第4話

 ギーベンの案内で、森の中を歩んでいる中、陽介は周囲の景色を見ながら、思案を続けていた。

 ゲームの設定。細かいものも漠然としたものも、クリエイトゲーミングのメモ機能に、色々と書き込んでいた。しかし、アルトロメアというゲーム世界は、まだまだ未完成であるはずだ。

 ギーベンの話に出てきた偉大なる森という名の大森林。

ライオネイブル領に位置しており、現在進行形で歩み進んでいるこの場所は、どこそこにあるという設定はしていない。

 マップすら未だ作ってはいないし、どんなものがあるのか程度の設定しかしていなかった。


 確か、大森林の奥に、世界樹という大きな巨木があって、妖精が住んでいるとかいう設定をメモした覚えがあったような、なかったような。


「しかし、ふたを開けてみれば、犬獣人が住んでいると」

 

 ギーベン・ザッハという犬獣人。黒い毛並みが全身を包んでおり、ドーベルマンを思わせる凛とした佇まいは、かなり恰好良い。

 幾何学模様が編まれたエスニックな意匠の狩衣に身を包み、体躯をぐるりと一周するような固定式のベルトは、狩弓と矢筒を一対に仕舞えるようになっている。


 陽介は、先を歩んで行くギーベンの背を見ながら、自作のゲームに関しての記憶を掘り返してみるが、こんなキャラを作った覚えないなという結論に達した。

 

 世界の名前は同じで、国の名前なども同じで、けれども、作った覚えのない設定が一人歩きしているみたいなこの感じ。


「ああっ!何かすげえもどかしい!」


「何、くねくねしてんだよ。気持ちわりぃな」


陽介の悶えている姿に対して、ギーベンは、冷ややかな視線を浴びせた。


「ちょっと自分の考えてる世界と違う点がなんかこう……ねっ」


「同意を求められても、何言ってんのかわからん。それより、もう着くぞ」


 ギーベンの背を追って、がさがさと木々の間を通り抜けると、視界が一遍に開けた。

 

 まず陽介の眼に飛び込んできたものは、高い高い、木製の櫓だった。

そこから、下へと視線を移すと、大きな丸太で作られた柵が隙間なく広がっており、集落内の様子は分からない。


「ヨースケ、俺の後ろに着いてこいよ」

「わ、分かった」


 集落へと入る前に、周囲を囲うように堀が掘られているようで、ギーベンの案内で歩む最中、中をちらりと覗いて見ると、刺々しい木の先端が見て取れた。

 どこかの歴史資料館で見たことのある弥生時代の集落を思わせる作りだ。


「お、ギーベン。帰ったか……何だか変な連れてきたな」

「何だ、そいつ人間か。珍しいなあ」


 集落の門前、左右にはギーベンとは別の犬獣人が立っており、陽介達を迎えた。

訝し気に眉をひそめてはいるものの、物珍し気な視線であって、別段、悪感情をぶつけられている様子ではない。


「こいつは、ヨースケという見ての通り、人族だ。どうにも迷っていたんで、一応保護してきた」

「は、初めまして、俺は守塚陽介と……!」


「とうちゃああああああああん!!!!」


 第一人称というものは肝要であるという。陽介は努めて、元気よく挨拶をしてみたが、何かの発した大きな声にかき消されてしまった。


「おっと!ルゥルゥ良い子にしていたか!」

「超いい子にしてたよ!」


 ギーベンの胸の中にすっぽりと小さな犬獣人の子供が納まっていた。

ギーベンと同様に、黒い毛並みをしており、狩衣とは別で若草色をしたチュニックとグレーの丈が短いパンツを着ている。

 お尻から垂れている尻尾がすごい勢いで、ブンブンと振られているところを見るに、随分と喜びに満ち溢れているようだ。

 幼い犬獣人、ルゥルゥの言動と姿を見るに、どうやらギーベンの娘らしい。


「んんんんー!ん?ねぇ父ちゃん!この人だあれ?」

「ああ、こいつは……」

「初めまして、俺は守塚陽介と……!」


「ルゥ!!!仕事をサボるなああああ!!!!」


 再び、陽介の自己紹介のセリフは、大きな声に掻き消されてしまった。

今度は、別の犬獣人の子供が、門前に駆け込んでくる。ギーベンと同様に、黒い毛並みをしており、ルゥルゥとほとんど同じ衣装の幼い犬獣人は、肩で息をして、犬歯をむき出しに、吠えた。


「キーにぃ~はうるさいなぁ。ねぇー、父ちゃん」

「まあまあ、キーン。余り怒鳴ってやるな」


「父様は、ルゥに甘すぎです!まだ仕事が残っているんですよ!」

 

