第6話

 暗いくらあい、闇の中。一切、光が見えなくて、とてもとても、嫌な気分だ。

 全身が鉛のように重くて、身動きが取れない。息が苦しい。

 じた、ばた、と、力を入れて見ても、手も足も重くて動かない。

 かろうじて、顔あたりが動いたようにも思えたので、首を少しづつ、動かして、口が動くことに気が付いた。

 声を出そうと、声を上げても、言葉にはならなくて、やっぱり、息が苦しくて。

何とか呼吸をしようと、精一杯口を開いて、酸素を取り込もうとした。

 すると、もしゃもしゃの毛が口の中へと入り込んでいく。

 ような錯覚がした。

 

「ふがふが……ふがんん?」


 ぼんやりと、徐々に、陽介の視界には、色が映えていく。

そして、徐々に微睡んでいた意識が覚醒していき、陽介は今、現在の状況をようやく正しい形で、認識することが叶った。

 陽介の顔の上に、丁度、ルゥルゥの腕が乗っており、腹の上には、足が乗っている。キーンは、陽介の右足へとがっちりと抱き着くように眠りこけているようだ。 幼いながらも二人分の体重が、陽介の身体へとかけられていたのだから、それはそれは息苦しいし、重いはずである。

「ふぅ……二人とも寝相悪すぎ」

 ルゥルゥの腕を少しずらして、息を吐く。

すぅすぅと可愛らしく寝息を立てている二人を起こすのも忍びないので、やっぱり身動きは取れそうになかった。


「夢っていう展開はないかぁ……」


 昨晩、寝床に着いた後、目が覚めれば、元通りの部屋で寝ていましたというオチになるかもしれない。陽介は、そのように、少し期待をしていた。

 しかし、陽介の視界に映るのは、昨日と変わらないギーベン宅である。


「これからどうしたもんか……」

 もしかしたら陽介自身が作っていたゲームの世界であるかもしれない。

けれども、全ての物事が一致しているわけではないようであるし、昨日にギーベンから聞いた内容程度では、不明瞭な部分が多すぎた。


「情報が足りない……まずは情報収集からだな」

ぶつぶつと、陽介は今後の事をどうするべきかを頭の中で、整理していく。


 ゲーム世界を思う存分楽しみたいという気持ちがないわけではないが、それよりも、無事に元の世界に戻る方法を見つけなければならない。であれば、まずは情報収集を図っていく必要がある。


 昨晩、ギーベンやセイルン、ルゥルゥやキーンと話したり、遊んだりしていて、気が付いたこと、情報として得たことは、言葉が問題なく通じていると言うことや犬獣人の他にも森のあちこちには、他の獣人族が住んでいること、などなど多岐に渡っていた。


「この集落で、他の犬獣人達にも色々聞いて回るとして……問題は、集落を出るときかぁ」

 集落の外。偉大なる森の中腹は、いうなれば、魔物の蔓延る危険な領域である。一介の高校生である陽介にとって、魔物に襲われてしまえば、下手をすれば則お陀仏だ。

「ゲームの世界っぽいから、何かないのか。こうステータス!とかデバックモード!とかさぁ………あれ?」

 愚痴をぐちぐちと述べていたところで、陽介はふいに違和感を覚えた。

目にゴミでも入ったのか、一瞬、そう思ったため、目を擦ってみる。

 ゴミは、取れない。いや、そもそもゴミではないかもしれない。

「何だ、この+マーク」

 陽介の視界の隅っこ、具体的に評すれば、視界の左上端に、+のマークが浮かんでいた。首を傾げ、右を向いて、左を向いても、その+マークは、陽介の左上端に着いてくる。

「これは、一体……触れてっっわっ!」

 

 陽介が、右手の指で、+に軽く触れた。

すると、一瞬の内に見慣れすぎた画面が、陽介の視界にぴょこんと生えてきた。


- ファイル 編集 モード スケール ツール ヘルプ 

 📓 💾 ✁ © ↶ ✎ ■ ● ▶ データベース


「な、な、な!何だこれ!?いや分かるけど!え?!」

 

