火の専門家


「赤猫とは、火種にされて殺された恨みから生まれる百鬼。だからその力は、火に関係する。銀ってあのお兄さんも一番合戦も、確かに見れば分かるわよね? でも、火に対する姿勢が違うと言うか……。少なくとも確実に言えるのは、銀ってお兄さんは赤猫の割に、そんなに火を怖がってないのよね。……一番合戦は多分、怖いって、思ってる。屋上での昔話とか、豊住とのコンビ時代の話から見ても。――もしね? 焚虎たけとらが妖刀で、一番合戦が好きに作り上げたものだとするじゃない? そもそも今までの使い手があいつ一人だから、あいつの性格とかがもろに出てる刀であるのは変わらないんだけれど、何でわざわざ攻撃する時ぐらいにならないと、発火しない刀にしたんだろ。別に、抜刀した瞬間から最大火力を放つ能力にしても、一撃必殺の剣であるという結果は同じなのに。最初からもっと、目に見える形で戦力を示す刀にしていたら、戦う前に逃げ出す百鬼だって、沢山いると思うの。それだけあの焚虎って刀は、強い力を持ってる。三年前審査日に、喧嘩した時からね。……でも豊住? あんたコンビ時代、あいつに言われたのよね? 何度も斬ったら可哀相だろって。だから最初から、加減しないんだって。……無益な戦いを避けたいのなら、殺す気で威嚇いかくした方がまだ穏便じゃない? 常に燃え盛る焚虎を、かざした方が。でもそうはしない理由って、やっぱり……。極力発火させないで、発火させるなら最小限のタイミングで抑えて、火を見たくないんだと、思う。あいつにとって火や熱って、自分を殺したものだから」

「つまり?」


 促すように、豊住さんは赤嶺さんを見た。


 その声音には、先の質問に対する肯定の意が入っていて、真剣に赤嶺さんの言葉を待っている。


「……白いけれど、今は黒。小さいけれど、子供じゃない。この、あのお兄さんが言ってた言葉、赤猫の発生のパターンを示してるの。そもそも赤猫とは余り知られていない百鬼だから、信憑性は薄い情報なんだけどね。文献も少なくて、記されている事も不確かなものが多いし、一般の鬼討じゃあまず知らない話なんだけれど……」


 赤嶺さんはその文献を思い出すように、目を瞑ると眉間にしわを寄せる。


「……一番合戦は王道のパターンよ。殺された恨み辛みで、化けて出る。百鬼の基本ね。でも化けて出るとは言い換えると、全く別物の異形として、生き返るとも言えるわよね? 火を放ち、人に化け、ただでさえ頑丈なくせに魂を九つ持つ、超越した存在へと生まれ変わるとも。だから一度、死んでいるにもかかわらず、また命を持っていて、殺されると死んでしまう。要は生きてるのよね。別物になって。つまり、また死ぬまではそれまでのように、生涯を全うする。一番合戦だってこのまま行けば大人になって、将来結婚するかもしれないでしょ?」

「一番合戦さんが結婚かあ……」


 何だか遠い言葉だなあと、しみじみ口にしてしまった。


 相手はどんな人になるんだろう。ていうか、どっちと結婚するのかな。人間と? 赤猫と? いやそれとも、普通の猫と? 人間だったとしてもあんな地位のある人とやっていけるなんて、やっぱりその辺にはいなさそうだけれど。


「えっ、何。嫌? 一番合戦が、誰かのお嫁さんになるの」


 急に不安そうになって、尋ねてくる赤嶺さん。


「ってああごめん。真面目な話だったのにね。ちゃんと聞いてるよ」

「だからそこじゃねえだろてめえはよぉ……」


 影から黒犬が、ぼそぼそ何か言ったと思うと、僕の正面にある、あの駄菓子屋のベンチに掛けていた豊住さんは頬杖をつきながら、そっぽを向く振りをしてふふっと笑った。


 豊住さんが笑った。


 挑発じゃなくて、演技でも無い、純粋な方の意味で。


 超・新展開だ。


「――それで? 一番合戦さんが誰か・・のお嫁さんになったらという仮定を元に、何が言いたいの? 赤嶺さん」


 正面に向き直った豊住さんは、てっきり向こうを向いている間に、涼しい顔に戻していると思ったが、まだ少し微笑んだままで、赤嶺さんを見る。……何か面白い事言っただろうか? 赤嶺さん。


 僕の右手に立つ当の赤嶺さんはまだ何か焦っていたが、んぐ、と少し唸っただけで、何だか渋々といった様子で話を戻した。


「……だから、一番合戦が、誰か・・と結婚するかもしれない未来もあれば、子供を持つ未来も有り得るでしょう? その時に生まれるのが、赤猫と赤猫との子供、あるいは、赤猫と人との子供だったとしても、それは生き物として、生者と死者のどちらに当てはまるのかと考えた話がしたいの。そりゃあ一番合戦は今生きてるけれど、既に死んでいるのも事実でしょう? だから現在の姿がある訳で。でも、生者でもあるから生きていて、つまり死者と生者の、両方の性質を持っている事になる。そんな母親から生まれた子供って、死者? 生者?」


 僕は顎に手を当てると、口を開く。


「……やっぱり、どちらでもあるんじゃないのかな。例えば、父親が人間だった場合、生者寄りにはなると思うけれど」

「そうなの。つまり、生者寄りになって、赤猫らしさという、百鬼の性質が落ちるって事。あの銀ってお兄さんは多分、赤猫と猫の親から生まれた、赤猫らしさがある程度落ちてるタイプと考えられる。火を恐れていないから。赤猫とは火を憎み、自らの道具にも出来るけれど、やっぱり死因であるから恐怖は消えない。出来るだけ、直接触れるような事はしたいとは思わないらしいわ。一番合戦だって明暦の大火の頃は、まだ赤猫になりたてで力の扱いがよく分からなかったから、バンバン身に纏うような事をしていたけれど、今はしないでしょ? まあ正体がバレちゃうから出来ないっていうのもあるけれど、焚虎たけとらの能力を見れば分かる。さっさと終わらせたいならあたしのほむら穂先ほさきみたいに、常時発火しているような形すれば戦わずに済むかもしれないのに、ギリギリまでその力を、現わさないという形で。でも、そこまで恐れていないあのお兄さんは攻撃する時、まず火を使う。昨日の夜だってそうじゃない? この二人の違いは、立ち回りにも大きく関わってくる筈だから、十分気を付けないといけない。一番合戦は一点集中の、本当に要所だけ。あの銀ってお兄さんは、常に振るって来るってね」


 豊住さんは仕切り直すように、不敵な笑みを浮かべた。


「成る程ね。流石は火の専門家。純粋な赤猫と、生者寄りの赤猫とは、他に何か異なると考えられる部分はある?」


 赤嶺さんは、腕を組み直しながら眉間に皺を寄せると、考えながら答える。


「……赤猫としての強度……かな。あのお兄さんはある程度、赤猫らしさは落ちてると考えられるから、どっちが赤猫として持つ力が大きいかとなると、一番合戦の方が上だと思う。持っている力の大きさや、質という点では多分、あいつの方が上。でも、それを生かす扱い方という点では恐らく……。あのお兄さんの方が上」

「根拠は?」


 続けて豊住さんが訊く。


「昨日焔ノ穂先で斬りかかった時、腕を斬り落とせなかった事」



 眉間から皺が消えた赤嶺さんは、きっぱりと答えた。



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