それぞれの覚醒(後)

     ◆


 スプーが手始てはじめに発動はつどうしたのは、意外いがいにも『水竜すいりゅう』だった。どういった攻撃をしかけてくるのか、戦々せんせん恐々きょうきょうとしていたスコットは、肩すかしを食らう。


 スコットの『かまいたち』が『水竜』をぷたつに切りさく。距離をとった状態で魔法まほうち合い、しばらく一進いっしん一退いったい攻防こうぼうが続いた。


 魔導まどうとしてはスコットが格上かくうえ。だが、『風』と『水』では『風』のが悪い。スコットにはネイサンから受けついだ氷の指輪ゆびわもあったが、実戦じっせん投入とうにゅうできるほど得意とくいではない。


 スプーはなかなか手のうちを明かさない。あくまで〈やみちから〉は奥の手だ。威力いりょくの面では、あまり魔法と変わらないが、身体しんたい一部いちぶとして機能きのうするため自在じざい性が高い。


 ただし、速度面でなんがあり、警戒けいかいされた状態では存分ぞんぶんに力を発揮はっきできない。以上から、相手が不用意ふようい接近せっきんしてくるまで温存おんぞんするつもりだった。


 スコットは接近をさそうような敵の動きを察知さっちし、一定いっていの距離をたもち続けた。このまま時間をかせぎ、応援を待つのが得策とくさくと考えた。


 しかし、消極しょうきょく的で単調たんちょうな攻撃を続ければ、無策むさくであるのを見すかされ、一気いっき決着けっちゃくをつけに来るかもしれない。それを牽制けんせいするためには、緩急かんきゅうのある多彩たさいな攻撃が必要。


 スコットはそれを『氷』に求めた。彼の頭上ずじょうに『氷柱つらら』が姿を現す。


「『氷』も使えたのか」

「つたないけどな」


 形成けいせいされた『氷柱』を見て、スプーはおそれるに足らないと感じた。だが、スコットは細工さいくをほどこしていた。『氷柱』のかげで、もう一本の細くてするどいものを、同時に形成した。


 そして、太いほうを直線ちょくせん的にはなった一方いっぽう、細いほうは『突風とっぷう』であやつり、不規則ふきそく軌道きどうをえがかせた。


 目論見もくろみ通り、スプーはより目立めだつほうに気を取られ、それだけを迎撃げいげき。細い『氷柱』が敵の心臓しんぞうをつけねらう。寸前すんぜんに気づいたスプーは、とっさにのけった。


 間一髪かんいっぱつ回避かいひしたが、『氷柱』はほおをかすめ、鮮血せんけつをもたらした。ぬぐい取った血を見ると、スプーは顔つきを豹変ひょうへんさせた。


 体のいたるところから、黒色の触手しょくしゅがのび始めた。計八本のそれは、太さが人間の腕程度で、長さはまちまち。独自どくじ意思いしを持つかのように、異なったうねりかたをしている。


本性ほんしょうを現しやがったな」

「この力を使うのは久々ひさびさなんだ。悪いが加減かげんはできないぞ」


 スプーが一歩いっぽふみ出したと同時に、触手の一本が攻撃を始める。スコットは後方こうほうへ飛び、せまり来るそれに『かまいたち』で応戦おうせんした。切断せつだんされた触手はたちまち霧散むさんした。


 つづけにのびてきた二本目も、スコットは楽々らくらく対処たいしょした。ところが、地をはうように進んだ一本に気づかず、足首あしくびに巻きつかれた。


 触手の力はせいぜい人間と同程度だったが、不意ふいをつかれたため、あっさりと転倒てんとうさせられた。さらに、別の触手にもう片方かたほうの足もらえられ、完全に動きをふうじられた。


 スコットはちからずくに路上ろじょうを引きずられた。まもなく視界しかいに入ったスプーは、勝ちほこった笑みをうかべていた。


 自由な両手で『かまいたち』をお見舞みまいしようとしたが、逆に『水竜』で反撃はんげきを食らう。ずぶ濡れとなったスコットは視界と両腕りょううでの自由をうしなった。


 スコットの右手から、触手が二つの指輪を器用きように取りのぞく。スプーは相手のむなぐらをつかんで持ち上げると、ねんのため、路上にころがる指輪をけり飛ばした。


 スプーは民家みんか外壁がいへきにスコットの体を押しつけ、残忍ざんにんな目つきで、至近しきん距離きょりからにらみつけた。


ほどを知ったか。私を倒したければ、エックスオアーか、トリックスターぐらい連れて来るんだな」


「あいにく、そんな変テコな名前のやつは、知り合いにいないな」


「この体とは長い付き合いなんだ。それだけ愛着あいちゃくがあったんだ。それをお前はきずつけた。ただで済むとは思うなよ」


人様ひとさまの体を、勝手に使っているやつが言うセリフじゃないな」


生意気なまいきな口をきくな。わりに、お前の体をいただいてやってもいいんだぞ」


 辺りをただよっていた黒煙こくえんが、スコットの顔にまとわりついていき、口や鼻などから体内たいないへの侵入しんにゅうを始める。スコットは顔をそむけて抵抗ていこうした。


