき、体の自由がきかないことは、さほど問題にならなかった。


 しかし、そういった闇雲やみくもな力の使用が、ますます痛みを助長じょちょうさせた。あく循環じゅんかんとなり、ウォルターの精神せいしんはすり減る一方いっぽうだった。


 中央ちゅうおう地区ちくと南地区のゴーレムは、あらかたりつくした。東地区で数体のゴーレムをしとめてから、東南地区へ足を向けたが、そこの住人じゅうにんはレイヴン城へ避難ひなんしている。


 したがって、人影ひとかげはほとんど見当みあたらず、当然ゴーレムの姿もなかった。


 引き返す途中、思い出の地――トーマスベーカリーのそばを通りかかる。気を取られていると、着地ちゃくちに失敗した。屋根やねの上をころがり、路地ろじへと落下らっかした。


 地面じめん衝突しょうとつする直前ちょくぜんに、ブレーキをかけてことなきを得たが、路上ろじょうに横たわったまま、なかなか起き上がれない。体が動くことを拒絶きょぜつしていた。


 よろめきながら、何とか立ち上がり、フラフラとおもてどおりへ出る。トーマスベーカリーがすぐそこにあった。はたして、自分はこの街を守れたのかと自問じもんする。


 その時、ウォルターを追いつめるような、奇妙きみょう現象げんしょうが起きた。ピッポンというチャイムのような音が、ふいに間近まぢかで鳴った。

  

『注意:規定きてい用量ようりょうをオーバーしました。

 累積るいせき時間:5分01秒』


 自身の意思いしと関係なしに、眼前がんぜんにメッセージウィンドウがポップアップされる。それは能力の説明書きとよく似たホログラムだ。


一時いちじてき身体しんたいの明け渡しを求めています……』


 ほどなく、不可解ふかかいな表示に切りかわる。全く身におぼえがない内容だった。


『エラー:権限けんげんがありません』


 今度は、ブオンと不穏ふおんなブザー音が鳴りひびく。ウォルターは表示の移り変わりをうすら寒い思いで見守みまもった。


許可きょかを求めています。はい/いいえ』


 諾否だくひを問う文言もんごんの下には『残り時間:5秒』との表示がある。やがて、カウントダウンが始まった。


『5秒……4秒……3秒……2秒……1秒……0秒』


 ウォルターは数字の減少に目で追い、息をのんでその時を待った。


拒否きょひされました』


 再度さいどブザー音が鳴る。あらゆる表示の主語しゅご明確めいかくでない。これが、誰に向けてのメッセージなのかも判然はんぜんとしない。


 その後、あらたな表示はあらわれなかった。しばらく、ウォルターは放心ほうしん状態となっていたが、ズキズキとした痛みで、我に返った。


     ◆


 市街にゴーレムは見当たらなくなった。ウォルターは街の外で待機たいきする一団いちだんを思い出し、大門おおもん頂上ちょうじょうへ場所をうつした。


 ゴーレムの一団は、川のこうぎしで、開戦前と同じ様子で居並いならんでいた。これらは、戦闘が明日まで長引ながびくことにそなえて、ネクロが温存おんぞんしたものだ。


 街の外にも部隊ぶたい展開てんかいしているが、休眠きゅうみんするゴーレムの排除はいじょを、何度かこころみていた。しかし、一定いっていの距離まで近づくと活動を再開さいかいし、手も足も出なかった。


 ネクロがあたえた命令は『接近せっきんしてくる敵がいないかぎり待機せよ』というもの。命令の変更は百メートル以内に近づく必要があり、これに変更はくわえられていない。


 その数を見ただけで、先々さきざきが思いやられ、気が遠くなった。すでに全身ぜんしん悲鳴ひめいを上げていて、それは断末だんまつのさけびに近い。気合きあい根性こんじょう――そんな言葉で片づけられるレベルをこえていた。