 キーンと呼ばれた幼い犬獣人も、どうやらギーベンの子供らしい。見た感じは、ルゥルゥよりも少しばかり、背が大きく、どこか精悍な顔立ちをしている。

 ルゥルゥよりも年上かもしれないなあと、陽介が思いながらも、しばしの間、同行を見守っておくことにした。


「父様の匂いがするーとかいって、機織りの作業を放り出していくなんて!」

「お出迎えくらいいいじゃんー!キーにぃの頭でっかち!」

「ルゥみたいな怠け者よりマシだ!」


「何よー!」

「何だよー!」


 ルゥとキーンの尻尾がぴんと伸びあがり、顔と顔同士がくっつかないばかりに、迫り合う。ぐぬぬぬといったような擬音さえ聞こえてくるようだ。

 子供同士の喧嘩というのは、傍から見ていて微笑ましい光景ではあるが、如何せんそろそろ止めた方が良いのではないだろうか。

 と、ギーベンの方を陽介が見やると、おろおろと、手を上下させており、あ、これ、叱れない系の親御さんだということを一瞬で理解してしまった。


「このお!」

「わ!くそっこのっ!」


 ルゥのひっかき攻撃をキーンが避けた。お互いが、掴みかかる感じの取っ組み合いを始める頃合いで、陽介は二人の間に入るように、身体を割り込ませた。


「ぐふぅ!」

「わっ!」

「なっ!」


 陽介の背中と腹へと、良い感じの拳が突き刺さる。

子供とは言え、犬獣人の力はどうやら人の子それよりは強力であるようだ。

わりと、かなり痛みがあった。がくりと膝を付いて、その場に蹲る程度には。


「お、おい、ヨースケ大丈夫か」

ギーベンのセリフに、片手を上げて、ちょっと待ってと身振りをする。

丁度、キーンの拳が鳩尾あたりに当たったため、呼吸が不自由になっており、返返答ができない。


 あーやっちゃったというような表情で、ルゥルゥ。キーンは、手を引っ込めて、何やら罰の悪そうに、俯いている。


「……はぁ、うん。落ち着いてきた」


 暫くの間、沈黙が場を支配していたが、ようやく声の出せる状況となって、陽介がその場に立ち上がった。


「とりあえず、皆さん初めまして。俺は、守塚陽介と言います」


 一つ、お辞儀をして、その場に居る犬獣人達へとようやっと自己紹介できた。


「ねぇ、ねぇ、お兄ちゃんは何で耳も毛も尻尾もないの?」

「俺は、人間なんだ。だから、耳はここ、毛はほら一応頭にあるよ」

ルゥルゥの何気ない質問に対して、陽介は目線を合わせて、耳や髪を引っ張りながら、伝えた。

 すると、ルゥルゥの眼がキラキラと輝きだしていく。すごい、初めて見た、何これ?という感じの子供特有の好奇心が満ちて行っているようだ。


「あ、あの」

「ん、どうしたの?」

 服の裾を引っ張られて、振り向くと、キーンが申し訳なさそうに陽介へと視線を向けていた。

「殴っちゃって、ごめんなさい」

「急に飛び込んだのは、俺だからさ。キーン君は悪くないよ」

キーンに対しても、しっかりと目線を合わせて、笑顔で答えておく。

怒られないことに対して、キーンは安心したのか、ほっと息を吐いた。


「お互い、色々思うところはあると思うけど、手を挙げるような喧嘩はしない方が良いよ。怪我とかしちゃうからね」


 ぽんと、ルゥルゥとキーンの頭に手を置き、諭すように、優しく言い聞かせておく。子供の喧嘩を仲裁するなど、余り経験はなかったが、やめろといってやめるものでもないだろう。

 何らか理由を伝えて、やめておいた方が良いと、互いへ理解を求めてあげるのが良いらしい。とはいえ、それで熱が冷めるというものでもないのが難しいものだが、今回ばかりは、陽介の言葉にルゥルゥもキーンも頷いてくれた。


 こういう素直なところを見ると、ルゥルゥとキーンは年齢が近いものがあるかもしれない。そこのところは、またギーベンにでも訪ねようか。と、陽介がギーベンへと視線を投げると、件の父親は、バツの悪そうに頭を掻いていた。


「あー、何だ。ヨースケ……何かすまんな」

ギーベンの謝罪には、ニコリと笑顔だけを向けて、返答としておくとしよう。


「人族って変だけど、何か良いやつっぽいな」

「そうだな。まあ、ギーベンが連れてきたやつだし大丈夫だろ」


 既に傍観者と化していた二人の犬獣人は、左右の門前へと移動して、朗らかに陽介へと笑いかけた。


「「ようこそ、犬獣人の集落、ドゥアッガへ!」」


 二人の犬獣人の声が、重なり合い、陽介の来訪を歓迎してくれた。

その直後、ぐうう。と腹の虫が鳴り、一笑いが起きたことに関しては、割愛しておくとしよう。

 



 









 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る