第3話

 クリエイトゲーミング。誰でも簡単にゲーム作成ができるという管理ツールを用いて、陽介は自分が楽しむ為だけに、ゲームの制作を行っていた。

 誰かにプレイしてもらう。そんなのは、他のクリゲーマー達に任せておけば良い。


 人を動物を魔物を村を街を国を武器を防具を道具を装飾品を考えて、設定し、創造していく。幾つものイベントを。シリアスを。ギャグを。ラブコメを。ミステリーを。ジャンルなんて問わない。思いついたが、クリエイトゲームる。


 高校の級友たちの誘いも断り、幼馴染の強制連行をも退け、両親の冷ややかな目線とお小言さえもシャットアウトして、陽介はゲーム作りを続けてきた。


「ま、まさか、いやでも、こんな現実あるわけないし……」


 陽介が日々思い付きで、色々と継ぎ足し続けては、ボリュームが増してい行くばかりのゲーム。そのゲームの世界の名前は、アルトロメア。 

 

 単なる偶然の一致か。いいや、先ほど、犬の狩り人はなんと言っただろう。


 ライオネイブル領。


 あ、そんなのも設定した覚えあるわ。


「おい、お前大丈夫か。顔色悪ぃぞ」


 陽介の身体は寒くもないのに震えてしまい、親切な犬の狩り人が心配そうにしていた。なんという良い人、いいや、良い犬?なのだろうか。


 陽介はほんの僅かに、冷静さを取り戻す、はずもなく。


「ぬわぁぁぁぁ!ゲームの中とか入ってどーすんだよ!俺は、作って満足なんだよぉ!こんな展開望んでねぇよおおおおーーーー!!!!」

 

「うおっ!だから、いきなり叫びだすんじゃねーよ!」


 犬の狩り人さんとわちゃわちゃしながら、冷静さを取り戻すのには、暫く時間が掛かってしまった。


 

 ある日、森の中、犬さんと出会って、助けられた。

巨大な芋虫。ジャイアントクロウラーという魔物(そういえば設定した覚えのある雑魚敵、推定レベル6の糸を吐く攻撃をして、素早さを低下してくる)の死骸の側にて、犬の狩り人さんへと自己紹介を敢行する。


「俺は、守塚陽介といいます。多分、人族です」


「多分ってなんだよ多分って」


「ステータス!とかで、見れないですかね」


 残念なことに、視界には、ステータス画面は見当たらない。

こういう時は、ステータス画面が出たりして、能力的に物凄く強いとかいう定番なアレはないものだろうか。ないようである。


 犬の狩り人は、陽介の自己紹介した言葉を反芻して、変な名前だなあと呟いた。

ゲーム世界の住人には、余り馴染みのない名前であったようだ。


 いやまあ、確かに横文字の名前は多い。だって、主にファンタジー色の強い世界なのだから。和名の国の設定も確かに行ってはいるが、ここがライオネイブル領であるならば、随分と遠い場所にあるはずだ。所謂、東の果てとかいう場所に。


 陽介が、脳内で自分のゲーム世界の地図を描いているところで、犬の狩り人がため息交じりに、自己紹介を始める。


「はあ、まあいい。俺は、ギーベン・ザッハ。見ての通り、犬人族だ。今日は、集落周りの魔物狩りをやっていたんだが……こんなところで、人族がクロウラーに襲われているとはな」


「その節は、お世話になりました。本当、マジで助かりました。ありがとうございます!」


 陽介は、ぺこぺこと頭を下げつつ、お手間をかけたこと及び、助けてもらったことに関して、礼を言っておく。


「男が簡単に頭下げるんじゃねーよ。まあ、何だ、森の中で危険な目に合ったら、助け合うのが当たり前な事だ」


 それがたとえ、種族が異なろうとも、な。


 ギーベンは、やや目線を斜め上に挙げて、ちょっと照れた風に、そう言い捨てた。


 この方は、どうやら本当に良い獣人さんであるようだ。


「うう、ありがたやーありがたやー」


「なっ、何かその挙動は不気味だから、やめろ!」


 獣人さんにとって、拝む動作は不気味であるらしい。

陽介は、少し賢くなった。ような気がした。

 