素直すなおに私を見逃みのがしておけば、こんなことにならなかったのにな。歴然れきぜんとした実力差を認められず、ちっぽけな正義せいぎ感振りかざす。人はこれを蛮勇ばんゆうと呼ぶのだ」


    ◆


 大門おおもんへ助けを呼びに行ったケイトは、中央ちゅうおう通りに出た直後ちょくご、二人の魔導士をしたがえたクレアと、偶然ぐうぜんにもはちわせた。


「クレア、大変です!」


 ケイトがすがりつくように相手を引き止める。


「ケイト……。どうしたの?」


 クレアはゾンビ大量たいりょう出現の一報いっぽうを受け、スプーらの捜索そうさくをいったん中断。コートニーを大門の城壁じょうへきとうに残し、中央地区ちくへ向かう途中だった。


「スコットが敵と戦っているんです。助けてください!」

「敵ってどんな? いわ巨人きょじん?」

「違います。姿を変えられる敵です」


 他の魔導士と顔を見合わせてから、クレアは「案内あんないして」とげた。かけ出したケイトの後を、クレア達が追った。


「そこを左です」


 路地ろじのなかばでケイトが言った。ケイトを追いこし、さきにクレアが現場げんばへかけつけた。スプーを発見し、すぐさま攻撃態勢たいせいをとったが、スコットの姿が目に入り、思いとどまった。


「スコットを放しなさい!」


 スプーが壁に押しつけていた力を弱め、相手の体がわずかにずり落ちる。他の魔導士二人は、慎重しんちょう足取あしどりで反対側へまわり込んだ。


「もう逃げられないわよ」


 取りかこむ魔導士達を、スプーがねめ回す。そして、余裕よゆうたっぷりに頬をゆるませた瞬間しゅんかん、見た目をスコットのものへ一変いっぺんさせた。


「これが……」


「さて、どちらが君の仲間なかまかわかるかな?」


「あなたじゃないのは確かね」


 バカげた質問だと思いながらも、クレアは敵の能力に驚嘆きょうたんしていた。


無論むろん、正解だ。しかし、これならどうだ!」


 そう怒鳴どなりつけたスプーが、力まかせにスコットの体を投げ飛ばす。クレアはそれを受け止めようとしたが、その場へスコット諸共もろともに倒れ込む。


 さらに、スプーは複数の触手を振り回して威嚇いかくした。そして、二人の魔導士が浮き足立ったすきをつき、逃走とうそうを始めた。


 二人の魔導士が「待て!」と後を追う。物陰ものかげから見守みまもっていたケイトが、あわててクレア達のもとにかけ寄る。


「スコットのことをお願い」


 飛び起きたクレアは、そう言い残してスプーを追いかけた。


     ◆


 スプーは追手おってをまくため、次から次へと道を折れまがった。この地区は建物と建物の間の小道こみち複雑ふくざつ交差こうさしている。ほどなく、クレア達はターゲットを見失みうしなった。


「遠くへは行っていないはず。手分てわけしてさがしましょ。相手が姿を変えられるのを忘れないで。もし発見したら、大声おおごえを上げながら、魔法を空に向かって放つ。それでいい?」


 クレア達は三方さんぽうった。それを認めたスプーは、民家のかげで身をひそめ、息を殺して敵を待った。魔導士の一人が通りかかると、背後はいごから飛びかかった。


 相手の首をしめ上げるのに成功したが、必死ひっしの抵抗にあい、振りほどかれそうになる。さらに、別の一人がそこへ到着とうちゃくした。


 スプーは捕まえていた相手に『扮装ふんそう』したかと思うと、「捕まえたぞ!」と別の一人に呼びかけ、相手を地面じめんへ投げ飛ばした。


 その術中じゅっちゅうにハマり、別の一人は倒れた魔導士へ気を取られた。スプーの『水竜』が別の一人へクリーンヒットする。


 スプーは会心かいしんの笑みをうかべ、すぐに走り出そうとしたが、運悪うんわるく逆方向からクレアが姿を現した。


 スプーがうんざりした様子でため息をつく。その直後、ズシンズシンとゴーレムの足音あしおとがひびき始めた。


 振り向くと、倒れていた魔導士にゴーレムが歩み寄っていた。ほくそ笑んだスプーがそちらを指さした。


「放っておいていいのか?」

「……こんな時にうっとうしい」


 クレアの注意がそれたのを見て、スプーは一目散いちもくさんにかけ出した。クレアは仲間の救援きゅうえん優先ゆうせんした。『火球かきゅう』を放って、ゴーレムの注意を自身へ向ける。


