誇りの為に選ぶのは
「あの二人は、力の扱い方もそうだけれど、その振り分け方から多分違う。一番合戦は、身体の防御力は人と大して変わらないと思うの。豊住あんた、去年あいつの事、普通に攻撃出来たのよね?」
「ええ」
「その接触時の感覚って、どうだった? 人間より硬い? 柔らかい?」
「人間の肉そのものだったよ。まあ反応は速いから、頑丈さで無茶するタフさって言うより、躱して耐え忍ぶってタイプだったね。あくまで反射神経が優れているって
「……それって、一番合戦さんはより上手く人の振りをする為に、わざわざ人間に合わせて身体を脆くしてたって事? 赤嶺さんの攻撃を受けても、あのお兄さんみたいに何とも無いような防御力にだって力を回せたのに、後から受けた怪我を治す、回復力に回して」
僕の問いに、赤嶺さんも苦い顔をする。
「……多分ね。痛い思いをするのは避けられないけれど、怪我をしない方が不自然だし」
僕は言葉を失った。
……何て痛々しい事をするんだ。
本来なら避けられた筈の苦痛を、敢えて受けて正体を隠していたなんて。死ぬのは辛いし怖いって、誰より知っている君だろう? 身体だって、火傷であんなにぼろぼろなのに。
呆然としたような、低い声で尋ねる。
「……豊住さんって、死んだ事あるの?」
「まさか。一回も。死ぬなんて冗談じゃない」
豊住さんは、吐き捨てるように即答した。
この僕の問いだって、去年一番合戦さんを攻撃した事への非難では無く、一番合戦さんの行いに言葉を失ってしまった故の、素朴な問いであると分かっていて、それでも豊住さんは、喧嘩を売られたように吐き捨てた。幾ら正体を隠す為で、嘘が上手な狐や猫であったとしても、平然とそんな事など、出来る訳が無いと。
豊住さんには珍しく、心からの怒りと声だった。
その怒りの矛先にはきっと、ここにはいない一番合戦さんが、背を向けて立っている。
「……仕方の無い部分はあるかと思います」
それまでずっと黙って、豊住さんの隣に座っていた妹さんが、重苦しく口を開く。
「猫とは、己の不調を限界まで隠し、耐えられなくなった果てに、一人で死にたがる生き物ですから。九鬼様はご存知でしょうか。飼い猫などは自らの死に様を、絶対に飼い主に見られないよう姿を消すと。一番合戦様も人の振りが、それは素晴らしいお方ではありますが、矢張りお生まれは、猫ですから。
「ま、そんな事も今日でしなくてよくなるけどね。もうこの時点で正体バレてんだし」
暗い空気を嫌うように、無理に明るい調子で赤嶺さんは仕切り直す。
「――つまり、あのお兄さんも一番合戦も、しぶといって結果は同じだけれど、その意味合いが異なると考えられる。回復力が優れる一番合戦は、皮膚や骨の硬度は人間に近く再現されていて、攻撃を通す事自体は簡単。あの機械染みた正確無比な反応と、剣を潜り抜ける事が出来ればっていう前提だけれど、打ち込めればダメージは通せる。割と呆気無くね。回復力が優れているとは言っても、治すっていうラグが生まれるのも事実だから、隙を生ませる事が出来るのは同じだし。この場合、問題なのはあのお兄さん。あの人、一番合戦が回復力に回している赤猫の力を、防御力に回してる。昨日あたしが斬りかかったタイミングは、
「……正直、赤嶺さんがあのお兄さんと戦ったら、勝率はどのぐらいなの?」
「同属性の炎刀型だからねえ」
僕の問いに赤嶺さんは、困ったように肩を竦めた。
「火っていう特徴や個性はお互い生かせない相手だから、何を武器にしているかと言うより、どれだけの腕や知恵があるのかって話になると思う。まあ、一番合戦が相手なら焼いちゃ駄目だから加減しないといけないけれど、普通に斬っていい相手なら思いっきり打ち込めるし、均衡状態に持ち込むのは、それ程難しくないと思うわ。火の百鬼には詳しいしね。あのお兄さんは一番合戦みたいに、剣も混ぜて来るような複合的なタイプじゃないし、攻撃パターンは読みやすいと思う。基本的に、殴るか蹴るか、火を撒き散らすかの三つでしょ?」
「……一番合戦さんも相当だけれど、赤嶺さんも本当に凄いよね……」
やっぱり流石は、赤嶺組の常時帯刀者。頼もしさが違う。
比べる相手が突き抜け過ぎていて、最早比較に適していない域にいるようにも見えるけれど、それにしたって凄い。セットにされている相手が凄まじ過ぎて、霞みがちな印象を与えてしまうのが、何だかとても勿体無いと言うか、理不尽だった。
「え? そうかな? 割と普通だと思うけれど」
そんな世間の、勝手なセット認定という物差しすら気にしていないのか、超然とした返事を頂く。
うーんやっぱり、無闇に天才だと褒めちぎるのは失礼だと分かるけれど、それでもやっぱり、圧倒されてしまうなあ。
すると赤嶺さんは、急に表情を曇らせて、躊躇いがちに口を開いた。
「……だから、本当にただ勝ちに行きたいなら、九鬼君が一番合戦をおびき寄せて、あたしがあのお兄さんの所に向かうのが、ベストだと思うわ。事態の収束だけを考えたなら」
僕は口を噤むと、赤嶺さんを真っ直ぐ見た。
その視線の意味を赤嶺さんは分かっていたが、組んでいた腕を下ろすと、それでも続ける。
「――あくまで、提案としての話だけれどね。ただ町を守れたら、それでいいっていう姿勢の下で動くと仮定したら、やっぱりこれが一番いい。九鬼君もだけれど一番合戦だって、あなたに負い目を感じてるわ。お互いにね。だから、被害を最小限に抑えたいなら、一番合戦は九鬼君が止めた方がいい。あいつ、絶対に攻撃出来ないから。どんな罠を用意されたり、不利な地形に追い込まれるより、豊住があいつの友達に化けて脅すよりも、九鬼君と敵対しなければならないのが、一番刺さる。自分の正体を一番に九鬼君に話したのも、最も衝突を避けたい相手だからって今なら分かるじゃない? 嘘までついて、煽るような事言って、仲違いさせて。戦力的にどうこうって話以前に、心が耐えられないから」
「でもそんな事をしたら、また禍根が残ると思う」
僕は、静かな声で返した。
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