傲慢な君なら、卑しい僕。
ああ、あれか。江戸の後期って事は一番合戦さんは、犬が可愛がられる事になる転換期の真っ只中にいたかもしれない人で、そこからぶっつり三六〇年時間が空いてしまっているから、きっと現在と当時の感覚が、上手く結び付かないんだ。それまでは猟犬とか食肉用の家畜だったのに目覚めると、何と平安時代から貴族に愛されていたらしい、高貴な身分である猫様達と、同じぐらいに愛されているなんて。
「まあ、犬も同じ頃に愛玩用として持ち込まれた事もあったけれど、犬公方が騒ぐまでは、家畜や狩猟用としての飼育の意味が強かったね。因みに
掠りもしていない所か完全にすっ飛んでいた。
あと流れに乗じて、豊住さんに罵られている。
一緒にペットショップ覗くとかやっぱり仲がいいんじゃんと反撃しようかと思ったが、多分当時、そのペットショップで繰り広げられただろう、反犬派勢力の最大手と言っていい巨人二名による暴言集を引用して反撃されると思うのでやめておく。
生まれた世代に、悪意は無いが無神経な一番合戦さんと、悪意剥き出しで未だ僕らに突っかかってくる豊住さんによる合作だ。犬や愛犬家には耳を塞ぎたくなるような、恐ろしいガールズトークが展開されていたに違いない。
「『ヘラヘラ首輪に繋がれながら笑いやがって。とんだ低俗な生き物だぜ』」
「いやそれは一番合戦さん言ってないでしょ。さっきから本人みたいな声でそれっぽく言ってるけれど」
「馬鹿みたいに分かりやすく尻尾を振る所は尊敬に値しないって、これは結構マジ顔で言ってた」
「言いそうなのが何とも言えない……」
実はこの作戦会議中、一番合戦さんは白猫だったという事で、何かヒントになるものは無いだろうかと、携帯で白猫について調べながら話しているんだけれど、白猫って女の子の場合、猫の中でもそれは猫らしい性格と言うかプライドが高く、べったりされるのを本当に嫌うそう。飼い主とも一定の距離を取りたがり、あなたはあなた、私は私という姿勢だとか。あとは……。白猫そのものが、他の猫より神経質で、臆病なタイプが多いとか。
なになに? 警戒心が強く、ちょっとした物音にもびっくりしてしまうので気を付けましょう。見た目の高貴さと同じく強気で、独占欲が強く、懐いても飼い主にだけ懐く傾向があり、他の人には敵意を見せる事もあります……。何か……。後ろめたくなってきた……。人のプライバシーを、侵害しているような気分になって。
個体差があるとは分かっているけれど、何だろう。自分の性質を勝手に調べ上げられ、ネットで大公開されているって、相当にまずい気がする。的外れだと言えない、と言うか、まんま一番合戦さんじゃんという部分があって、生々しいし。プライドが高い所とか、繊細な所とか。一番合戦さん、ネットするんだろうか。独占欲って……。へえ……。
「――で、結局どうなのよ? どのラインまでなら、無茶出来る訳?」
豊住さんにしてはかなり乱れた口調で、妙な目で一番合戦さんを見るんじゃないと、暗に脅されるような低い声で思考を遮られた。
こっちはお前の考えてる事なんて大体筒抜けなんだから、妙な思考をすればどうなるか分かってるよなと、その目には汚物を見るような蔑みの光が灯っている。
「あ、ああいや、それは僕じゃなくて、黒犬に訊いてみないと……」
うっかりそういう方向へ思考が転がってしまっただけで、わざと一番合戦さんを下品な目で見るつもりではなかった事も伝わっていると思うので、下手な言い訳はせず事実で躱す。ていうか伝わってて欲しい。こういう話って、言葉を重ねた方が誤解を招く。
いやていうか、最初に話を脱線させるような事を言ったのは豊住さんじゃん。乗った僕も悪いけれど、全部こっちが悪いみたいな言い方やめてくれない? 確かにその質問二回目だし、話全然進んでないとも気付いたけどさ。
然し、そんな馬鹿な事をしている僕らには目もくれず、僕からの黒犬の相殺能力についての説明を受け終えた赤嶺さんは、難しい顔で顎に手を当てたまま考え込んでいると、
「……一番合戦とあのお兄さんは、赤猫としての立ち回り方が、全く異なると思う」
その含みのある言葉に、僕は我に返る。
「……どういう事?」
「……多分だけれど」
尋ねた僕に、赤嶺さんは腕を組むと、まだ難しそうな顔をして続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます