「……その頑固な所、あの人に似てきてない?」


 豊住さんからのアドバイスに、銀のように変化へんげしている者は、その姿から読み取れる情報を、当てにしていいのは精々半分だけだとあった。大人に化けているからと言って、本当に大人なのかは分からないし、誰しも基本は、自分が演じやすいものを選んで化けてはいるものだが、だからと言ってその姿全てに、その者の本質が見えている訳では無いと。


 化かしの御三家、狐・狸・てんなど、特に信じてはいけない。私達とはそもそも、そうした偽りの姿を何百何全通りと持ち合わせながら生きているもので、正体を知ろうというその心意気から既に、私達に欺かれに来ているようなものなのだとも。化けるという事そのものが、彼女ら御三家にとっては己の一部で、一部に気を取られているその隙に、出し抜かれてしまうのだと。化けているその時こそが真骨頂で、最も彼女ららしい瞬間でもあるのだから、化けていよういまいと、そうした、偽りであるかもしれない・・・・・・・・・・・という意識を相手に抱かせている時点で既に、御三家としての存在意義は果たせていて、消える心配などまず無いと。


 御三家ではない、この赤猫の場合は、単に百鬼であると覚られない為での擬態であり、化けているその姿自体に強く警戒する必要は無いが、恐れとしては考えられるので、銀とはその見た目の年齢の割に、ある程度は幼い男だと思っておけと忠告された。


『――まあ博打打ちみたいだったそうだし、普通のあれぐらいの年齢の男よりはろくでなしと言うか、ガキだって思っといていいよ。本当に手っ取り早くって言うか、雑に言うと。一番合戦さんが聞いたら、本当に怒りを買いそうだけれど。まあ、昔の人って今の時代から考えると本当に野蛮だし、都合が悪くなったら猫の姿に戻ってやり過ごしていた、いい加減と言うかまさに百鬼らしい人みたいだから、人間と話すみたいに、話が出来るとは思わない方がいい。私も一番合戦さんも大分人間寄りな思考を持ってるし、人間の価値観にも一定の理解を示しているけれど、あの人は完全に、百鬼だよ。人間、特に鬼討を見ればその途端に、敵意を露わにして襲い掛かって来た程だから、人語を介する力はあるけれど、言葉を話せるだけで獣と思っていい。話し合いとか正直、やめた方がいいよ。時間の無駄だろうし、大きな隙を作ってしまう。一番合戦さんと合流して、そこで一旦武力で捻じ伏せるか、一番合戦さんの言葉じゃないときっと、届かない』


 それでもそんな事は、なるべくやりたくないと返した。一番合戦さんが来た時に、やっぱり追い払う為に僕を寄越したんじゃないかとか、余計に拗れてしまいそうな理由を作るのは。


『……甘いね。殴り伏せるべきだよ。そんな温い意識が通じるような相手じゃない。あれは、典型的な百鬼と思いなさい。私や一番合戦さんとは、違う。人間が嫌いで、人間が憎い、人間の所為で生み落とされた化け物。向こうだってあなたの事を、その辺に溢れ返ってる邪魔な人間の一人としか思ってない。一番合戦さんが庇っていた事だって、騙されてるだけだってきっと思ってる。有り得ないもの。百鬼が、純粋な赤猫が、鬼討になるなんて。まして常時帯刀者で、人間を守ってる? 騙されてるんだろうなって、百の百鬼が聞けば、百言うよ。……それにこれは、一番合戦さん自身がケリを付けないといけない。確かにあの人は悪くなかったけれど、でも許されない事もしてしまったし、騙してしまった相手がいる。その気になればいつでも追いかけて、謝る事だって出来たのに。……それを延ばしてしまったのは、あの人の弱さだよ。私達が首を突っ込んでいい範囲は、ごく限られてる』


 それでも、手を貸してあげたいと願うのは、間違ってなんか無い筈だ。


 それに、僕達がどんな思惑を抱えて動き回った所で、いつだってそんなのお構い無しに自分の道を行くのが、一番合戦さんだった筈だ。


 ブラックドッグが来てて危ないよと言っても、それでも自分が戦うんだと言って、騙されて僕に呼び付けられたからって、絶対にその信念を曲げる事はしなかった。君が正体を現して襲い掛かって来た時も、それでも曲げずに僕を守ろうと立ち向かっていった。僕達が何をやった所で最後まで、あの人は自分の信念を貫いてたよ。最後まで。今だって。


 一番合戦さんは逃げない。僕達が、幾ら余計な気を回して、お節介を焼こうとも。


 絶対に自分で、自分で決めたけじめを付ける為に、その足でやって来る。赤嶺さんがきっと説得してくれるから、もう見失ったりなんかしないでここに。


 外野が何をやった所で、あの人は変わらないんだ。三六〇年前から、ずっと。自分が信じたその一念の為だけに、全てを懸けて走って来る。僕達が幾らお膳立てをしようとも、そこに甘えてなあなあになんか絶対しない。


 僕はその生き方に、報いたいんだ。


 その、嫌いになりそうなぐらいに真っ直ぐな所に、僕は救われたんだ。何度も何度も。


 眩しくて、目を逸らしたくなるようなその鋭さで、怒られたり、叱られたり、励ましてくれたり、泣いてくれたり、一緒に笑い合ってくれた事に、僕は何を懸けてでも報いたい。きっと、当たり前の事をしただけだって言われるだろうけれど、僕にとってその当たり前は、掛け替えの無いものだったんだ。


 きっとこれは、一番合戦さんの義務なんだ。予期せぬ所で、誰かを救っていたり傷付けていて、それに返ってくる言葉を受け取る義務ぐらい、その相手にはあると思う。いや、受け取る覚悟も無いのなら、誰かと関わる資格なんて無い。いい事も、悪い事も、自分が起こした事全てに対して返ってくるものを受け止める覚悟だって、真っ直ぐ生きる為には、得なければならないものだろう。


 逃げて欲しくない。謙遜や、遠慮という形にして。


 受け取ってもいいんだ。何気無い日々の中の、ほんの些細な遣り取りだったとしても。感謝されたならその瞬間から、それは些細でも当たり前でもなくなる、掛け替えの無いものに変わるんだ。君は本当は、もっと沢山の人を、救ってるんだよ。鬼討としての役目だけじゃなく、その優しく直向きな心を持っているそれだけで。


 きっとそれを伝えられるのは、今なんだ。


 これはただの、野暮なんかじゃない。


『――こりゃあどっこい、振られちゃうかもねえ。赤嶺さん』


 そう言った僕に豊住さんは空を見上げると、よく分からない独り言みたいなのを呟いただけだった。


 その時赤嶺さんは、自転車を戻しに行っていた僕と入れ替わるように、一番合戦さんをおびき寄せる為の海の下見に行っていて、駄菓子屋の前には僕と豊住さんと、妹さんしかいなかった。


 そして何やら呟いた豊住さんは、呆れ顔のまま視線を空から僕に戻すと、口を開く。


『――確かに九鬼くんの割には中々粋な事を言うけれど、無謀って事には変わらないよ? まあ、私も赤嶺さんとがっつり顔を合わせて協力する事になったんだから多少の変更はあるけれど、あくまで援護だから、余り有利になったとは、思わないでね?』



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