 ぐうう。


 ほっとした所為なのか、陽介の腹の虫が鳴り響いた。

そういえば、ゲーム制作に集中し過ぎて、昨日の夜から、何も口には入れていなかった。ぐうう。

 ゲームの世界に入り込んでしまったのは、いつのことだろう。時計を見てはいないため、正確な時間は分からないは、大体、昼が過ぎたくらいだったかもしれない。ぐうう。


「ギーベンさん。俺の空腹が、やばいです」


「さっきから、何回も聞いてるから分かってるつーの。あー、でもなあ、このままお前、モリヅカだっけか。集落に連れて行くのはなぁ……」


「ギーベンさん。守塚は姓で、陽介が名です」


「あー、そうなのか。いやどっちでもいいんだが……一つお前に、ヨースケには聞いておかないといけないことがある」


 ギーベンさんは、神妙な顔つき……かどうかは良く変わらないが、どこか真剣な表情で、陽介を見やった。

 先ほどまでの緩い感じではない、警戒心を含んだ視線で睨まれれば、おのずと背筋がピンと伸びあがってしまう。


「お前がこの森の中に居た理由は何だ?」


「森の中に居た理由ですか……」


 ギーベンの言った言葉を陽介はそのまま口に出して、しばし、考えた。

クリエイトゲーミングで、ゲームを作っていたら、突然光って森の中に居ました。

簡単に説明はできる。正し、理解はされないだろう。


「この森は、偉大なる緑と呼ばれる大森林。その中腹に位置している。危険な魔物が多いし、ただの人族が迷い込むなんてことは、ほぼないといっていい。極偶に、人族の冒険者が大森林の素材を目当てに訪れることはあるだろうが……そんな剣と盾と道具袋だけの軽装で来る冒険者なんて、見たことねぇ」


 剣、盾、道具袋なんて、先ほど、偶然に拾ったものであるし、職業冒険者ではない為、何とも説明ができない。


「もう一度問うぞ。お前がこの森に居た理由は何だ?」


 滅多に人族の来ない森の中腹に、丸腰ではないものの、軽装にすぎる人族、陽介が存在していた。そんなの誰だって、警戒するに決まっている。

 ギーベンが、問い詰めてくるのは、致し方ないこと。そう理解はできるが、どう説明するべきか……と、考えても、何も良い案は出てきやしなかった。


「俺が森の中に居る理由、それは、俺も分からないです」


「……分からない、か」

 

 ギーベンが短く、息を吐き出すように、呟いた。

獲物を入れた布袋を担ぎ直して、狩弓を背部へと収納する。


「じゃあ、ここまでだな」

ギーベンは、陽介に背を向けて、森の奥へと歩みを進めていこうとした。


「待って下さい!」


 ギーベンが去っていくのならば、仕方がないことだ。

正直、こんな怪しい人間に対して、警戒しない方がおかしい話である。

 しかし、呼び止めなければならなかった。


「もう話は終わった。これ以上の手助けはしてやれん……」


「助けが欲しいわけじゃない。話を聞いてもらいたいんです!」


 陽介に対して、背を向けたままのギーベンに向かって、言葉を投げた。

 嘘も誤魔化しもない、真実をしっかりと話しておきたい。

命の恩人?に対しての礼儀であるし、何より、信用に足りえない人間であると思われたくはない。


「俺は、自分の家で、自室の椅子に座って、ゲーム作り……なんというか趣味に没頭していたんだ。そうしたら、突然光に包まれて、気が付いたらこの森の中に居た。そして、芋虫に襲われて、剣と盾と道具袋を拾い、応戦したところを貴方に助けられた」


 本当に助かった。ありがとうございます。

この気持ちは嘘ではないので、陽介は改めて、頭を下げた。


「ギーベンさんが俺にこの森に居る理由を聞きたいって言うけど、俺だって、何でここに居るのか訳が分からないんだ。教えてもらえるものなら、教えてもらいたいよ。気が付いたら、突然、森の中で、芋虫に襲われて、ギーベンさんみたいな二足歩行の犬が弓引いてるとか、ファンタジーすぎるっつーの」


 しかも、陽介自身が作っているゲームの世界だと判明し、混乱の極みを通りこして、どうせなら完成版にして欲しかったと嘆くばかりである。


 いつの間にか、ギーベンは陽介の方へと向き直っていた。

陽介はギーベンへと視線を合わせて、しっかりと問われたことを伝える。

 

「もう一度言います。俺が森の中に居る理由は、分かりません」


 理由が分からないと言うことは、まごうことなき真実だ。

ただ、森の中に住まう犬獣人達に対して、何らかの被害を齎したり、悪だくみをしたいわけではない。


 ギーベンは、陽介の言葉を聞き終えて、あーうー、と唸り声をあげたかと思うと、がりがりと頭を掻きむしった。


「ああ、ちくしょう分かったよ!仕方ねぇなあ!」


 厄介事に巻き込まれた。そんなような表情をしているような気がしないでもないが、ギーベンはどこか楽し気に笑っていた。


「俺の集落に連れてってやる。正し、変な真似すんじゃねーぞ」


「もちろんですとも!」


 ぐうう。陽介の腹の虫も、陽気に答えた。

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