「こっちに来なさい!」


 クレアはほどよい距離をたもちながら誘導ゆうどうし、ゴーレムが立ち入れそうにない、せまい路地へ入るタイミングを見計みはからっていたが、なかなかそれがつかめない。


 そうこうしていると、ふくろ小路こうじに行き当たって逃げ場を失った。絶体ぜったい絶命ぜつめいのピンチ。この状況じょうきょうからのがれるすべが思い当たらず、クレアの頬をあせがつたう。


 その時、ゴーレムの向こう側に、上空じょうくうから何かが降り立った。そして、一瞬いっしゅんのうちにゴーレムが崩落ほうらくし、黒煙が四方しほう八方はっぽうに飛び散った。


 ほどなく、視界に飛び込んできたのはウォルターだった。何が起きたのかわからず、クレアは開いた口がふさがらなかった。


 相手はひざのままうなだれ、動こうとする気配けはいを見せない。クレアはゴーレムの残骸ざんがいをまたいで、かけ寄った。


「ウォルター、大丈夫?」


 ウォルターは大きく肩で息をし、手足てあしは小きざみにふるえている。また、右腕みぎうでや体をかきむしるようなしぐさを見せていた。


 しばらくして、「大丈夫」と覇気はきのない声で言った。


 クレアはゴーレムの成れのてをチラッと確認した後、「何をどうしたの?」と問いかけた。しかし、ウォルターはそれに何も答えなかった。


「岩の巨人は僕がどうにかする。ゾンビのことはたのんだよ」


 今にも気絶きぜつしそうな表情で言い、ウォルターは上空へ飛び立った。


     ◆


 スコットはもだえ苦しんでいた。〈闇の力〉によって全身ぜんしんが焼けるように熱く、まるでヘビが体内であばれ回っているようだった。


 激痛げきつうに表情をゆがめ、ノドの辺りをつかみながら、地面をころげ回る。ときおり、ケモノが咆哮ほうこうするように声を上げた。


「ごめんなさい……、ごめんなさい、スコット。私が城で大人しくしてれば、こんなことにならなかったかもしれないのに……」


 ケイトは相手の背中をさすり続けた。安全で安静あんせいにできる場所へ連れて行かなければ。頭でわかっていても、その場所が全く思いつかない。


 また、のたうち回るスコットをどこかへ運ぶ力はなく、ケイト自身も、ショックのあまりに腰がぬけてしまっていた。


「くやしい。目の前の人さえ助けられない。私に力があれば……、私が人並ひとなみに魔法を使えていれば……。天才てんさいじゃなくたっていいのに。普通に力が使えるだけでいいのに。どうして……」


 ケイトのひとみから、せきを切ったように涙があふれ出す。


「バカ野郎」


 ゲホゲホとせき込みながら、スコットが上体じょうたいを起こす。


「何をじるんだ。お前はここまで来たじゃないか。そのことが、どれだけ俺のはげみになったか。どれだけ俺に勇気をくれたか。それで十分じゅうぶんだよ。恥じることなんて何一つねえよ」


 スコットは息もたえだえに、力なくほほえんだ。


 体重を腕の力で支えられなくなり、スコットはくずれ落ちそうになったが、すんでのところで、ケイトがだき止めた。


「スコット! スコット!」


 呼びかけに答えはない。呼吸こきゅうはしていたが、くるしむ様子がなくなってしまい、それがかえってケイトの不安をかき立てた。


 助けたい。彼女はただ一心いっしんに願った。――その想いが実をむすぶ。


 突如とつじょ、白い光が粉雪こなゆきのように舞い始める。しだいに、小さな光は寄り集まっていき、二人をやわらかな光でつつみ込んだ。


 〈ひかりちから〉――それは〈闇の力〉とついをなす。まさに、それに対抗たいこうするためだけに巫女みこ創造そうぞうした力。巫女――ダイアンは能力を失う前に、その力をケイトへたくしていた。


 〈闇の力〉はこの国における使用が、『転覆てんぷく魔法まほう』によって阻害そがいされていた。対極たいきょくの存在とはいえ、同質どうしつの〈光の力〉も影響を受けていた。


 『転覆てんぷく』前は、国内屈指くっしの魔導士だったケイトが、満足に魔法が使えなくなったのも、そのあおりを受けていたためだ。 


 涙でかすんだケイトの視界が、聖なる白い光で満たされていく。唖然あぜんと辺りを見回していると、自身の両手がとりわけ強い光を発しているのに気づいた。


「……あれ?」


 ふいに声を上げたスコットが、ムクッと体を起こす。体内を侵食しんしょくしていた毒は、〈光の力〉によって、またたく間に浄化じょうかされていた。


「全く痛くなくなった」

「……えっ? どういうことですか?」


 スコットがケロッとした表情で腕を回し始める。ケイトはグシャグシャになった泣き顔のまま、しばらくポカンと相手と見つめ合った。

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