第8話
犬獣人の長老、ゼウォルと名乗る巨大な白い犬は、最初の邂逅が一体何だったのかと突っ込みたくなるくらいに、剽軽な性格をしていた。
「そも、この犬獣人族の集落の始まりは―—」
「じーじーの話長いからあとでー!」
「そうだー!僕達が遊ぶのー!」
陽介が質問する間もなく、つらつらと話を始めると、コハナとゼンが飛び掛かって、話の腰を折りに行く。
「まだまだ甘い!そんなことでは、我は止められぬぞー!」
「きゃー!!!」
「わー!!!」
ゼウォルは、コハナとゼンの襲撃を躱しつつ、器用に尻尾で二人を拘束する。そうして、上下にぶんぶんと数回振って、床へと優しく転がした。
「ううーやられたー」
「あうーやられたー」
コハナとゼンの二人は、ゆらゆらと揺れながら、ばたんきゅーと漫画のように倒れてしまう。
「だ、大丈……ぇ!」
流石にやりすぎじゃないかと、陽介は二人へと駆け寄ろうとしたが、目の前の変化に思わず足を止めてしまう。
コハナとゼンの身体が、徐々に変化していく。顔が、手足が、身体が、小さくなっていき、やがて、人型から子犬の姿へと変じてしまった。
「見て分かる通り、元々、獣人族は獣の姿を持つものが、人の形に成った種族である」
ゼウォルが語りながら、姿かたちを変化し出す。大きな巨体が、小さく小さく縮んでいくと、やがて、人型の白い獣人がにこやかな笑顔で立っていた。
「森に住まういずれの獣人族であれ、始まりは獣。故に、我らは原始の力が濃ければ濃いほど、獣と成ることで強大な力を奮うことができる。まあ、集落に住まう他の犬獣人は別段、変化の力は持っていないがの」
ゼウォルが言いながら、ぽつぽつと昔のお話を、歌うように紡ぎだしていく。
古き時代、偉大なる森は、空よりも広大に広がっていた。
十匹の獣達が、幾つもの大きな群れを成していた。
獣たちの時。
獣たちは自由に生きていく。
偉大なる森の中、光と恵に溢れた平和な時を過ごした。
しかし、突然、強大な力を持つ敵が現れた。
火と水と土と風とが混ぜこぜに荒れ狂い、群れをどんどんと飲み込んでいった。
獣たちの屍は積もり、山となり、血が流れ、肉は腐り、森を汚していく。
十匹の獣は懸命に、戦った。
群れを守るべくして、立ち上がり、敵へと向かっていった。
火に熱せられ、水に呑まれ、土に阻まれ、風に刻まれ、なおも、十匹の獣は、群れを守るために、力を奮う。
凍てつかせし息吹を操る白い氷狼。
風よりも疾く速く、黄金の眼を持つ黒の豹。
無双強力の怪腕と知啓に長ける赤き鬼猿。
蒼銀の爪で全能を切り裂く黄金獅子。
焔を纏い、身を焦がし、敵を焼き尽くす銀虎。
全治なる森の祝福を受けし、慈悲の緑鹿。
不傷不滅の心身を持って、塵芥を生む牛魔。
数多の生と共に死屍を食らいつくす肥鼠。
天の頂きより地を平し、裁きを下す雷鷹。
獣の王の姿を見た他の獣たちは、雄々しく叫び、その背に続く。
つぎへつぎへと。一つ、二つ、三つと四つ。
五つに、六つ。つぎへつぎへと。七つに、八つ。
つぎへつぎへと。九つ。十つの王と群れが、敵へと迫って。
そして、偉大なる森の獣たちは、敵を退けることが叶った。
ただ、一人の王の死と共に。
「これが獣人族の古き御話じゃ。いずれかの王が没したのか、我も知らんが、白き巨犬の変化は、この原始の頃の時より培われし偉大なる力……どうして顔を覆って、震えているのじゃ」
「いやー、そのフレーバーなテキストは、もうなんというかなんというか!」
原始たる獣の時。そんな題名で偉大なる森の設定を、陽介はクリエイトゲーミング内のメモ機能に思うままに書き殴ったことを思い出していた。
まさか、あの設定がこのような感じで生かされているとは、思ってもみなかった。
陽介は、白い巨犬の姿に変化していたゼウォルを思い出してみる。確かに、クリエイトゲ-ミング内のメモに書きながら、想像したままの姿であった。
その力や存在感を肌で感じて、実際、身動きすら取れなかったところを体験した。
「うわ、やば、泣けてきた」
ごくごく自然に、陽介の頬を涙が伝った。
一筋、二筋と続いて、とめどなく、涙があふれて、頬を伝っていき、床へと落ちていく。
「ちょ、な、何じゃいきなり!何故泣きよる!」
突然、陽介が涙した事に対して、ゼウォルがどうしたものやらと、手をわたわたとさせて、慌て出した。
「あー、申し訳ありません。少し感動してしまいまして……」
陽介自身、自然とこぼれていく涙をぐしぐしと、袖で拭って、無理矢理に止めた。
巨大な芋虫に襲われて、ギーベンに助けられた時。
ギーベンから、ゲーム設定に出てくる単語の節々を聞いた時。
+マークを調べて、クリエイトゲーミングのツールが視界に映った時。
今現在、ゼウォルのお話を聞いたところで、陽介は、本心からようやく実感した。
アルトロメア、自作ゲームの世界に居るという事を。
クリエイトゲーミングで作成していたゲームは、まだまだ未完成だ。
何かを思い立てば、設定を詰め込んで、ゲームを作って、プレイして、作ってを繰り返す。だから、本当に完成する目途は経たなかったけれども、それが楽しくて楽しくてしょうがないから、ずっと続けてきた。
趣味、いや、もはや生き様である。
「そんな世界をリアルにテストプレイができる。ちょっと怖いけど……やばいなこれはやばい」
涙から一転、陽介の表情には、相変わらずのきもい笑顔が浮かんでしまう。
「なんじゃなんじゃ!泣いたと思ったら、急に笑いおって!しかも、その顔すごいキモイぞ!」
「うへへ、すみません」
ゼウォルに突っ込まれた為、陽介は、何とか表情を変えようと奮闘するも、一度にやけてしまった顔は中々もとに戻らない。
この世界は、アルトロメアだ。
陽介自身が今の今まで、作って来た。けれど、何らかの設定は、自然と組み込まれれてしまっている。そんな、ゲームの世界というのが今の現実。
「くふふ、これはもう笑うしかない」
「むうう、一体何が笑えるというのか……人族のツボは分からんのう」
真剣な表情で腕を組み、ゼウォルが考え込んでいたところで、犬に変じていた幼い二人が起き上がり、同時に人へと変化していった。
「コハナ復活ぅ!」
「僕も復活ぅ!」
賑やかな声と共に、コハナとゼンの二人が万歳の形で、立ち上がる。
そうして、陽介へと向けて走り込み、幅跳びの要領で飛び上がった。
「おおっと!」
「ヨースケ嬉しそうだねー!」
「何か良いことあったのー?」
陽介は、両肩へとしがみついてきた二人分の体重を何とか支え、その場に踏みとどまった。
左右のコハナとゼンへと向けて、笑顔で告げる。
「へへへ、良いことあったんだよぉ」
「うわキモイ!」
「あはは!ヨースケキモイ!」
友人曰くのキモイ笑顔は、どうやらゲームの世界でも通じるようだった。
しかし、暫くは、元に戻りそうにない。
創造した世界を体験していくことを。
陽介にとって、これに勝る感動は、中々にないものなのだから。
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