38

駆ける先にいた君は


 褒められるのが嫌いだった。


 だって誰も、ちゃんと見てくれないんだもの。


 流石は赤嶺の子。流石は次期当主候補。お兄さんもいるそうだけれど、でも君も素晴らしい。家柄、兄、女の子なのに剣が上手い。馬鹿馬鹿しい。どれ程男に生まれたかったと思ったか。それならまだ、嫌な事言われずに済んだのに。名家の子という時点で色眼鏡で見られるから、同じだったかもしれないけれど。男だった所で、お兄ちゃんと比べられるのも避けられないし。

 女で、兄もいるのに、やっぱり流石は名家の子。つまりはそう褒めてくる周りの連中が、鬱陶しくて仕方無かった。ええ、ぶん殴ってやりたいぐらいに。あたしの努力そのものには、全く見向きもされなくて。

 生まれとか、上にきょうだいがいるからじゃなくて、あたしが頑張ったから得られた結果なんだという風には、家族以外にはまず言われなかった。「流石」とは一〇〇〇回は言われたと思うけれど、「頑張ったんだね」とは、もう殆ど。贅沢な悩みかもしれないけどね。でも、物心ついた時からこいつに付き纏われているあたしにとっては、今でもそれは憎く悩ましい、大問題よ。


 それを振り払いたくて、一生懸命やって来た。常時帯刀者になればきっと、赤嶺家の子だからとか、女の子なのにとか、言われなくなるんじゃないかって。なるべく早く、若い内に。どんな名家でも、そうほいほいとはなれるものじゃない。

 元赤嶺組で、今は護国衆の仲間達から、審査に来るのはどれぐらいの歳の人? って小さい頃に尋ねると、大体五〇代か、六〇代ぐらいのおじさんだよって言っていた。若くても四〇代で、女の人が来る事は、歳を問わずまず無いかなって。男女問わず若い内から来て、かつ合格していく人達は、本物の天才だって。いい家に生まれたからとかじゃなくてもう本当に、ただ努力し続けた人達だとも。なれる時点で凄いし、その上若い内に取れるなんて、もう同じ人間なのか疑っちゃうけどねとも。


 だから、それになろうと思った。どこ生まれで、男か女なのかも関係無い、ただ直向ひたむきに走り続けた人にだけ許される、称号を持つ人へ。

 それならもう、あたしだから出来たんだねって、言って貰える。赤嶺だからじゃなくて、苧環おだまきだからと。


 ぜんぜん言って貰えなかったんだけどね。


 まず、元からまあ褒められるぐらいには出来てたのに、妙にストイックに頑張り出す。家を飛び出して、組内の誰かとも剣をやり始める。元から家で指南は受けてたんだけれどね。それじゃあ足りないとなって。

 その内に、それまで手も足も出なかった、三つ上の兄を初めて負かす。驚かれる。今度はお父さんと。当然負ける。でもやめない。友達と遊ぶ時間が減って、剣の指南書や、百鬼にまつわる書籍ばかり読むようになった。常時帯刀者には、知識も要るって知ってたからね。

 テレビを殆ど観なくなった。学校では、クラスメート達の会話についていけなくなった。ネットも歳の割にはしないものだから、流行はやりにどんどん疎くなって、学校では正直過ごし辛かった。体育の選択授業では、わざと剣道を外した。赤嶺さんには敵わないって、皆に引かれてたから。名家の生まれで、天才なのに、まだやろうとしてて痛いって。もう一番なのにまだやるなんて、優越感に浸って自分達を見下したいだけなんじゃないかって、陰口を叩かれるようになった。文句があんならかかって来なさいよと怒鳴ったら、大抵の奴が寄り付かなくなった。

 天才じゃない。努力してるから出来てるだけ。頑張らなかったら何も出来てないと言っても、まず誰も信じてくれなかった。いつもあたしの側にいるのは剣と、孤独になった。


 友達が嫌いになって、学校も嫌いになった。


 普通の家に憧れもしたけれど、やっぱりちょっと、想像が付かなかった。


 赤嶺から逃げて、ただの苧環になれたとしても、きっと逃げるというその行為をあたしは、死ぬまで許しはしないから。


 人の気も知らないで、天才だと褒めちぎって来る連中が、憎くて仕方無かった。あたしの半分も努力してないくせに、努力の意味さえあたしより知らないくせに、天才などと軽々しく浴びせてくるその口が、裂いてやりたくて堪らなかった。

 普通の人みたいに、ただ頑張ってみてるだけなのに、それでも普通扱いしてくれないのね。あんた達。

 あいつらにとってあたしとはあくまで赤嶺で、苧環おだまきではないのだと思った。




「――合格? そうか……。凄いな。おめでとう。本当に頑張ったんだな」



 当たり前みたいにそう言った彼女に、息が止まる。

 目の前にいる彼女は相変わらず、爽やかな笑みを浮かべていた。



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