それぞれの覚醒(前)

     ◆


 『氷柱つらら』による怒涛どとうの連続攻撃もなしのつぶて。ウォルターは暗い感情に支配されつつあった。


 それはゴーレムに対する怒りと、一体もしとめられない、ふがいない自身への怒り。相反あいはんする感情が胸のうちでうずまいていた。


 すると、右手周辺から黒煙こくえんがもれ始めた。やがて、それは腕にからみつくようにはい上がっていったが、まだ本人は気づいていない。


 一連いちれん波状はじょう攻撃を受けたゴーレムがさい始動しどうする。ところどころに、岩石がんせきの体に欠損けっそんが見られたが、痛覚つうかくのない敵に疲弊ひへいした様子はない。


 右手をかまえた矢先やさき、ウォルターが得体えたいの知れない黒煙の存在に気づく。


「何だ、これ……」


 つぶやいた瞬間しゅんかん、針でさされたような痛みを感じ、反射的はんしゃてきにそれを振りはらおうとした。その結果を確認する前に、ゴーレムがなぐりかかってきた。


 あわてて飛びすさった上に、前方ぜんぽうへ『突風とっぷう』をはなったが、肝心かんじん〈悪戯〉トリックスター発動はつどうしそびれた。かろうじて、敵の一撃いちげき目をかわしたが、即刻そっこく二撃にげき目が飛んでくる。


 着地ちゃくちを待たずに重力じゅうりょく軽減けいげんさせ、敵の頭部とうぶ目がけて『かまいたち』を放つ。ゴーレムは再び同じ建物にたたきつけられたが、ウォルターも反動はんどう路上ろじょうをころがった。


「後ろにもう一体いるぞ!」


 起き上がろうとしたウォルターの背後はいごに、別のゴーレムが仁王におうちしていた。そして、おおいかぶさるように、かざした両腕りょううでを振り下ろした。


 体勢たいせい的に『かまいたち』は放てない。『突風』で頭上ずじょう後方こうほうへ飛べば、ゴーレムと衝突しょうとつするだけ。ウォルターは死を覚悟かくごし、両目をつむった。


 ところが、敵の攻撃はいつまでたっても降りそそがない。不思議ふしぎに思ってゴーレムを見上げると、視界しかいが黒煙でおおわれていた。


 ウォルターを守ったのは、をえがいた黒煙のたて。それが徐々じょじょ霧散むさんしていくと、コブシを振りかぶったゴーレムの姿をとらえる。


 ブンとがよだつ、風を切る音がひびく。しかし、身をていするように黒煙がさい結集けっしゅうし、またしても攻撃をふせいだ。

 

 間合まあいを取ったウォルターは、『突風』の要領ようりょうでゴーレムに向けて黒煙を放つ。すると、思いも寄らない事態じたいが起こった。


 いかなる魔法まほう攻撃も物ともしなかったゴーレムの体――岩石で構成こうせいされたそれが、一瞬いっしゅんでバラバラにくだけった。岩と岩を接着せっちゃくざいのようにつなぎ止めていた〈やみちから〉が、消失しょうしつしたためだ。


