第2話

 ちちちち。

 ちちちち。


 女性の容姿でいうところのお胸ではない。

自由に空を飛ぶ鳥の鳴き声を耳に聞きながら、陽介は、まばゆいばかりの光が治まったばかりの視界を臨み、茫然とした。


「これは一体どういうことなんだ」


 地に足が付く感触。先ほどまでは、自室のPC前にてゲーム制作を行っていたはずであるのに、今現在、どこかもわからない外に居た。

 

 周囲を見回してみれば、見たことのあるような、ないような木々が林立しており、木陰から暖かな木漏れ日が差し込んでいる。

 

 深く息を吸い込むと、マイナスイオンが心地よい。そのような大層な自然環境は、陽介の家の近辺には存在はしていなかったので、ますます頭が混乱の極みへと陥っていく。

 

「え、いやいや、森じゃん。俺は、生粋の都会っ子ですよ」

 

 誰も居ないながらも、一人で突っ込みを入れてみた。

無論、その突っ込みの返答はなく、ただただ、のんびり時間が過ぎていく。


 ちちち、と鳥の鳴く声と、心地よい風の感触を頬に受けながら、まったりできるわけはない。


 え、どうして、何で、助けて母ちゃん。と、そこまで口に出さずに考えていると。ガサガサと目の前の草むらが揺れた。


「だ、誰か居るのか!」


 陽介は、反射的に草むらの方へと声を投げ掛ける。


 どっきりでした!てへぺろ!


 よくある看板を持って、家族や友人や幼馴染いずれかの誰かが、どっきり大成功を笑顔で告げてくれることを期待した。しかしながら、実際に、現れた存在は、異形そのものである。


 陽介の身の丈を優に超える巨大な芋虫。くぱぁと、口を開き、緑色の蛍光色とまだら模様がぬめぬめと輝いていた。


 のそりと、巨大な芋虫は鎌首をもたげて、陽介をじいっと見つめている。ような気がした。


「ぎゃ、ぎゃああああああああ!」

 

 人生最高の絶叫を上げて、陽介はその場を逃げ出した。


 巨大な芋虫を背にして、振り向きもせずに、一心に逃げる。

ずるずる、という地面を抉るような音が背後から聞こえたとしても、決して振り返りはしない。


「うおっっっ!っぐは!」


 しかし、すぐさま何かに足を取られて、転倒してしまった。

地面は短い草が生い茂ってるためか、クッション性があって、幸い痛みは最小限である。


「なんだこれ、け、剣?盾?袋?」

 

 陽介が体勢を整えながらも、足元に当たったものを眺める。

それは、ファンタジーものの定番であるような一振りの剣と盾、布製の袋であった。


 ずる、ずるり。


 陽介は、巨大な芋虫が追いかけてきていることを視認すると同時に、剣と盾を拾い上げて、構えてみた。


 ずしりと重いながらも、剣も盾も、片手で持ち上げることができるほどには、軽量だ。

 これで、芋虫と戦えというわけなのだろうか。いや、一介の高校生には無理だと言わざるおえない。


「そ、それ以上近づくなっ!」


 陽介は怯えながらも、なけなしの勇気を振り絞って、言葉を放った。


 ずるり、ずるりと、巨大な芋虫は、大きく垂直に伸びあがり、口元をぎちぎちと開く。陽介の言葉は、言うまでもなく、効果はなかった。虫に対して、言葉は通じない。


 巨大な芋虫の口元から白い線のようなものが、陽介に向かって、吐き出された。


「うわぁ!」

 

 咄嗟に盾を突き出して、白い線を防ぐ。ぐいっっととんでもない力で、引っ張られてしまい、体勢が前へとよろけてしまう。

 

 すぐさま、盾を持っている左手を離すと、盾が空中へと弧を描いて、跳ねあがっていった。


「ぎゃあああ!キモイ!ヤバイ!マジでヤバイ!」


 粘着性の糸を吐き出すという攻撃。アレに当たるのは生理的にも物理的にも嫌だ。ぎちぎちと、まるで陽介をあざ笑うかのように、巨大な芋虫が口を動かしていく。


「くそっ!こうなったら剣で切り付けてッ」

  

 陽介は、右手に持つ剣を強く握り込み、やけくそに剣での攻撃を試みようと噴気した直後。耳元で、風を割くような音が三つ抜けていった。


 ブスリ。ブスリ。ブスリ。


 ぴぎぃぃぃ!


