第7話
「さあ、皆いただきましょう。今日の糧を森に感謝いたします」
「今日の糧を森に感謝する」
「森に感謝する!」
「今日の糧を森に感謝いたします」
「えっと、今日の糧を森に感謝します」
出来立てのパンと温かいス―プ、何の卵かは不明であるが、卵っぽいもののサラダが食卓に並べられた。陽介は、犬獣人族たちの食前の祈りを見様見真似で真似て、食事を始める。
やはりといっていいのか、箸というものはなくて、木製の先割れスプーンであったり、フォークを扱って食べるのが主であるようだ。
ワイルドに顔を近づけて食べるという原始的な様子がないのは、ほっとするというか、ちょっと残念に思えるというか。
「ねえねえ、ヨースケ!今日はどうするの!」
ルゥルゥの元気いっぱいな声に、陽介はしょうもない考えから我に返った。
「どうしようかな。分からないことが多すぎて何から手をつけようか……」
「じゃあ一緒に遊ぼうよー!」
「何でそこで遊ぶ話になるんだ……僕たちは仕事があるだろう?」
「えーキー兄ぃだけで行って来てよー」
「仕事の日は仕事をする!こんな当たり前の事を守らないと、森から罰が下るんだぞ!」
「えー、面倒くさいよー。私はお休みしたいなあー」
ちらりと、ルゥルゥがギーベンの方へと視線を移すと、ごほんと、ギーベンは咳込んだ。ギーベンが何かを言おうとしたところで、セイルンが短く告げる。
「ルゥルゥ、ちゃんとしなさいね」
「……うう、はーい」
ルゥルゥの耳がしおしおと、垂れていき、尻尾も、ぺたりと床に着く。
しょんぼりとした表情が、どうにも可哀そうに思えて、陽介は思わず声をかける。
「ルゥルゥ達の仕事を終わったら、良ければ遊ぼうか」
「!うん!終わったら遊ぼうね!」
「……僕はどっちでもいいけど」
ルゥルゥは、明るい声であるが、キーンは素っ気なく顔を背けていた。
ただ、二人ともぶんぶんと尻尾が振れているのは同じであった為、キーンも別段嫌なわけではないようである。
「それで、結局ヨースケは、今日はどうする。俺と魔物狩りにでも行くか」
「えーっと、それはちょっと遠慮したいです……」
昨日のジャイアントクロウラーとの対峙を思い返すと、正直戦闘行為を行う自信がない。無論、これから必要になっていくことだとは思う。
だって、一応、このゲーム世界のジャンルはRPGなのだから。
「迷惑でなければ、今日は、少し集落を見て回っても良いですか」
「ああ、構わないぞ。ただ、変なことはするなよ」
「はい、勿論、多分大丈夫だと思います」
陽介は、視界に浮かぶ+マークをちらりと見た。
何ができるかの検証を行うべきとは考えているが、余り目立ったことは控えておこう。
「その多分が少し引っかかるが……まあいい。ああ、一応、村長には挨拶に行っておいてくれ」
「村長さんですか」
「ああ、一番大きな建物だから一目でわかるだろう。集落の最北にある家だ」
「分かりました」
ギーベンの言葉に、陽介はしっかりと頷いておくと、セイルンが食事の再開を促す。
「さあさあ、お話が終わったら、冷めないうちに食べてしまって下さいね」
皆で食べる朝食は、物凄く美味しかった。
「じゃあ、行って来る」
「行ってきまーす!」
「行ってきます」
「いってらっしゃい~」
「いってらっしゃい」
「さて、私もお仕事しましょう!」
ギーベン、ルゥルゥ、キーンを見送って、セイルンも家事を行うということで、家の中へと入っていく。
陽介も何か手伝うことがあれば、手伝いますとあらかじめセイルンへと聞いてみたが、遠慮されてしまったので、予定通り集落内を見て回ることにした。
まずは、ギーベンに言われた通り、集落の北側を目指して歩いてく。
大体の家々の作りは、案内されたときに見た通り、木造建てのログハウス然としており、ちらほらと毛色の異なる犬獣人達が暮らしていた。
時折、名も知らぬ犬獣人達に、挨拶をされるので、挨拶をし返す。とても気さくな人柄、犬柄といった方が良いか。兎に角、平和で長閑な良い感じがして、時間がのんびりと過ぎていくような牧歌的な雰囲気がした。
「この家かな。確かに大きいな」
ギーベン宅を二回り程度には広くした作りの木造建てログハウスは、威風堂々とした門構えをして、聳え立っていた。
「あっ、人間さんだ!」
「本当だっ人族だっ!」
わーきゃーと、ルゥルゥをさらに小さくしたような幼い犬獣人達が、陽介へと駆け寄ってくる。陽介はその場にしゃがみこんで、幼い犬獣人達へと、挨拶をして、村長への挨拶に来たことを告げた。