「この力は……?」


 黒煙は眼前がんぜんをただよい続け、まるで手足てあしのように、思うがままに動かせた。しかし、その力は大きなマイナス面をかかえていた。


 『電撃でんげき』を受けたような痛みが、ふいに右腕みぎうでにはしる。思わずひざまずくほどで、ウォルターは痛みの発生はっせいげんをおさえて顔をしかめた。


 壁にたたきつけられたゴーレムが進撃しんげき再開さいかい。ウォルターはわずかにまよいを見せたが、しびれの取れない右腕をかまえた。


 同じシーンが眼前でくり返される。黒煙の『突風』に吹かれ、たちまちゴーレムの体は崩壊ほうかいした。


 近くで見守みまもっていた人間全てが言葉をうしなった。不気味ぶきみ静寂せいじゃくの中、頭部だった岩がゴロゴロところがってきた。


 再度さいど神経しんけい痛が走る。さらに強まったそれは、体のほうへ広がった。ウォルターは言い知れない不安にかられた。


 体をむしばまれているような気がした。のろいのようにまとわりつく正体しょうたい不明ふめいの力を前に、ゾッとする思いだった。


     ◆


「あんた、あのいわ巨人きょじんをあやつっているやつか? それとも、他人に成りすませるやつか?」


「答える筋合すじあいはないが、そこまでして知りたいか? その場合、ますますもって、君達をこの場で始末しまつしなければならなくなるが、それでもかまわないか?」


 スコットが押しだまる。スプーの狂気きょうきにあてられ、顔を引きつらせた。


 スプーが先刻せんこく城壁じょうへきとう殺害さつがいした守衛しゅえいに『扮装ふんそう』した。スコットとケイトが大きく目を見張みはった。


「夢でも見ているんでしょうか……」

「他人に成りすますほうってわけか」


 スプーの〈扮装〉スプーフィングは、〈転送〉トランスポートや〈催眠術ヒプノシス〉といった能力と同じく、外見がいけんデータを三つまで保存できる。取得しゅとく方法もよく似ていて、対象たいしょうに五秒間接触せっしょくするというものだ。


 現在スプーが保持ほじするデータは、守衛のものと、民間みんかん人への偽装ぎそう用と、長年ながねん成りすましていたギル・プレスコットのものだ。


「これでわかったかな?」


 『扮装』は声色こわいろも変わるが、狂気じみた雰囲気ふんいき相変あいかわらず。それが、いっそう不気味さを際立きわだたせた。


「ケイト。大門おおもんにクレアがいるから、このことを伝えてきてくれ。ついでに、応援を呼んできてくれると助かる」


「でも……」


 足手あしでまといにしかならないことを、ケイトは重々じゅうじゅう承知しょうちしていた。しかし、この場にスコットを一人残すのは気が引けた。


 スコットが「たのんだぞ」と相手のこわばる手をにぎりしめる。うなずきを返したケイトは、ふるえる足でゆっくりとあとずさった。


 しかし、のがさないとばかりに、スプーが右手をかまえ、ケイトは足を止めた。同じく攻撃態勢たいせいをとったスコットが、「行け!」とかしつけた。


 ケイトは近くの路地ろじに逃げ込んだ。そこを進んでいる途中、男のさけび声が聞こえた。スコットの声ではないと思われたが、不安感から、みちを振り返る。


 足がすくんで、しばらくその場で立ち止まったが、使命しめい感に背中を押され、前に進み始めた。


     ◆


 ダイアンは〈とま〉を後にし、レイヴン城を出た。ゴーレムが市街しがいをうろついているため、城門じょうもんはおいそれと開けられず、辺境伯マーグレイヴ〈転送〉トランスポートの力を借りた。


 見晴みはらしの良い中央ちゅうおう広場ひろば近くの建物から、市街の状況じょうきょうを確認する。辺境伯マーグレイヴの他に、護衛ごえい魔導まどうが一人帯同たいどうし、肩にはルーの姿もある。


