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泡沫に踊れ。


「お前の言う事なんか信じねえぞ……。べったり白の匂いを纏いやがって……」


 周囲の空気の温度が、じりっと上がったような気がした。


 銀はまだ、頭を抱えて俯いている。


「――生きていれば頭ぐらい飛びます。どうかしゃんとして下さいね。ここから先の苦痛は、今までの比では無さそうですので。我々には無縁な痛みですが、火傷も根性で我慢して下さい。黒犬様の相殺能力は、どうやら非常に優秀なようですから」


 妹さんは涼しい調子で続けると、それっきりで喋らなくなった。


 話を聞きながら銀を見据えていた僕は、彼の言葉もしっかりと受け止める。


「……信じて貰えないなら、仕方無いさ。信じて貰える方がおかしいぐらいの許されない行いを、こっちは散々したんだから」


 やくざ者と、彼らを雇った幕府、そして枝野組は、一番合戦さんを赤猫にして、殺した。どっちも人間の都合で。


 それでも人が好きなのをやめられなくて、人と百鬼の間に立ち、二度とこんな事が起きないようにと鬼討になった所に、今度は僕が、自分の罪を半分も押し付ける。一緒に背負うと、例え赤猫であって長命であったとしても、僕の都合でこの先の人生を、縛り付けてしまった。


 耳を傾けて貰える方が、どうかしてる。


 でも駄目なんだ。これ以上、未熟な思いのままに動くのは。誰かがどこかで止めないと、この過ちは永遠に繰り返す。それを一番合戦さんは一身に担おうとしているけれど、それは君がしないといけない事じゃない。それは僕らがやらなければならない事で、君が本当にしなきゃいけない事は別にある。


 なんてもう、繰り返さないけれど。


 僕らの言葉なんて重ねるだけで、不愉快な事この上無いんだから。


 説得なんて最初から、僕には出来やしなかったんだ。


「だからせめて、やり場の無いその思いを受け止めるよ。それしか僕らに残された、償いらしい行いは無い。でも悪いけれど、やられっ放しで終わるつもりは無いからね。僕が苦しんだら一番合戦さんが悲しむように、君が苦しんでも一番合戦さんは、悲しむんだから」

「その偉そうな口の利き方が気に入らねえんだよ……――人間がッ!!」


 ボッと激しい、爆発したようなような音を上げると、叫びと共に横へ振るわれた、銀の右腕が燃え盛る。銀が立つ地面の右側は、振るった腕に怯えるように、火の粉と共に粉々に砕けて飛び散った。地面は銀の立つ位置から背後へと、ぐるっと巨大な半円を描くように、深々と軌跡を描いて抉られる。


 その衝撃に目を奪われている隙に、飛び出していた銀が目の前に迫った。低く風を切って飛んで来る彼の、蹴り出した強さの余り、瓦礫と化した足元が、岩のように四方へ飛ぶ。


 でも今度は、余所に気を取られていない。


 もうわざわざ目を向けなくても、肌で分かってしまうのだ。銀が纏う、熱せられて、赤々と燃える鉄のような体温で。


 近付かれるだけで熱い。


 位置情報と同時に、もう触れただけで焼かれてしまうだろうと、その地獄のような熱気で身が竦む。


 まだ五メートルは距離が開いているだろう位置から、銀は上手うわてに振りかぶった右腕を左に払った。何をする気かと考える暇も無く、右腕が伸びたように、大木のような火の塊が飛んで来る。闇が炎で、一気に昼間のように照らされていく様が、死に土産のように鮮やかに目に焼き付いた。


 温度が今までの比じゃない。熱さで噴き出す汗と、恐怖や緊張からの脂汗を感じながら、上へ跳んで火柱を躱す。空中で咄嗟に身を捩り、後ろを見た。


 そっちには、竹林があった筈だ。あんな高温の火を叩き込まれたら、あっと言う間に山火事に――。


 岩でぽっかりと開けられた穴へ吸い込まれるように、横から入って来ようとする火柱が、見えない壁に阻まれるように竹林の前で砕け散る。


 異変に気付いた銀は、目を見開くと急停止した。彼が動く度に右腕から火が飛び散り、彼が触れた地面は燃え上がる。


「!? 何だ――」


 豊住さんだ。


 直前で影から飛び出し、その身で火を受け止めた小狐が、飛び散る火の中を掻き分けるように銀へ走る。駆けて行く中でその一匹に追走するように、影から更に一匹、二匹と数を増し、五匹の群れとなると銀へ飛びかかった。


 突然現れた火が効かない小狐達に、噛み付かれた銀は慌てて腕を払う。


「狐っ……!? おい何だこの――」

「九鬼様!」


 銀の立つ辺りの影から、妹さんの声が飛んだ。


 既に拳を振り上げていた僕は、そのまま真っ直ぐ銀へ落ちる。妹さんの一声で小狐達が影へ逃げ込んだのと、獣と化した僕の拳が銀へ打ち込まれたのは同時だった。


 その一撃の重さを知らしめるように、銀が立つ位置を中心として、隆起するように地面が割れて炎が舞う。



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