42
泡沫に踊れ。
「お前の言う事なんか信じねえぞ……。べったり白の匂いを纏いやがって……」
周囲の空気の温度が、じりっと上がったような気がした。
銀はまだ、頭を抱えて俯いている。
「――生きていれば頭ぐらい飛びます。どうかしゃんとして下さいね。ここから先の苦痛は、今までの比では無さそうですので。我々には無縁な痛みですが、火傷も根性で我慢して下さい。黒犬様の相殺能力は、どうやら非常に優秀なようですから」
妹さんは涼しい調子で続けると、それっきりで喋らなくなった。
話を聞きながら銀を見据えていた僕は、彼の言葉もしっかりと受け止める。
「……信じて貰えないなら、仕方無いさ。信じて貰える方がおかしいぐらいの許されない行いを、こっちは散々したんだから」
やくざ者と、彼らを雇った幕府、そして枝野組は、一番合戦さんを赤猫にして、殺した。どっちも人間の都合で。
それでも人が好きなのをやめられなくて、人と百鬼の間に立ち、二度とこんな事が起きないようにと鬼討になった所に、今度は僕が、自分の罪を半分も押し付ける。一緒に背負うと、例え赤猫であって長命であったとしても、僕の都合でこの先の人生を、縛り付けてしまった。
耳を傾けて貰える方が、どうかしてる。
でも駄目なんだ。これ以上、未熟な思いのままに動くのは。誰かがどこかで止めないと、この過ちは永遠に繰り返す。それを一番合戦さんは一身に担おうとしているけれど、それは君がしないといけない事じゃない。それは僕らがやらなければならない事で、君が本当にしなきゃいけない事は別にある。
なんてもう、繰り返さないけれど。
僕らの言葉なんて重ねるだけで、不愉快な事この上無いんだから。
説得なんて最初から、僕には出来やしなかったんだ。
「だからせめて、やり場の無いその思いを受け止めるよ。それしか僕らに残された、償いらしい行いは無い。でも悪いけれど、やられっ放しで終わるつもりは無いからね。僕が苦しんだら一番合戦さんが悲しむように、君が苦しんでも一番合戦さんは、悲しむんだから」
「その偉そうな口の利き方が気に入らねえんだよ……――人間がッ!!」
ボッと激しい、爆発したようなような音を上げると、叫びと共に横へ振るわれた、銀の右腕が燃え盛る。銀が立つ地面の右側は、振るった腕に怯えるように、火の粉と共に粉々に砕けて飛び散った。地面は銀の立つ位置から背後へと、ぐるっと巨大な半円を描くように、深々と軌跡を描いて抉られる。
その衝撃に目を奪われている隙に、飛び出していた銀が目の前に迫った。低く風を切って飛んで来る彼の、蹴り出した強さの余り、瓦礫と化した足元が、岩のように四方へ飛ぶ。
でも今度は、余所に気を取られていない。
もうわざわざ目を向けなくても、肌で分かってしまうのだ。銀が纏う、熱せられて、赤々と燃える鉄のような体温で。
近付かれるだけで熱い。
位置情報と同時に、もう触れただけで焼かれてしまうだろうと、その地獄のような熱気で身が竦む。
まだ五メートルは距離が開いているだろう位置から、銀は
温度が今までの比じゃない。熱さで噴き出す汗と、恐怖や緊張からの脂汗を感じながら、上へ跳んで火柱を躱す。空中で咄嗟に身を捩り、後ろを見た。
そっちには、竹林があった筈だ。あんな高温の火を叩き込まれたら、あっと言う間に山火事に――。
岩でぽっかりと開けられた穴へ吸い込まれるように、横から入って来ようとする火柱が、見えない壁に阻まれるように竹林の前で砕け散る。
異変に気付いた銀は、目を見開くと急停止した。彼が動く度に右腕から火が飛び散り、彼が触れた地面は燃え上がる。
「!? 何だ――」
豊住さんだ。
直前で影から飛び出し、その身で火を受け止めた小狐が、飛び散る火の中を掻き分けるように銀へ走る。駆けて行く中でその一匹に追走するように、影から更に一匹、二匹と数を増し、五匹の群れとなると銀へ飛びかかった。
突然現れた火が効かない小狐達に、噛み付かれた銀は慌てて腕を払う。
「狐っ……!? おい何だこの――」
「九鬼様!」
銀の立つ辺りの影から、妹さんの声が飛んだ。
既に拳を振り上げていた僕は、そのまま真っ直ぐ銀へ落ちる。妹さんの一声で小狐達が影へ逃げ込んだのと、獣と化した僕の拳が銀へ打ち込まれたのは同時だった。
その一撃の重さを知らしめるように、銀が立つ位置を中心として、隆起するように地面が割れて炎が舞う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます