君がいないと始まらない。


 岩の塊でも踏んだような有り得ない硬さの感触が、ぐしゃりと潰れるように両足へ伝わった。


 血を纏った地面は蜘蛛の巣状に大きく砕け瓦礫と化すと、花弁のように隆起して、苛烈なまでに激しく四方へ散る。


 巻き込まれた豊住さんやきょうだい達が、視界の外へ飛んで行った。


 吹き荒れる砂塵が止み……。肩で息をする僕はゆっくりと、足元を見下ろす。


 ――もぞりと、何かが動いた気がした。


 それを認識した途端、目の前が真っ赤に燃える。


 足元から噴き出した火に包まれ、僕は吹き飛ばされた。


「ぐあっ――ああああああああああああああああ!!?」


 まだ動けるのか……!


 気が触れそうな熱さと痛みに襲われ地を転がり、単に暴れているのか、火を消そうとしているのか自分でも分からないまま、頭の端で辛うじて思考する。


 僕が吹き飛ばされた位置――。地面が砕かれた中心部に目を向けると、血塗れになった銀がひしゃげた右腕と左足を引き摺りながら、芋虫のように地を這って起き上がっていた。


 両腕からは纏っていた火が消え……。内臓も潰れたのだろうか。ぜえぜえと、今にも肺が潰れてしまいそうな喘鳴ぜんめいを漏らしながら、胸を刺すような鋭い目で僕を睨む。


「……て、めえぇ……!」

「……!」


 何とか火を消せた僕は、立ち上がろうとするも蹲ったまま動けない。黒犬も先の一撃で力を使い切ってしまい、人間の姿に戻ってしまう。


 もう限界だ。これ以上は……。


 銀は伏したまま、潰れていない左腕を僕へ翳した。左腕はぱちぱちと火花を散らすと――。ボッと激しく発火する。


 胃がすとんと落ちるような寒気を、火傷の痛みを押し退ける程強く覚えた。


 焦らすようにゆっくりと振るわれた左腕から、血と共に火柱を放たれる。


 その時、ヒュンと鋭い音が、僕の背後から闇を切り裂いた。


 音は僕と銀の間に飛ぶと火柱とぶつかり、激しく爆ぜて火柱を掻き消す。音は飛び散った火の粉の中から――。その正体を現した。


 抱えていた、髪が白くなった赤嶺あかみねさんを下ろしながら、火柱を断ったのだろう焚虎たけとらくわえた一番合戦さんが、銀に向かってゆっくりと立ち上がる。


 銀が、ゆっくりと目を見開いた。


「白――」

「九鬼君ッ!!」


 下ろされた赤嶺さんが、僕へ走り寄って来た。走りながら僕の状態に気付くと、身をよじって後ろへ叫ぶ。


「一番合戦!」


 一番合戦さんは焚虎を銜えたまま、迷わず左手で右手首をじり切ると、その右手首を赤嶺さんへ投げた。


 赤嶺さんは、血を撒きながら飛んで来る一番合戦さんの右手首を宙でキャッチすると、うずくまる僕の頭上でそれを翳す。下に向けた断面からばたばたと血が流れ、それを浴びる格好になった僕は、赤嶺さんを見上げた。


「……あ、赤嶺さん……。その髪……」

「――赤猫あかねこの力を回復力に回してる、一番合戦の血よ。人間なら浴びれば大抵の傷病は治るって。あたしもあいつに潰された肩、治して貰ったから」


 魂喰たまぐらい死炎しえんを使ったのかという問いを遮るように、赤嶺さんは素早く言う。信じられない事に、その間にも全身の火傷が消え、痛みも全て消え去った。信じられない事に、吹き飛ばされた腕まで元に戻っている。


「豊住は?」


 差し出された手を取り、余りの回復力に戸惑いながら僕は答える。


「えっと、攻撃に巻き込まれて……」


 辺りを見渡そうとすると、足元に気配を感じた。


 見下ろすと、小狐が一匹座っている。


 ……豊住さんだろうか?


「申し訳ございませんが、我々はここまでで。お姉様に休養が必要となりました。また改めて」


 妹さんか。


 声で判断している内に、妹さんは素早く言って頭を下げると、影に潜って見えなくなる。辺りを見渡しても人狐は、一匹も見当たらなくなっていた。


「……九鬼!」



 静まり返った闇の中、一番合戦さんの声が響く。赤嶺さんの背中越しに、焚虎を収めながらこちらに駆け寄って来た。



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