それぞれの光の元で

浅縹ろゐか

1章 真珠は夢を見る

 此処は神々が住まう街。人の世界とは、少し違う世界である。八百万の神と言われる程なので、神様は、数多く存在している。花や木、水や海、雷や雪など、様々な神様がいる。それらは住まう地区が違うだけで、同じ世界で暮らしている。幾ら神様でもお腹は空くし眠くもなる。そこは人間と変わらない点と言える。

 買い物は宝石や鉱石で行う。この世界では、宝石や鉱石は通貨としての役割を果たしている。装飾品としても利用されるが、通貨として使用される事の方が多い。買い物をすると、大きい鉱石を渡して、おつりは小さな宝石や鉱石になったりするのだ。

 宝石や鉱石の神が、この地区には多かった。人間の世界で言えば、炭鉱と言われる場所になる。地面は石畳で、建物は石を積み重ねて作られている。その石の中にも、きらりと光る粒が時たま見えたりもする。この地区に住む、アコヤは、真珠の神である。白を基調とした、石煉瓦の家に住んでいる。ドアノブは、アンティーク調に加工されていた。

「アコヤ、そろそろ買い物行こうよ」

 玄関をノックして入ってきたのは、十七歳くらいの見た目をした長い黒髪を束ねた女子である。そのまま中へと進み、寝室のドアをノックする。そこで漸くアコヤは目が覚めてくる。目をしばしばさせて、アコヤは欠伸を噛み殺しながら返事をする。

「ルリちゃんかー。んー、眠いよう……」

 アコヤと呼ばれた少女は十歳くらいの見た目をした少女である。眠そうに瞬きを数度しながら、布団を頭まで被る。

「もうお昼よ。いつまで寝てるの?」

 枕元に置いてある目覚まし時計は、アコヤが無意識のうちに止めてしまっているらしい。設定された時間に起きた試しがない。

「んんー」

 ルリは、アコヤの布団を捲り上げた。眠そうにしているアコヤは、ぼんやりした様子で漸く起き上がった。

「おはよ、ルリちゃん」

「おはよう。もうすっかり昼だけどね」

 ルリは、壁掛け時計を指差した。短針は十二を周り、長針は六を指していた。

「ああー、もうこんな時間かあ」

「今度からは、ちゃんと早起きしなさいよー」

 ルリはまるで母親の様に、アコヤにそう言うと布団を丁寧にアコヤの足元に纏めた。

「分かってはいるんだけど、出来ないんだよねえ。でも、寝る子は育つって言うし!」

「年齢が子供じゃないから、育たないでしょう……」

 ルリは苦笑した。アコヤは寝巻にしている浴衣から、私服へと着替える。アコヤは、巫女服を私服としている。自分の宝石がよく取れる、日本の衣装である。アコヤは、これを気に入っていた。これ以外にも袴や浴衣など色々な和服を、アコヤは持っていた。気分や季節によって、変えたりもする。

「いつも思うけど、その服って着るの大変じゃないの?」

「慣れると簡単だよー。それに、意外と涼しいし」

「そうなんだねえ」

 ルリはそう言うと、窓辺に置かれている鏡を見る。キラリと輝く鏡は、丸い鏡で土台に金の装飾が施されている。

「今日も大丈夫そう?」

「あ、どうだろう」

 花を模した髪留めをつけた後、アコヤは窓辺の鏡に人差し指でそっと触れる。そうすると不思議な事に、人間の世界が見えるのだ。アコヤは真珠の養殖場などを、じっくりと見る。どうやら、人間の世界は晴れているようだ。

「うん、いつも通りかな。暑いから、人間は大変かもしれないけれど」

「そうねえ」

 ルリもそう言って、鏡を覗き込む。そこでは採取された真珠の大きさや形を細かく見る、鑑定人の男性が映っている。

「この人も毎日大変ねえ」

「でも、鑑定の腕はピカイチなの。この人が選ぶ花珠はなだまアコヤというのは、とても美しいの」

 艶や形やサイズ等を見て、厳選された最高級のものは花珠アコヤと呼ばれる。真珠の中でも、特に美しいと言われておりとても価値があるものだ。人間はそれらで、ネックレスやイヤリング等の装飾品を作る。アコヤが身につけている、イヤリングとブレスレットも、花珠アコヤと呼ばれる最高級の真珠を用いたものである。

「へえ……。どこの世界でも、鑑定人は大変な仕事ね」

「そうだねえ。そろそろ行く?」

 二人は寝室を後にして、玄関脇に置いてある買い物籠を持つ。アコヤとルリは、共に買い物へと出掛ける事にした。


 市場は賑やかだ。鮮やかな色をした果物や獲れたての魚などが、市場に並ぶ。その中には、洋服屋もある。この市場だけで、全ての買い物が済むくらい、多様な店がひしめき合っている。

「ルリちゃんは、今日は何買うのー?」

「新しいストールが欲しいから、とりあえずそれかなー」

 威勢の良い声で客呼びをしている、魚屋の店主と目が合いアコヤは軽く会釈した。

「ストールかあー。ルリちゃんは、背が高いから似合うよね」

「アコヤに似合うやつ、ありそうだったら見てみようよ」

「うん、ありがとう」

 まずは、二人で衣料品を扱っている店へと向かう事にした。市場の大通りから一本脇に外れた通りへと向かう。

「いらっしゃい。ルリ、久し振りだね」

 ルリは店主とは顔馴染みになっていた。店頭には様々なストールが並べられている。様々な色合いがあり、とてもカラフルである。ストールは店主自身が様々な土地で買い付けを行っているそうだ。

「久し振りね、おばさん」

「そっちのお嬢さんは、初めてかな?」

「あ、そうかも」

 店主のおばさんが、此方を見ているのに気が付いてアコヤは自己紹介をした。

「アコヤと申します。よろしくお願いします」

「この子もルリと同じ様に、宝石の子かい?」

「そうそう。アコヤは、真珠の神様だよ」

 そう言われると、アコヤは何だか気恥ずかしかった。人の前で神様だと紹介されるのは、今でも何故だか慣れない。



<続きは本にてお楽しみ下さい>

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