 まさか、そんな、馬鹿な、嘘、いや、でも、ありえる。ありえてしまえる。


昨日ぶりに、陽介の頭の中は、混乱で支配されてしまいそうになったが、今のこの状況は、ありえない現実であるのだから、目の前の状態もありえるのだろう。


 と、なんとなく、直ぐに落ち着くことができてしまった。


 念のため、数回程、ごしごし眼を擦ってみたが、陽介の視界には見慣れた文字とピクトグラムの数々が残ってしまっている。なるほど、夢ではないようだ。


「クリエイトゲーミングのホーム画面じゃないか」


勝手知ったるなんとやら。現実ではあるが、夢のような状況。ゲームの中のようで、今は、現実世界なのだから、こういうことはさもありなん。


「ファイルっていうと、あのファイルというわけだけど」

 陽介が、おそるおそると、ファイルと書かれた文字へと指を這わすと、見慣れた選択肢が浮き上がっていく。


 プロジェクトの新規作成

 プロジェクトを開く

 プロジェクトを閉じる

 プロジェクトを保存

 プロジェクトを終了する。


「これ、終了したらゲーム自体を終えるわけだから、元の世界に戻ることができる?いや、これもし違ってたら、ヤバイよなあ」

 

 プロジェクト。英語で計画を意味するこの言葉は、クリエイトゲーミングにおける、ゲーム本体のことを指している。

 陽介の作っているアルトロメアという題名のゲームは、クリエイトゲーミング内のプロジェクトという一つのデータの集まりだ。故に、アルトロメアと酷似するこの世界に居る現状、閉じたり、終了したりすれば、どうなるのだろうか。

 元の世界に戻ることができるかもしれない。何もかもなくなってしまうので、そこで人生終了するかもしれない。


「えー、とりあえず、開くを押してみて……あれ、何も起きないな」


 プロジェクトを開くの文字に、陽介が指を這わせたところで、特に何も浮かばない。本来ならば、PC内部にあるデータを参照するために、ウィンドウが出てくるのだが、現実には、参照するデータがないということなのだろうか。


「じゃあ、新規作成とかは……あ、やばい。できるんだ」


新規プロジェクト名  ゲームタイトル 

     OK   キャンセル


新規プロジェクトを開始すると、現在開いているプロジェクトが閉じてしまう。

一度に、二つのプロジェクトを起動できないのは、クリエイトゲーミング上の仕様であるため、この場合、新しいものを作ってしまえば……。


「うん、とりあえず」

陽介はキャンセルボタンを押して、なかったことにしておいた。


「うにゅぬー、ヨースケぇおはよぅ」

「あー、ごめん。おはようルゥルゥ。起こしちゃったな」


 陽介が画面をあれやこれやと弄る為に、手を動かしてしまえば、折角、寝ていた幼子が起きてしまうのも道理だった。


「んーんー、早く起きるの好きー」

「そうかあ。そういえば、今何時だろなあ」


 ルゥルゥがもにょもにょと、目を擦ったりしているのをほんわかと眺めつつ、陽介は、視界の左端のボタンが、-の表示になっているのを確認した。

 その部分へ手を這わしてやると、元の+の表示へと変わって、視界の映っていた文字とピクトグラム消えていく。


「キーンはまだ寝てるか」

「キーにぃは、だらしがないからなー」

 

 ルゥルゥはしっかりと覚醒したが、キーンは未だに、陽介の右足に張り付いていた。穏やかな寝顔を見ながら、ルゥルゥはやれやれ仕方がないなーと言った風に、溜息を吐く。その姿は、妙におかしくて、陽介は笑ってしまった。


「はははっ!いやーこれから、何とかやっていけそうな気がするよ!」

「良かったねー。わーきゃー!」


 ルゥルゥの頭を全力で撫でまわしてやりながら、陽介は、わちゃわちゃとゲーム世界の朝一番を笑顔で楽しんだ。












 



 

 


 








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