「じーじは、家の奥に居るよー」
「僕が案内する!」
「わーたーしーもー!」
陽介は、もふもふの手で、左右の手を引っ張られながら、家の中へと案内された。家の中へと、案内される最中、陽介が二人へと自己紹介を行うと、幼い犬獣人達も、元気良く名乗りあげる。
「私はコハナ!」「僕はゼンだよ!」
幼い犬獣人達は、尻尾を振り振り、耳はぴくぴくと動き、キラキラととても無邪気な良い輝きの瞳で、陽介を見つめてきた。
「この集落の人たち大丈夫かな」
犬獣人達は、警戒心というものが余りないのか、それとも警戒されるほど毒がないと思われているのか、陽介は、嫌われないだけマシであると考えつつも、少し心配になってしまった。
「じーじ!お客様連れてきたよー!ヨースケって言うのー!」
「僕も連れてきたの!人族のヨースケ!」
コハナとゼンが両開きの扉をどーんと開く。すると、奥の方からのそりと大きな白い塊がせり上がった。
「ああ、二人とも案内をありがとう。いや、珍しい客だ。こんな森の中ほどまで人間が迷い込むのはいつぶりか」
穏やかな声音とは裏腹に、その白い塊と思われるものは、大きな重圧を放ち、そこに横たわっていた身体を起こした。
陽介が見上げなければならないほどに、大きな体躯。穏やかな蒼い両の瞳が、陽介をじっと見やる。陽介の身体はぴくりとも身動かなくなってしまった。息を呑み、視線に射抜かれるまま、その場に立ち尽くした。
蛇に睨まれたカエル、という表現が、今現在の状況としては最も適切であるかもしれない。
長老と評される犬獣人。他の犬獣人とは異なり、いうなれば、四足歩行の獣と相違ない姿形をしていた。
ただ齢を重ねた老犬などとは、決して違う。深い知力と大きな力を称えた人外のものであるということを理解した。
「ねぇ、ヨースケどしたのー」
「じーじに挨拶するんじゃなかったの?」
ぐいぐいと、コハナとゼンに、左右の手を引っ張られて、陽介は、ふと我に返った。
「も、申し訳ありませんっあの、俺は守塚陽介と言います!あの、良く分からないままこの辺りに迷いこんでしまって!ええっと決して、何か悪いことを企てるようなそんなことは全く考えてはないですので!」
「わー、ヨースケ早口だけど変ー」
「あははっ変なのー」
思わず、陽介がつらつらと早口でまくし立ててみれば、幼い犬獣人達が、きょとんとした表情をした後で、笑い声をあげた。
「……ふっふっふ、あっはっは!すまんすまん!怖がらせてしまったか」
何やらツボに入ったのか、白い大きな獣が、明朗な笑い声をあげた。
「は、えっと……」
「いや、ほら久しぶりの客人だから威厳みたいなものを見せようとしてちょっと威圧を込めてみたんだが……あっはっは、どうやら効きが良すぎたようだ。すまないなあ」
白い大きな獣はのそりとのそりと、陽介へと近づき、少し離れた距離でお座りの姿勢を取った。そうして、頭を垂れて謝罪をすると、改めて名を名乗り始める。
「私は、このドゥアッガの村長ゼウォルだ。本当はもう少し長ったらしい名前なんだが、大体皆はゼルと呼ぶ。ヨウスケも好きに呼ぶが良いぞ」
蒼い瞳が細められて、がおおと大きな口が開いた。とても歯並びが鋭利で素敵ですね、といった返しは出来そうに無い程度に、凶悪な絵面である。
「は、はあ、では、ゼルさんと」
「久しぶりの客だからな。集落に余り別の種族が来ることがなくてなあ。ヨウスケが挨拶に来るのを楽しみにしていたんだぞ」
ゼウォルは本心で言っているようで、尻尾は左右に大きく振れていた
。ただ、ぶおんぶおんと風を切る音がして、ゼウォルの一つの挙動でさえ、何やら死の香がするのは気のせいだろうか。気のせいではなさそうだ。
「じーじ!あんまりはしゃぐと、家が壊れるでしょー!」
「そうだよ!この間も酔っぱらって、どんってなって!壁が壊れたんだぞー!」
「あっはっは!すまぬな!でも、ほら嬉しいじゃあないか。久しぶりの客だからな!」
「じーじばっか独り占めだめだよー私も遊ぶもん!」
「僕も遊ぶのー!」
「まてまて、我が先に色々話すんじゃぞー!」
わいわい、きゃいきゃいと賑やかに、幼い犬獣人達と一匹の巨犬が、じゃれている。陽介は暫しの間、何と言っていいか分からずに、目の前の光景を見つめ続けることしかできなかった。
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