その執念、烈火よりも。


 背を向けるように蹴りから着地した銀の周囲から、円を描くように一斉にきょうだい達が飛び出した。数は三十ぐらいか。銀の頭上へ集まるように跳びながら、その身を脇差に変えると、ゲリラ豪雨のように降り注ぐ。


 銀はそのまま奥へ鋭く跳び、脇差の雨を抜けながら――。脇差の雨を跳び越え迫っていた僕へ、向き直るように左半身から身を捩る。同時にこちらへ振るっていた左腕から、細く鋭い、槍のような火柱が飛んだ。


 それはぶち撒けるような火流かりゅうとも、腕を振るって放たれる大木のような火柱とも、そのサイズは二メートル程と最も小さいが、闇を走るその速度が絶対的に違う。


 ――さっき竹林へ叩き付けられたのは、この攻撃か!


 僕の頭を狙うようなその一撃に、咄嗟に空で身を捩った。槍はヒュンと嫌に軽々しい音と共に、右肩を掠めていく。接触部分の肉がカッと熱くなり、一瞬で激痛に変わった。


 噴き出した血が槍の速度を示すように、激しく散る。


「……!」


 構うか。


 痛みを堪え、その間にも着地すると銀へ走り――。着地した銀の頭へ、右の拳を叩き落した。銀も同時に右腕を突き上げ、互いの拳がぶつかり合う。


 鈍い音と衝撃が、銀の立つ辺りの地面を激しく砕き、その右腕から放たれた炎が、四方へ飛び散った。


「ぐぅッ……!」


 右の拳が熱い。


 熱い。


 熱い熱い熱い!


 すぐにその熱は痛みに変わって、身体は銀を打ち伏せようとする僕に反し、焼け爛れていくその様にのたうち回そうとする。


 ぐっと絶叫を飲み込んだ。


 恐怖を必死に払い、押し負けまいと歯を食い縛る。


「しつけえんだよ……人間がッ!」


 燃え盛る両腕の火の激しさに負けない程、憎悪に満ちた銀の目が不気味に輝いた。僕を押し返そうと、じりじりと立ち上がりながら叫ぶ。


「帰るんだよ――俺は白と! もうてめえなんかに……人間なんかに、不幸な目には遭わせやしねえんだ!」

「それじゃあ変われないんだよ……! 君も、一番合戦さんも! 一番合戦さんは、向き合おうとしてるんだ――! 歪で、間違ってたけれど!」

「てめえらが横槍して、惑わせてるだけだろうがッ! だったら何で……何であんなに、辛そうな顔してんだよ! 本当に人間が好きなら俺なんて――。知らねえ振りして、とっくに追い出してるだろうがッ!!」

「だからそれは、君を思ってるからなんだよ!!」

人間てめえの言葉なんぞ信じられるか!!!」


 銀が怒りに任せ立ち上がった瞬間、ばごんと僕の拳が、肩まで焼き尽くされ弾け飛んだ。


 腕が消えた。


 跡形も無く。


 包んでいた炎が消えた、銀の左の拳が顔に迫る。


 赤猫の力を火から、身体能力に振り替えた拳。


 ほんの手前までせり上がり、漏れかけた悲鳴を飲み込んで僕は叫んだ。


「――豊住さんッ!!」

「ありったけだこの野郎!!」


 僕が咄嗟に顔の前に左腕を翳した瞬間、ごば、と激しく銀が吐血する。


 腕が吹き飛ばされるような痛みと鈍い音で、視界が真っ白に弾けた中――。銀の背後の影から現れた人型の豊住さんが、渾身の力を込めた左の手刀を、彼の背中へ突き立てた。


 人狐とは本来、戦闘向きの百鬼じゃない。


 成り上がりを果たしていようとも、原点であるその性質からは抜け出せない。変化、火を無効化する力を得ていようと純粋な戦いとなると、焚虎たけとらの力を封じられた状態での一番合戦さんに、攻撃を受けていたように。殴り合いは向いていないんだ。豊住さんは。


 それでも銀の隙を突く為に、自身の力を一時的に身体能力に回し――渾身の力を込めた、手刀を放つ。


 背中から銀を捉えた一撃は、肉を抉ってわたを突き破った。


「ごあっ……」


 初めて銀が、がっくりと膝を着く。


 それは怒りか、執念か。背後から腹を刺されながらも殴り飛ばされた僕は、頭を飛ばされずには済んだものの、代わりに翳した左腕を殴り折られる。


 肘から先がぶんっと空を舞い、腕からは血が噴き出して、僕は絶叫を上げながら吹き飛ばされた。


「があああああああああああああああッ!!!」


 銀は僕を殴り飛ばした左腕を振るいながら、身を捩ると豊住さんを薙ぎ払う。


 殴られた豊住さんは地に叩き付けられると、今の一撃で力を使い切り、きょうだい達と同じ小さな狐の姿に戻った。人狐本来の大きさだ。主の着物の懐に入って、健気に命令を待つ本来の姿。


 背に穴を開けられ、口からも血を流しながらも――。銀は執念で豊住さんへ振り返ると、その小さな身体を蹴り飛ばす。石ころのように吹き飛ばされた豊住さんは、激しく地に叩き付けられ、ぱっと血が細かく飛び散った。


「ぐ……!」

「このっ……! クソ狐がぁ……!」


 ほんの数メートル先に倒れる豊住さんを踏み潰そうと、更に銀がふらふらと歩き出す。きょうだい達が遮ろうと、辺りの影から現れ噛み付くが、銀は払いもせず止まらない。


 ……もう終わりなのか。


 僕は両腕を失ったような状態で吹き飛ばされ、豊住さんは力を使い切り、変化も出来ず動けない。


 どこを切っても、絶望。


「と、豊住さんっ……!」

「殺してやる……! てめえも、あのガキも……!」


 きょうだい達を振り払いながら、ふらふらと豊住さんへ銀は迫る。のたうち回る僕も逃がすまいと、背中越しにこちらを睨んで、腕を振るった。炎が塊になって、僕を焼き殺そうと飛んで来る。


 視界が赤く染まり――。それを上から塗り潰すような、に染まった。


「なっ、何だ……!?」


 黒の果てから、戸惑う銀の声が響く。僕は上も、下も、左右も無い、真っ黒の中でそれを聞いていた。


 豊住さんと黒犬は、近い部分がある。影の中に潜れ・・・・・・かつその中なら・・・・・・・自由に行き来出来る・・・・・・・・・という性質が。


 こんな事が出来るのは、一度きりだ。


 そもそも銀は僕らと、全くと言っていい程攻撃範囲が違う。どこから出て来るのか分からないならと、四方に火を撒き散らされてしまえば、そこ・・から抜け出した途端丸焼きにされる。


 だから、この瞬間を待っていた。


 豊住さんと捻り出したこの隙を、最大限に生かす為に。


 僕は残りの黒犬の力を全身に纏い――。豊住さんを踏み潰そうと迫る血塗れの銀の遥か頭上の影から、巨大な狼男のような姿になって飛び出した。


 右腕は消えたまま、左腕は肘から先から消えたままで――。渾身の力を込めた両足で、頭から銀を踏み潰す。



「いっけえ!!」



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