 ふと市街を振り向く。守らなければならない景色けしきに背中を押され、苦笑くしょうをうかべながらも、決死けっしの思いで立ち上がった。


     ◆


 ネクロを上空じょうくうから落下させた後、トランスポーターはレイヴン城や市街をめぐった。ゾンビ出現しゅつげんによる混乱こんらんには関心かんしんだった。


 依然いぜんとして活動を続けるゴーレムを見て、ネクロの生存せいぞんうたがうようになった。


 とはいえ、ネクロの死亡しぼうにより、ゴーレムが活動をやめる確証かくしょうはない。体力がつきるまで活動を続ける可能性は十分じゅうぶんに考えられた。


 さらに、適当てきとうに相手を『転送てんそう』させたため、落下場所は見当けんとうもつかない。その相手をさがすのは億劫おっくうだった。


 そんな時に、ただの岩石がんせきしたゴーレムを発見する。実際じっさいはウォルターの手によるものだが、それをネクロが死んだためだとはやとちりしてしまった。


 ウォルターとの接触せっしょくをさけながら、市街をめぐると、中央ちゅうおう広場ひろばにいる魔導まどうの一団と、その中心にいる異彩いさいはな服装ふくそうの女性――ダイアンを発見した。


 巫女みこだと直感ちょっかんし、慎重しんちょうに様子をうかがう。けれど、七つの能力を保有ほゆうしても、複数の魔導士を相手取る度胸どきょうはない。近寄ることができず、いたずらに時間を浪費ろうひした。


 そうこうしていると、マントをまとった幹部かんぶ達が集団に合流ごうりゅうし始め、周辺を行きかう人数にんずうも増えた。中央広場が司令しれい部の様相ようそうをていしてきた。


 しまいには、辺境伯マーグレイヴまで姿を現し、ダイアンと会話をかわし始める。攻撃をしかける気はせたが、彼女が巫女かどうかだけでも確かめたいと考えた。


 〈不可視インビジブル〉で接近するという、簡明かんめいで安全な方法を思いつく。それを見やぶれることイコール巫女であることに他ならない。


 しかし、〈不可視インビジブル〉には欠点けってんがある。周囲しゅうい三メートル以内に一人でも侵入しんにゅうを許せば、能力が解除かいじょされてしまう。そのため、人ごみの中にいる人物に近づくのは、思いのほかむずかしい。


 どこか目立めだつ場所から、相手の注意をひければ――。


 声をかけるのがっとりばやいが、声自体じたいは誰の耳にもとどいてしまう。また、大声おおごえを張り上げるのは気が進まなかった。相手の視線しせんがとどく場所で、ジッと待つことにした。


「巫女。ケイト・バンクスは見つかりませんでした」


 辺境伯マーグレイヴがダイアンに報告した。そばにいたクレアは、突然とつぜん再会さいかいに目を丸くした。一方の辺境伯マーグレイヴは、数年の歳月さいげつを感じさせない、平然へいぜんとした様子で声をかける。


「ひさしぶりだな、クレア」

「うん……」


いわ巨人きょじんをあやつっている男は?」

「その男も見つかりません。仲間なかまに聞けばわかるかもしれませんが、そいつも見つからなくて……」


 トランスポーターは〈不可視インビジブル〉をつねに展開しているため、彼には発見できない。


「あの、ケイトの場所ばしょならわかります。さっきまで一緒にいましたから」


「ここに連れて来てくれる?」

「わかりました」


 その時、からみついてくるような視線に、ダイアンが気づく。目を移すと、見なれない服装の男が、ただならぬ様子でたたずんでいた。クレアが向かう先にいたため、ダイアンは「待って!」と引き止めた。


