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まさかここまで長丁場になる話とは当初考えておらず、回収するのが随分遅れてしまったネタであるなどと供述しており……。


「……前から思ってたけれど、君の説明分かり辛いよ」

「あ?」


 作戦会議の事である。ブラックドッグは僕の足元の影から、それは不満そうな声を発した。


 僕より力を持つ本人として、黒犬に説明して貰った方がいいだろうかと、赤嶺さんと豊住さんに、彼が持つ死神の力について話して貰っていたのだが、その相殺能力の辺りで赤嶺さんがつまづいて、結局僕の口から噛み砕いて説明し終えた時の事だった。


「どこがだよ。ちゃんと伝わってんじゃねえか」

「僕が質問を重ねたり、解釈し直したりしたらね。君の言葉そのままじゃ、よく分からない事結構あるよ」

「例えば」

「死の力をあたかも、回復力に見えるような使い方とか。僕の身に受けた傷をマイナスとすると、そこに君の死神の力が働いて、その傷を殺そうとマイナスの力が働くって」

「そうだよ。だから、お前を癒すんじゃなくて、お前の傷を殺すんだよ。マイナスにマイナスをぶつけてな」

「マイナス同士の足し算って結果もマイナスだから、その言い方じゃあ僕が怪我をした上に死神の力をぶつけられて、余計深刻な事態になってるようにも取られるんだけれど」

「あ?」

「いや『あ』じゃなくて」

「マイナス同士の足し算ってプラスになるんだろうが」

「マイナス同士の引き算だとプラスになるの。まあ相殺したとも言ってたから、傷というマイナスを、死神の力というマイナスで僕の身体からこう・・として、結果的にプラスマイナスゼロの、無傷の状態に戻るって意味で言ってるんだなって分かってたから、いちいち突っ込まなかったけどさ。ぶつけるって言い方がややこしいだけで、言いたい事は分かってたし」

「何今更去年の話持ち出してんだてめえ」

「いやだって、あの時って一番険悪な頃だったし色々あって疲れてたしで、いちいち君の馬鹿に付き合うのもめんどくさいなって」

「そのお陰で俺は今まで一年間も、恥を晒し続けて来たっていう事か」

「これだけほっといて今更言うのもめんどくさいし」

「てめえ!!」

「それでその死神の相殺能力とは、どれ程信用していいものなの? 何でもは流石に無理でしょう? 確かに神の力とは言え、あくまであなたはそれを分け与えられただけの、死神の子供なんだから。親のようには自由度も高くないでしょうし」


 犬共の不毛な会話にはこれ以上付き合いたくないと言いたげに、豊住さんが鬱陶しげに口を挟む。


 黒犬はぶすっとしたままだが、まあ答えた。


「……確かに、万能ではねえな。神であろうと得手不得手がある。鬼討の使う刀……。神刀しんとうだったか? あれの、エントウガタってのは駄目だ。赤嶺の嬢ちゃんや、姉ちゃんが持ってる種類の刀。火は祓う力が強い。死者を焼くのに用いられるものだからな。一番相性が悪いと言うか……。ある種死神と、非常に近い部分がある。墓に埋まる為、つまり、きちんと死に向かう為の儀式の最後を担うものであり、死神みてえだと言われればそうなんだよ。生者を、死に連れて行くものという意味では。要は同族みてえな部分があって、この国の火にゃあ俺達の力は、いまいち効きが悪いんだ。故郷じゃ土葬だから、あんまり関係無えんだけどよ。まあ向こうも聖火とか言って、火を拝む文化があるから、一概には言えねえが」

「そう。まあ火って、どこに言っても共通のイメージがあるからね。災いと神聖さを持ち合わせるという性質は、別に日本に限ったものでもないし。犬と猫って海外の言葉だって日本でも、そういう言葉は無いだけで、猫が贔屓ひいきされてた歴史は長いからね。先に愛玩用として人に飼われ始めたのは猫の方で、平安時代から貴族に可愛がられてたけれど、犬が愛玩用としてまともに飼われるようになるのって、江戸の後期だって言われているし。犬の方が古くから人間と仲よしだったーって、調子いい事テレビとかで言ってるけれど、それは家畜という意味での飼育を含めればという意味であって、まともにペットらしい扱いを受けるようになるのって、あの犬公方がぎゃいぎゃい言うからだし。忌々しい。まあだから、人間が意識していないだけで、当の犬や猫からすれば、あんまりお互いの事よく思ってないは未だにあるよ。一番合戦さんだって、犬あんまり好きじゃないし」

「え。今朝屋上で言ってたあれ? あれはその場凌ぎの嘘なんじゃ」

「いやあれはマジな話。コンビ時代、一緒にペットショップ覗いた時に言ってたもん。『あんな小汚かった家畜も、今は随分偉くなったものだよな』って。『猫と同列に扱われてるなんて』とか何か、結構不愉快そうな顔で言ってた」

「嘘」

「いやホントに。『ねずみも獲れなきゃ自分で散歩も行けない、どこに行くにも飯の支度をするにも、人間の手が無いと何も出来ないような生まれながらの要介護者みたいな生き物が、何でこうも可愛がられてるんだ? 豊住?』って、訊かれたもん。『わんわん喧しくて品も無いし』って」

「…………」


 何か凄いへこむ……。


「…………」


 黒犬も結構ショックだったのか、僕と同じように黙りこくっていた。



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