「健気なものです。もっと露骨に、妬いてもいいと思いますが」


「確かにそうすれば、一番安全に解決出来ると思うよ。言いなりに出来るとも思う。何だかんだ言って一番合戦さん、許す人だし。怒ったら怖いけれど、それっきりでもうお終いだなんて突き放さないし、結局は人の失敗にも、付き合ってくれるし。勝てる気なんてまるでしないけれど、何度やられても死ぬ気で追いかけたら、もう勘弁してくれって、結構簡単にやめちゃうと思う。でもそれって、また一番合戦さんに我慢をさせるって事にもならないかな? 僕を殺してまで、過去にけじめをつけたくはないって。それじゃあ一番合戦さん、また誰かに抑え付けられて、振り回される道を歩む事になる。それならまだ、遠慮しなくていい赤嶺さんと喧嘩した方が、健全なんじゃないのかな。負い目も無い、純粋な敵としてなら、文句も少しは言えるだろうし。僕が相手じゃ思ってる事の半分も言えないで、また無難に終わらせちゃうよ。結局自分は、人間の言いなりかのような場所へしか行けないんだなって、もうそんな思いは、なるべくして欲しくないし。――それにほら、僕なら黒犬がいるから、幾ら怪我しても平気だし、一番合戦さんには立ち回りを知ってる赤嶺さんを向かわせて、未知のお兄さんの方には僕が対応するのも悪くないんじゃない? やり直しが利く方が、少しはやりやすいと思うし」


 そういう事を言っているのではないとは、分かっていた。


 赤嶺さんは僕を、心配して言っているのだ。


 一番合戦さんがこれ以上苦しむような道を歩ませない為には、そういった小細工は極力使わない作戦ではいけないと分かっていて、でも余りに危険な戦いの前に、一応こういう道もあるのだと、提示しておきたかったのだろう。僕も、赤嶺さん自身も、そんな手は絶対に使わないとは、分かってはいても。


 分かってるけれどやっぱり心配で、緊張感の無い僕の下手な笑顔に、それは苦しそうな顔をして、ぎゅっと押し黙っている。


 でも、ズルをしないで生きるという事は、きっとこういう事なんだ。


 馬鹿なんじゃないかって、無謀だって笑われるようなリスクと引き換えに、自分の信念を貫く事なんだ。


 それをその身で、ぼろぼろになって体現している一番合戦さんの前で、僕はそんな事をしたくない。それが一番合戦さんに、重ねるように罪を背負わせた僕の責任で、共に背負うと約束した、相棒としての筋だと思う。


 だから最初に、一番合戦さんとあのお兄さんに、どっちが対応するかと決める際、あのお兄さんには僕が向かうと言って、それ以外の役は受け入れられないと言ったのだ。


 これ以上、男が廃るような事は出来ないさ。


「――まあそうよね」


 赤嶺さんはぎこちなくも、左の耳に髪をかけながら、さっぱりと笑う。


 明らかに心配していて、無理をしていた。


 豊住さんは赤嶺さんのその笑顔を、何だかじっと見ている。


 影の中から、黒犬が口を開いた。


「……相殺能力の限界については、本番にならねえと分からねえな。確かに狐の姉ちゃんの言う通り、極力他への振り分けを抑えて相殺に力を回せば、かなりのものはチャラには出来る筈だが。百鬼の火だから、鬼討の火のように清める力も無えし、そこまで不利には働かねえよ。相殺に重きを置いて、攻撃の瞬間にだけ補助するっていう案も賛成だ。策も力も、なるべく温存した方がいい」

「そう。ならまあぶっつけ本番という事で丸投げにするけれど、それでいい?」


 豊住さんは、確認するように僕を見る。


「まあ、本人がいないんだし、試しようが無いしね。赤嶺さんを仮にあのお兄さんと見立てて、やってみてもいいけれど……」


 赤嶺さんは微妙な顔をした。


「んー。神刀しんとうの火だから、あんまり浴びない方がいいんじゃない? 相性が悪いし。去年、一番合戦の焚虎たけとらを触った時だって、柄を握っただけなのに焼かれたんでしょ?」

「ああそっか」

「まあ私達きょうだいもいるんだし、何とかするよ。防火に関しては自信があるから、ヘマしたんなら手を貸してあげる。――それで、この作戦の要は赤嶺さんなんだけれど、なるべく早く一番合戦さんを説得させたら、九鬼くんの所に来て。きょうだいが連れて行くから、移動時間は気にしなくていい。車でも何でも盗ませて、出来るだけ速く届けさせるから」

「え、豊住さん達、免許持ってるの?」


 てっきり、馬とかに化けるかのかと思いきや。


 豊住さんは、そんなつまらない事で話の腰を折るなと言いたげに、僕を睨む。


「あのねえ見た目をなぞるだけじゃ変化へんげって言えないでしょう? 末の子でもない限り大抵の免許は持ってるし、ものへの知識も深いよ。医者に化ける時は、治療も出来ないと駄目なんだから」


 豊住家とは絶対のモス派であり、超ハイスペックなファミリーだった。


 豊住さんは邪魔臭そうに僕への一瞥を置いて行くと、赤嶺さんに視線を戻す。


「――間抜けな言葉で遮るのはやめなさい。それで、もし怪我が酷くて、九鬼くんに手を貸せないような状態だったら、きょうだい達があなたの仮住まいに届けて、治療の得意なきょうだいに診せるけれど、それでいい?」


 てきぱきと話を纏めていく豊住さんに、赤嶺さんはしっかりと頷いた。


「分かった。その時は一番合戦だけでも、そっちに送って。まあ赤猫のあいつなら、自分で走ってっちゃうかもしれないけれど」

「なら、九鬼くんの案は決まりだね。――いい九鬼くん? 赤嶺さん達か、もしくは一番合戦さんだけが、こっちに揃うタイミングが勝負だよ。大きく攻勢に出るのは、赤嶺さん達の方が片付いてから。その時に打ち込めさえすれば後はどうとでもなるから、それまでは死んでも耐えなさい。うちのきょうだいがいるから、火災の心配はしなくていいし、こちら側に付くと決めた以上、ちゃんと援護するから。じゃあ今度は赤嶺さんの方の案を練るから、その間にそこの小汚い放置自転車でも、元の場所に戻して来なさい」

「え? 内容は僕も把握しておいた方がいいんじゃ」

「この場で一番無能なてめえがいちゃあ進むもんも進まねえだろガールズトークの時間ださっさと失せろ馬鹿野郎」






「…………」


 今思い出しても、へこむ。


 あの大狐バージョンの時みたいな、それは乱暴な言葉遣いで追い出された。


 まあそうなんだけどさ。赤嶺さんと豊住さんから助言は貰えても、二人にアドバイス出来るようなものは、何も無い僕なんだから。

 立てられた作戦の内容は、戻ると赤嶺さんと豊住さんから説明されたので、蚊帳の外ではないのだが。



 万が一という事に備え、自転車を戻しに行く際、連絡用に付いて来てくれた妹さんからは、「九鬼様の前では憚られる、女同士でしか出来ない話もあるのです」と、慰めなのか何なのかよく分からない言葉を、澄まし顔で頂いている。「あと単に、頭の回転が悪い方と話すのは不愉快なのと、九鬼様と余り長く同じ場にいるのは、苛立って仕方が無いのでは」とも。いや絶対にそっちじゃん。馬鹿で嫌いな人とはいたくないって意味でしょあれ。



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