「うわぁ!」


 巨大な芋虫が、耳障りな悲鳴と共に、緑色の血が吐いて、のたうち回る。その身体には三本の矢が深く突き刺さっており、どくどくと、緑色の出血が周囲を汚していった。

 やがて巨大な芋虫は、地面へと倒れ伏して動かなくなる。


「だ、誰かが助けてくれたの……かっ!」


 陽介の後方から、誰かが矢を打ち込んでくれた。

まずは、味方であるのか、敵であるのか。そのようなことを置いておいて、お礼を言うべきだろうと、件の人物を確認してみやると。


「い、い、犬が二足歩行で矢をつがえてるぅ!?」


 森の中、ファンタジーの定番で言うところやはり、エルフという美形のアレな感じの方だろうかと、内心期待をしていたが、そんなことはなかったぜ。


「折角助けてやったのに、失礼な人族だな」


「しゃべったああああああああ!!!!!」


 うわうわあわわ。陽介は狼狽しながらも、とりあえず、九の字に背を曲げて、お礼と謝罪と、定番のセリフを宣う。


「食べないでくださいぃ!」


「食べねーよ」


 既に、陽介の近くまでやってきた二足歩行の犬は、呆れたように弓を担ぎながら、巨大な芋虫を指さす。


「とりあえず、この魔物は俺が倒したから、素材をもらうぞ」


「ど、どうぞどうぞ」


 命の恩犬に対して、断るという選択肢は全くない。

犬の狩り人は、巨大な芋虫をテキパキとナイフで割いていき、土色の石のようなモノを取り出して、袋へとしまった。その他、首元を割いて、どろりとした白い液体を瓶に詰めたり、口を抉りとったりと、様々な部位の素材を取っていく。


「想像以上にグロいっ!」


 生粋の都会っ子には、割と胃に来るような光景だったが、何とかかんとか、吐くことはなかった。というより、吐くほど何も食べていなかったが正解である。


「じゃ、俺はこれで」


 ぐううと腹の虫が鳴り響く。


「さて。んじゃ、俺はこれで帰るわ」


「ちょっ!何事もなかったかのように、去らないで下さいよっ!」


 陽介が力いっぱい叫ぶと、さらに、情けなくぐううと、腹の虫が鳴り響いた。


「いや、何か厄介事の予感がするし」


「大丈夫です!御飯下さい!」


「い、いきなり図々しいやつだな」


 本音が勝手に漏れてしまった。

いや、まずは、食事の心配をしている場合ではなかった。


「申し訳ありません。あの、一つお聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」


「ん、ああ。答えられることなら、答えるぞ」


 犬の狩り人はかなりのお人よし、否、良い人?であるようだ。

陽介は、自分自身がかなりの怪しい風体の人間であるということを自覚しながらも、まずは一つの疑問を投げかけてみることにした。


「ここって日本ですか?」


「ニホン?二つってどういうことだ?」


「ああえっと、国の名前です。日本っていうのですが」


「そんな国名聞いたことはない。この辺りは、ライオネイブル領の森林地帯だぞ。何でお前みたいな人族が居るのか、こっちが聞きたいくらいだ」


「ライオネイブル領……え」


 犬の狩り人からの言葉に、陽介の思考は一旦停止する。しばしの間、頭の中で次に出すべき言葉を吟味して、いざ口を動かした。


「あの、この星の、いいや、世界の名前ってありますか?」


 どくどく、と陽介の心臓が高鳴る。

いやいやまさか、そんな馬鹿なと思いながらも、犬の狩り人の言葉を待つ。


「お前、世界の名前なんて常識も知らないのか。一体、どこの田舎出身なんだよ。アルトロメアだろ」


 アルトロメア。


「うああああ!マジでええええ!」


「うおっ、急に叫びだすなっ!びっくりするだろうがっ!」


 犬の狩り人がびくりと驚いて、毛並みが一瞬泡だったように逆立ったことに対してのリアクションさえ、今は取れない。

 

 それよりももっと、とんでもないことを気が付いたのだから。


「お、お、おれの造ってるゲームの世界じゃないかあああ!」

 

 どうやらそういうことらしい。


 

 

 



 


 

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