 確証が得られ、トランスポーターはほおをゆるめた。ついにめぐり会えた宿命しゅくめいの敵。めた性格を自認じにんしているが、体が熱を持っていくのがわかった。


「……誰かいますか?」

「そこの男、見えてない?」


 相手が使用するのは自身の能力だが、辺境伯マーグレイヴでも視認しにんすることはかなわない。だが、そこに誰がいるのか、すぐに目星めぼしをつけた。


「トランスポーター、姿を見せろ」


 トランスポーターはあっさり〈不可視インビジブル〉をいた。辺境伯マーグレイヴに問いただすことが、いくらでもあった。


「やはり、お前か……」


「インビジブル。その女が『転覆てんぷく巫女みこ』かい? 見つけたのなら、教えてくれても良かったのに。僕らは仲間だろ?」


 トランスポーターは相手の顔色かおいろをうかがいながら言った。わざと、不信ふしんを買うような内容もりまぜた。


 辺境伯マーグレイヴは言葉につまった。先ほどまで洗脳せんのう状態にあったとはいえ、相手は数年間行動を共にしてきた仲間。友情のねんすくなからずあった。


 しかし、彼らが巫女の命をねらっていることを、痛いほど知っている。巫女の記憶を残らずうしない、行方ゆくえが知れなかった状況じょうきょうでは、抵抗ていこうを感じなかった。


 しかし、巫女の部下ぶかとして自覚じかくを取り戻した現状げんじょうでは、とうてい受け入れられるものではない。


「トランスポーター。お前とは戦いたくない。ここは退け」


「僕らの目的を、君は知っているはずだ。理解した上で『盟約めいやく』をむすんだ。それなのに裏切うらぎるのかい?」


「それはお前の勘違かんちがいだ。『盟約』に加わる時の条件は、『転覆てんぷく魔法まほう』を解くことへの協力のみ。それ以上の約束はしていない」


「それは初耳はつみみだな。まあ、『盟約』に参加したのは君より後だからね。部分的な協力関係をむすぶあたり、ローメーカーらしいと言えばらしいか。それだけ、君の能力が魅力みりょく的だったということか」


「巫女に手出てだしはさせない。それでも戦うというのなら、命をかけたものになると思え」


「君がここまでわりが早いとは思わなかった。信頼の置ける相手だと思っていたから、なおのこと残念だ」


 ダイアンの前に進み出た辺境伯マーグレイヴが身がまえた。相手の攻撃的な対応によって、トランスポーターの闘争とうそう心に火がつく。


「君は忘れていないか。〈不可視インビジブル〉はもちろん、君が持つ全ての能力が、僕に通用つうようしないことを。しかも、その逆は成立せいりつしない」


「お前こそ忘れるな。俺には、お前らと共有きょうゆうしていない力があることを」


 辺境伯マーグレイヴ手元てもとで『電撃でんげき』をほとばしらせる。相手の目は本気ほんきだ。トランスポーターは厄介やっかいな敵が増えたと、内心ないしんでため息をついた。


「ここはいったん退くよ。言いわけじみてるけど、始めから戦う気はなかったんだ。でも、こちらがいつでも命をねらっていることを、忘れないほうがいい」


     ◆


 ウォルターはゴーレムの一団に向かって飛び上がった。近くにころがりながら降り立つ。体が思うように動かず、まともに着地できなくなっていた。


「近づくと動き出すぞ!」

「早く逃げろ!」


 注意を呼びかける言葉と共に、ゴーレムが相次あいついで起動きどうした。救援きゅうえんのための魔法まほうが飛びかう中、ヨロヨロと片膝かたひざをついたウォルターが黒煙を発動はつどうさせた。


 さきに向かってきたゴーレム二体をあっさりしとめる。ただし、その背後はいごにいるものも、一網いちもう打尽だじんにする予定だった。


 全身を走った激痛げきつう――ナイフで切りつけられたような痛みと痙攣けいれんで、ウォルターの動きが止まる。体はもうガタガタだ。


 ゴーレムがたばになって猛然もうぜんとせまって来る。これまでは、市街で単独たんどく行動する敵を、一体ずつ対処たいしょしてきた。そのため、痛みが引くのを待つ余裕よゆうがあった。


 つづけに黒煙を放つのは、身体面だけでなく、精神面へのダメージも大きい。


 背後の川は幅が五十メートル以上。かべとの間に陸地りくちもない。ウォルターはやむなく『突風とっぷう』で前方ぜんぽうへ飛んだ。降り立った先はゴーレムの一団のまっただなか


 後方こうほうで待機していたゴーレムも立ち上がり、ぜん方位ほういから敵が殺到さっとうしてきた。

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