 断続だんぞく的に、大声おおごえが聞こえてくるが、近辺きんぺん目立めだった戦闘は見られない。また、ゴーレムよりも、通りをふらつくゾンビの姿が目についた。


「この辺りにいわ巨人きょじんはいませんね」


 中央広場に魔導士の集団を発見し、ダイアンが「彼らに聞いてみましょう」と指さした。突如とつじょ出現した三人に、魔導士の集団がおどろく。


「どういう状況なの?」


 護衛の魔導士が「巫女みこです」と説明するも、全員困惑こんわくかくせない。辺境伯マーグレイヴの姿を見つけ、ギョッとする者もいた。


「岩の巨人が少なくなったので、ゾンビへの対処たいしょに取りかかるところです」


「岩の巨人はどうしたの? 引き上げたの?」


「いえ、さきほど、空を飛べる例の新人があらわれまして、岩の巨人をまたたくに倒して、嵐のように去っていきました」


「どうやって?」


見慣みなれない、みょうな力を使っていました」

「……妙な力?」


「はい。魔法にも見えましたが、昆虫こんちゅうれか、コウモリの大群たいぐんをあやつっている感じでした」


 ルーが「あの力だな」と耳元みみもとでつぶやき、ダイアンが不安げな表情を見せる。それに心当こころあたりがあり、ルーの懸念けねんうらづけが取れた。


「巫女。俺はあれをあやつっている男をさがします」


 よそよそしくしていた辺境伯マーグレイヴが、その場をはなれようとしたが、ダイアンが「待って、ライオネル」と呼び止めた。


「ケイト・バンクスをさがしてくれる?」

「ケイト・バンクス……ですか?」


 辺境伯マーグレイヴはケイトをよく知っていたが、『転覆てんぷく』後の彼女は日陰ひかげの身となっていたため、記憶はそれ以前のものが中心。


 その上、ケイトは巫女と四六しろく時中じちゅう行動を共にしていたので、『誓約せいやく』による記憶消去の巻きぞえを食って、大半たいはんがあいまいなものとなっていた。


「私のところへ来るように伝えてほしいの」

「わかりました」


     ◆


 スコットとスプーが対峙たいじするのは、中央通りからすこし入った通り。直線ちょくせん的で、広くはないが大きな馬車ばしゃでも悠々ゆうゆうと通れる。


 ただ、ここは小さな住宅や商店が建ち並ぶ地区ちくで、細い道が迷路めいろのように入り組んでいて、見通みとおしが悪い。ゴーレムが侵入しんにゅうして来ない利点りてんがあるが、他の魔導士が通りかからない難点なんてんもあった。


「君はこの男を知ってるか?」


 スプーがダレル・クーパーの姿に戻った。スコットは「知ら……」と言いかけたが、口をつぐんだ。その顔には見覚みおぼえがあった。


 相手は五年前に死んだ人間。交流こうりゅうはほとんどなかったが、ストロングホールドに出向しゅっこうした際や、対抗たいこうせんの場で何度か目にしていた。


「知っているようだな。かつて、この男は辺境守備隊ボーダーガードにおいて中核ちゅうかくをになっていた。辺境伯マーグレイヴ側近そっきんをつとめ、魔法の実力は五本の指に入っていただろう。五年前の〈樹海じゅかい〉において、私はこの体を手に入れた」


「……体を手に入れた?」


 あの日、スプーは一行いっこうひきいるイェーツきょう従者じゅうしゃに『扮装』していた。そして、〈どろ人形にんぎょう〉から逃げ出したフリをして、ダレル・クーパーを人気ひとけのない場所までさそい出した。


「こいつは頭が切れる男でな。おまけに、かんもするどかった。だから、正体しょうたい見抜みぬかれてしまったんだ。退くに退けず、やむなく戦った」


 病的びょうてきなまでに用心ようじん深いスプーが、リスクをっていどんだ戦い。不意ふい打ちでない、正面しょうめん切っての戦闘は、彼にとってきわめてまれだ。


「ギリギリの戦いだった。打ち勝った時の興奮こうふんは、今でも忘れられない」


 感情にとぼしいスプーの顔つきが、みるみる歓喜かんきに満ちた。これこそが、この『うつわ』に固執こしつする最大さいだいの理由だ。


「まあ、その後、うぬぼれたあげくに正面から辺境伯マーグレイヴへ勝負をいどみ、あっけなく返りちにあったのだがな」


 スプーが自嘲じちょうするように言った。


「それほどの男が私にやぶれ、この体を差し出さざるを得なかった。これが何を意味するかわかるか?」


「あんたがイカれたバケモノだってことだろ?」


「君ら魔導士は、私の前では赤子あかご同然どうぜんだということだ。体を乗っ取れる事実を、わざわざ君に暴露ばくろした理由も教えよう。それは自身へのいましめであり、決意けつい表明ひょうめいでもある。この場から君を逃さず、確実に始末するというな」


「息まいているところ悪いけど、その話はもう知ってたぜ」

「ほう、すでに広まっていたか。どうりで反応がうすいと思った」


 顔には出さなかったが、スプーは動揺どうようしていた。〈闇の力〉が復活ふっかつしたため、以前よりはマシな状況だが、彼の本体ほんたい脆弱ぜいじゃく非力ひりきであることに変わりはない。


「そういえば、助けを呼びに行った女がいたな。さっさとかたづけるか」

「やれるもんならやってみろ」

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