いざ、幕引きへ。
上へ左右へと遮られた火の波が流れる中、腕も翳していなかった豊住さんが、小さく息を吐いて落ち着くと、前方を睨んだまま続ける。
「――ああなると自慢の耐火性も意味が無くなるね。幾ら成り上がりしてたって元々戦闘向きじゃない人狐じゃ、赤猫の身体能力には追い付けない」
昼間の作戦会議でも、懸念されていた事である。
僕は、小狐の壁からはみ出ないように身を屈めながら、豊住さんの無残な左腕に目をやった。
「……大丈夫なの? その腕……」
「集中しなさい戦闘中よ。つまり作戦会議でも話し合ってたように私達豊住は、バックアップしか出来なくなったって事なんだから」
豊住さんは僕を見上げると、ぴしゃりとはねのける。でも当然痛みは感じているようで、額からは汗が噴き出していた。呼吸も荒くなっている。
僕は胸の痛みを払おうと、頭を振った。
火はまだ止まない。銀からすれば豊住さん達は、完全に未知の百鬼だ。どう対処するべきか悩んでいるのか、火で足止めを図ろうとしているらしい。
僕は火の津波の先にいるだろう、銀を見た。
「……まあ結局、予定通りに作戦をこなすしかないって事だよね」
「まあね」
豊住さんは短く応じる。
僕は、一緒に吹き飛ばされた際に負った擦り傷の痛みが中々消えなくて、身体を見下ろした。
――治っていない。
「……そろそろ相殺も限界だ。さっき頭と……。胸を貫かれた傷が効いてる」
足元の影から、疲れの滲む黒犬の声がした。
「この戦いの間だけで、何度死んだ事をチャラにしてるか……。もう小さい傷は我慢しろ。まだ何とかしてみせるが……。最低でも、もう一撃で死ぬな」
「……分かった」
「佳境だね」
豊住さんは左腕を庇っていた、右腕を下ろす。
「この火が止まったら、きっと最後だよ。次の動きでケリをつける。じゃないと、こっちの身が持たない。作戦を遂行出来るだけのパフォーマンスが発揮出来るのは、次が最後」
「だね。赤嶺さん達の方はどう?」
「言ったら油断するでしょ」
「厳しいなあ」
苦笑すると――。火が止んだ。
きょうだい達は役目を終えたように、影に潜って消えて行く。遮るものが消えた先には、燃え盛る地の上に、ごうごうと左腕を燃やす銀が一人立っていた。
銀はボッと、再び右腕も燃え上がらせながら吐き捨てる。
「……しつけえ連中だ。何かと思えば……。そのガキの仲間かよ。女狐」
豊住さんは挑発的な笑みを浮かべると、顎を軽く
「私の庭を荒らしておいて随分な態度じゃない。馬鹿みたいに高い買い物をしたようね」
「人間共に媚び
「女一人振り向かせられないで大妖怪とはお笑いね」
来るよ。九鬼くん。
聞き逃しそうな小さな声で、豊住さんが言った。
僕は前を向いたまま、小さく頷き返す。
「何が来ようと同じなんだよ……。俺は白を、連れて帰るんだ!」
銀は吠えると、こちらへ向かって駆け出した。
もう言葉は要らない。
僕と豊住さんは銀を見据えたまま、互いに拳を作った手の甲を、こつりとぶつけ合う。
作戦開始の合図だ。
豊住さんはきょうだい達が控える影に潜り、僕は銀を迎え撃つ。
銀は右腕を振るうと、火柱を放った。
もう後ろには下がらない。凄まじい速度で向かって来る火柱へ走りながら、左へ往なす。
火柱が通り過ぎたと当時に、もう目の前に銀が迫っていた。火柱を放つと同時に地面を蹴って、距離を詰めていたらしい。
ぎょっとして、一瞬動きが鈍る。
燃える左腕の拳が、眼前に迫った。
咄嗟に背を丸めながら、懐に潜り込むと、頭上を抜けていく銀の左腕。
もう銀が纏う火の熱さが、言葉にならない。
眼球が枯れるようだ。近付くだけで汗が噴き出し、喉が渇いて、飛び散る火の粉に目を細める。
それでも熱と渇き、火の眩しさを潜り抜け――銀の左脇に、右の拳を放った。
くふっと、肺から空気を押し出された、銀の呻き声が漏れる。
拳が熱い。焼けるようだ。
痛みを耐え、続けて左の拳を鳩尾へ打つ。
同時に腹へ、鈍い衝撃が走って息が止まった。咄嗟に左足を突き出されたようで、距離を取られる。
「うっ……」
呼吸のリズムを崩され、腹の痛みと相俟って苦しい。
苦悶の表情を浮かべた銀は、振り抜いた左足を軸に身を捩ると、右へ百八十度回転の蹴りを放つ。
まずい。
頭の横で左腕を曲げる。何とか蹴りを受け止めようとするが、その苛烈さに吹き飛ばされた。もう何度目だろう。派手に地面を転がされる。
だがそれでも、負けるものか。
両足も黒犬の力で獣と化すと、現れた不気味な爪で、地面を掴んで立ち上がって走り出す。
両手両足、獣仕様。
もう傷の相殺は見込めない。ならありったけの力を、回避能力と攻撃に回す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます