火の専門家
「赤猫とは、火種にされて殺された恨みから生まれる百鬼。だからその力は、火に関係する。銀ってあのお兄さんも一番合戦も、確かに見れば分かるわよね? でも、火に対する姿勢が違うと言うか……。少なくとも確実に言えるのは、銀ってお兄さんは赤猫の割に、そんなに火を怖がってないのよね。……一番合戦は多分、怖いって、思ってる。屋上での昔話とか、豊住とのコンビ時代の話から見ても。――もしね?
「つまり?」
促すように、豊住さんは赤嶺さんを見た。
その声音には、先の質問に対する肯定の意が入っていて、真剣に赤嶺さんの言葉を待っている。
「……白いけれど、今は黒。小さいけれど、子供じゃない。この、あのお兄さんが言ってた言葉、赤猫の発生のパターンを示してるの。そもそも赤猫とは余り知られていない百鬼だから、信憑性は薄い情報なんだけどね。文献も少なくて、記されている事も不確かなものが多いし、一般の鬼討じゃあまず知らない話なんだけれど……」
赤嶺さんはその文献を思い出すように、目を瞑ると眉間に
「……一番合戦は王道のパターンよ。殺された恨み辛みで、化けて出る。百鬼の基本ね。でも化けて出るとは言い換えると、全く別物の異形として、生き返るとも言えるわよね? 火を放ち、人に化け、ただでさえ頑丈なくせに魂を九つ持つ、超越した存在へと生まれ変わるとも。だから一度、死んでいるにも
「一番合戦さんが結婚かあ……」
何だか遠い言葉だなあと、しみじみ口にしてしまった。
相手はどんな人になるんだろう。ていうか、どっちと結婚するのかな。人間と? 赤猫と? いやそれとも、普通の猫と? 人間だったとしてもあんな地位のある人とやっていけるなんて、やっぱりその辺にはいなさそうだけれど。
「えっ、何。嫌? 一番合戦が、誰かのお嫁さんになるの」
急に不安そうになって、尋ねてくる赤嶺さん。
「ってああごめん。真面目な話だったのにね。ちゃんと聞いてるよ」
「だからそこじゃねえだろてめえはよぉ……」
影から黒犬が、ぼそぼそ何か言ったと思うと、僕の正面にある、あの駄菓子屋のベンチに掛けていた豊住さんは頬杖をつきながら、そっぽを向く振りをしてふふっと笑った。
豊住さんが笑った。
挑発じゃなくて、演技でも無い、純粋な方の意味で。
超・新展開だ。
「――それで? 一番合戦さんが
正面に向き直った豊住さんは、てっきり向こうを向いている間に、涼しい顔に戻していると思ったが、まだ少し微笑んだままで、赤嶺さんを見る。……何か面白い事言っただろうか? 赤嶺さん。
僕の右手に立つ当の赤嶺さんはまだ何か焦っていたが、んぐ、と少し唸っただけで、何だか渋々といった様子で話を戻した。
「……だから、一番合戦が、
僕は顎に手を当てると、口を開く。
「……やっぱり、どちらでもあるんじゃないのかな。例えば、父親が人間だった場合、生者寄りにはなると思うけれど」
「そうなの。つまり、生者寄りになって、赤猫らしさという、百鬼の性質が落ちるって事。あの銀ってお兄さんは多分、赤猫と猫の親から生まれた、赤猫らしさがある程度落ちてるタイプと考えられる。火を恐れていないから。赤猫とは火を憎み、自らの道具にも出来るけれど、やっぱり死因であるから恐怖は消えない。出来るだけ、直接触れるような事はしたいとは思わないらしいわ。一番合戦だって明暦の大火の頃は、まだ赤猫になりたてで力の扱いがよく分からなかったから、バンバン身に纏うような事をしていたけれど、今はしないでしょ? まあ正体がバレちゃうから出来ないっていうのもあるけれど、
豊住さんは仕切り直すように、不敵な笑みを浮かべた。
「成る程ね。流石は火の専門家。純粋な赤猫と、生者寄りの赤猫とは、他に何か異なると考えられる部分はある?」
赤嶺さんは、腕を組み直しながら眉間に皺を寄せると、考えながら答える。
「……赤猫としての強度……かな。あのお兄さんはある程度、赤猫らしさは落ちてると考えられるから、どっちが赤猫として持つ力が大きいかとなると、一番合戦の方が上だと思う。持っている力の大きさや、質という点では多分、あいつの方が上。でも、それを生かす扱い方という点では恐らく……。あのお兄さんの方が上」
「根拠は?」
続けて豊住さんが訊く。
「昨日焔ノ穂先で斬りかかった時、腕を斬り落とせなかった事」
眉間から皺が消えた赤嶺さんは、きっぱりと答えた。
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