そして俺もいなくなった

ネコ エレクトゥス

第1話

 俺の名はフィリッポ・マルローニ。この薄汚れた街でしがない探偵家業をやっている。俺のところに持ち込まれる依頼ときたら爺さんの入れ歯がなくなったから見つけてくれだとか、逃げた子猫を探してくれといったしけたものばかり。食いつないでいくのも楽じゃない。


 いつものことながら特にすることもないので今日はこの辺では割と大きな街に出かけることにした。暇なのをいいことに歩いて出かける。「事件は現場で起こっているんだ」と自分に言い聞かせる。非常事態に備え拳銃の感触を確かめる。だが見つからない。そうだ俺は最初からそんなものは持っていなかったのだ。昔拳銃型のライターなら持っていたのだが……。しかしたとえ拳銃を持っていなかったとしても俺には別の武器があるのではないか?そうだ!知性だ!探偵という職業についている以上俺にも灰色の脳細胞があるはずだ!その灰色の脳細胞というやつで最大限に武装してみるとしよう。そんなことを考えているとステロイドを摂取したアスリートのように灰色の脳細胞が活性化してくるのを感じる。いつの間にか空模様も灰色に活性化している。目的の街に着いたところで雨が降ってくる。いったい何でいつもこうなるのだ。しかしもしかしたらこの雨の中をいわくありげな美女が駆け抜けていくなんてことがあるかもしれない。いや、当然あるだろう。

 しばらく待っていたのだがそんなことは起こらなかった(それなら事件はやっぱり会議室で起こっているのか?)。


 そろそろ帰るとするか。帰りはバスに乗ることにしよう。さすがの俺も雨には勝てん。そこはバスの出発点だったので俺の他にも十数人が旅の道連れになる。俺が腰掛けた席はたまたまほかの乗客が見渡せる席だった。買物帰りの主婦に遊びにでも行っていた若い人、あっちの老人は病院帰りだろうか。学校帰りの女学生に仕事が早く引けた会社員。それぞれが席に着く。それにしても今まで全く関係を持たなかった人たちがこうやってバスという狭い空間に閉じ込められていどうするというのも不思議なものだ。人生というのは無数の糸が無秩序に行き交ってなされる織物なのか。

 だがもしそうじゃなかったとしたら?この乗客たちは過去において何らかのつながりがあり、それを誰かが意図的に集めたんだとしたら。つまりこの乗客たちは昔ある犯罪に係った連中で、この中の誰か一人がその犯罪の被害者の最愛の人であり、その被害者の無念を晴らすべくここに乗客たちを集めたのだ。そして俺はそんなバスにたまたま乗り合わせたのだった。血塗られた過去を清算するために密室に閉じ込められた乗客たち。その秘められた過去とは。まさしく俺のような探偵の登場にふさわしい。


 そんなことを考えている間に停留所を三つほど過ぎたらしく、乗客が五人ほど消えていた。何てことだ!こんなにも早く犠牲者が出るとは!しかもこれだけの人数が犠牲になるなんて。一度にこれだけの人間を殺すとなると犯行に使われたのはやはり毒物か。君たちの死は無駄にしない。きっと真犯人を見つけ出し過去を明らかにしてみせる。そう固く心に誓うとともにこうも思うのだった。

「あの会社員人相が悪いから真っ先にやられて当然だな。」

 こうして俺の脳細胞が勝手に働いている間に犠牲者の数は増えていった。


 そして遂に残されたのは俺を含めて三人だけとなった。残った二人のうち一人は晩御飯のことしか頭になさそうな買物帰りの主婦であり、もう一人は純真そのもののような女学生だった(しかし最近のガキはわからん)。この二人のどちらかが真犯人なのだ。君が昨日の夜一人涙を流したのは今は亡き最愛の人を思ってなのか、それともただのテレビの見過ぎか。いずれにしてももう時間がない。早く解決せねば。

「次はナントカ小学校前。ナントカ小学校前。お降りの方は……。」

 ちょっと待て。それは俺の降りる所ではなかったか。とすると俺も殺されるのか。それならば俺も過去の忌まわしい事件の共犯者だったのだ。考えてみれば一番人相の悪かったのは俺かもしれない。残った二人よ、俺の代わりに真相を解明して俺を安らかな眠りに就かせてほしい。頼んだぞ。亡きご先祖様よ、俺も今からそちらに参ります。


 俺の名はフィリッポ・マルローニ。この薄汚れた街でしがない探偵家業をやっている。俺のところに持ち込まれる依頼ときたら爺さんの入れ歯がなくなったから見つけてくれだとか、逃げた子猫を探してくれといったしけたものばかり。食いつないでいくのも楽じゃない。

 どうもバスに乗ると過去に犯した罪の傷跡がうずく。俺の灰色の脳細胞はこう考える。

「オリエント急行にも乗らないことにしよう。」

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