第5話
ルゥルゥは、キーンに仕事が残っていると、仕事場へ引っ張られることに関して、若干の抵抗を見せた。しかし、陽介が「また後で、たくさんお話しようね」と伝えたところ、さっさと仕事を終わらせてくる!と元気に言い残して、初めの勢いと同じくして、走り去っていった。
キーンはというと、そんなルゥルゥを追いかけるように走っていく中で、一度陽介へと振り向いて、お辞儀をする。何だか、対照的な二人だった。
「……随分、懐かれたな」
「物珍しいんでしょうね」
ギーベンが、じとりとした視線で、陽介を見やる。何を考えているのだろうかと思えば、子を持つ親とは、大体考えることは同じのようだ。
「娘はやらんぞ」
「そういう気はないので、犬歯を見せないで頂けますかね」
ギラリと並ぶ歯は、鋭くて痛そうを通り越して、噛まれたら死ねるなと思える感じの物騒さが見て取れる。思わず、敬語になってしまうのは致し方ない。
「まあいい。とりあえず家に帰ったら、飯にするか」
「はい、お願いします」
とりあえず腹の虫を鳴り止ませたいので、何でもいいので、食べ物下さい。
ギーベンの家へは、さほどの時をかけずして、到着する。
家々の造りは、木造のログハウス然とした建物のようで、△屋根と均等に切りそろえられた丸太がしっかりと組まれており、とても頑丈そうだった。
ギーベンが先に、数段の階段を登って、木製の扉を開いて、中へと入って行く。
陽介もその後ろへとついて行き、家の中へと入った。
「今、戻った」
「あら、ギーおかえりなさい」
鈴のような音が、りりん、と鳴り響くと同時に、ギーベンが帰宅の挨拶を告げる。すると、奥の方から柔らかな声音で誰かが迎えの言葉を返した。
そうして、声を上げながら、玄関までやって来たのは、やや薄い茶色の毛並みをした犬獣人の女性だった。
「俺の妻だ。セイルン、今日は客を連れてきたんだ」
「随分と珍しいお客様ね。初めまして、私は、ギーの妻のセイルン・ザッハと申します」
「は、初めまして、俺は守塚陽介と言います」
ニコリと笑顔のセイルンに対して、陽介は妙に照れてしまって、口調がややどもってしまう。顔つきはギーベン同様に犬顔であるものの、どこか表情は優し気であり、上品さを感じる。セイルンはエプロンを着用しており、料理の最中であったのか、室内はとても食欲を刺激する良い匂いが充満していた。
ぐうう。と腹の虫が返事をしてしまうのも、致し方がないことである。
「あら、おなかが減っているの?」
「ああ、何か食わせてやってくれ」
「うう、も、申し訳ないです」
何だか情けなくて、俯いてしまったが、セイルンは楽し気に笑って、陽介への食事を用意をしてくれた。
「人族の方に料理を出すのは初めてだわ。お口に合うといいんだけど」
犬獣人と人族が食べる食事は、違うのだろうか。
まさか、ドッグフード的なものが出てきたりするのかもしれないと、少しばかり身構えていたが、陽介の考えは杞憂に終わる
ふかふかと湯気の立っているパン。焼きたて特有の良い匂いだ。
見たことのない大きな魚の切り身。しっかりと焼き目が付いており、じゅうじゅうと音を立てて、大変、食欲をそそる。
肉と野菜らしきものがゴロゴロと入ったスープ。色取り取りの野菜は、目で見ても綺麗で楽しめる。
山と盛られた木の実と果物との盛り合わせ。上から甘い匂いのソースが掛けられており、光に反射してキラキラと輝いていた。
テーブルに並べられた食事の数々へ向けて、陽介の出す答えは一つしかない。
「めっちゃ美味そう!」
「セイの料理は森一番だからな」
「やだーギーったら言い過ぎよぉ」
惚気る犬獣人夫婦の掛け合いは、生暖かい視線だけを向けておく。
目の前の料理に集中しよう。
森の恵みと作ってくれた人への感謝を込めて。
「いただきます」
結論から言うと、人生の今まで食べた御飯の中で、一番美味しかった。
空腹は最高の調味料である。いや、料理自体の味付けが物凄く良かったのだろう。
ギーベンの言う通り、森一番の腕だと惚気るだけはある。
陽介が、がつがつむしゃむしゃと食事を終えて、満腹感に浸る中、「ただいまー」という声が二つ届いた。
「おかえりなさい。ルゥ、キー」
「おかーさんただいまっ!」
どんという衝撃が聞こえてきそうな程度に、弾丸的な速度でルゥがセイルンへと抱き着く。さすがは、犬獣人の母であるのか、びくともしていない。
「ただいま帰りました」
ルゥルゥとは打って変わって、キーンは淡々と挨拶をして、肩に引っ提げた茶色の鞄を床へと下ろす。
「おかえり。早かったな」
「親方から今日はもう帰っても良いって言われました」
キーン曰く、ザッハ宅に客人が招かれているという噂は、既に村中に届いているらしい。
「あー!ヨースケ先にご飯食べてるのー!ずるいー!」
「ご、ごめん!空腹が限界でっぐふう!」
ルゥルゥが陽介の腹を抉る様に、拳で貫いてくる為、色々と溢れそうになってしまったが、何とか気合でこらえる。
「こら!ルゥそんなことしたら駄目よ!」
「はあーい」
セイルンがルゥルゥを窘めると、素直に聞き入れて、離れていく。
どうやら、子供への躾というものは、母親が担っているようだ。
陽介がギーベンの方へと物は言わぬ視線を投じると、何かを察して、ごほんとバツが悪そうに、咳込んだ。
「ヨースケさんは楽にしていてね。さ、みんなも御飯を食べましょう」
セイルンが、陽介へと笑顔で告げて、家族の食事をテーブルへと用意していく。
「えっと、俺も何か手伝わせて下さい」
流石に、食事を先に取らせてもらって、何もしないのも心苦しいことこの上なかったので、セイルンへと何か手伝わせてほしいことを伝える。
「そうねえ。なら、お手伝いお願いしようかしら」
ギーベン家の食事の配膳、洗い物を手伝ったり、お風呂を沸かしたりといった細やかな家事の手伝いを行う。そうして、陽介は就寝まで、ルゥルゥやキーンと激しく賑やかに談笑しながら、過ごすことになった。
「ヨーニィ!髪の毛カチカチで固いねえ!」
「痛い痛い痛い!髪の毛引っ張ったら抜けるから!やめて!」
「人族って毛少ないですね。寒くないですか?」
「ちょ、そこはこそばい!ちょ、つーって指で腕を撫でないでっ!」
「ルゥもキーも随分懐いちゃったわね」
「ああ」
「そこ!しみじみと頷いていないで、二人を止めて下さい!」
「ヨーニィ!尻尾ないの!何で!?」
「本当だ、お尻つるつるしてる!」
「あー!駄目!色々駄目だからぁ!!」
わちゃわちゃと、幼い犬獣人達の玩具にされながらも、陽介は中々どうして、ゲーム世界の一日目を楽しく過ごすことが出来た。
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