太刀風
「さっさと
「しつッこいわね話逸らしてんじゃないわよ! 何!? そんなにあの赤猫に会うのが怖い!? 失敗したのもあんたなら、いい加減な事言ったのもあんたのくせに!」
「お前らが――お前らが! 勝手な事をしたからだろうが!!」
「だからその責任、今更だけれどちょっとは取ろうつってんでしょうが!!」
「図々しいって言ってるだろ話を覚えろ!! 何だってお前らなんかに説教垂れられなきゃならない!!? 私をこんな化け物にしたのは、お前らのくせに!!」
「申し訳無くて堪らないからに決まってんでしょう!!? そんなになってもまだあたし達を好いてくれて、呆れないで助けてくれようとしてるその様が、申し訳無くて仕方無くて――目を逸らしたいぐらいに眩しいのよ!!」
「知ったような口を利くなッ!!!」
「出来
打ち合い、打ち合い、打ち合い、打ち合う。
火花散り、数える余裕も無い程の速度で交わされる斬撃に、どちらも一歩も譲らない。刃がぶつかる度に二つの火が爆ぜ、その激しさを加速させながら、絶え間無く闇夜を彩った。
随分赤い花ばかり咲く。
散った花弁の辺りは黒く焼け、醜い焦土と化して
鼓膜が爆音に破れていないのが、奇跡だと思った。
熱に身体が溶けていないのも、奇跡だと思った。
まして死んでいないなんて、もう神業。
不気味で、おかしくて、有り得ない事ばかり。でも、一番気持ち悪くて受け入れられないのは、あんたがまた間違ってしまう事よ。
あんたは怪物。一〇万もの人を殺し、江戸を半壊させた罪人。その行いは決して許されず、今も鮮やかに刻まれたその記憶を、鬼討達は決して忘れないでしょう。あの大火に、いつかけじめが付くその日まで。
でもそれでも、あんたは悪くなかったわ。何も、何一つ。
謝らなきゃいけないのはこっちの方で、なのに何でか、最低に入り組んでしまってはいるけれど、でもあたし、言い切るわよ。誰が相手でも。あんたは悪くなかったって、何度だって言ってやる。この罪とその理不尽を、誰も決して、見間違えてはならないように。
なのに何であんたって、そうもいじらしいのでしょうね?
憎んでいるでしょう? 殺してやりたいと思ってるでしょう? やっぱり許せないんじゃない。何度もあたしを、九鬼君を拒絶して。駄目だと分かっていながらも豊住とだって、よく知らないけれどなあなあでやってたんでしょう? 嫌なんじゃない本当は。人間なんて。でもその思いのままに動かないのは、あの人達の記憶があるからでしょう? 最初にただの猫として出会った、鬼討とその連れ合いの二人組、そして、赤猫となって最初に拾ってくれた、お茶屋の夫婦。どうしてもその記憶に腕を掴まれて、憎しみに忠実には生きられない。
……銀も私も、この土地には特別縁だか思い入れは無いって言ってたけれど、いいえ? しっかりとこの土地は、あんたに関係しているわ。きっと、気付いてないんでしょうけどね。子供がいない、男女二人組の人間に、あんたはどうやらこだわる性質を持っている。そして、きっと親切で、優しい心を持つ人達に。やっぱりあんた、人間が好きなのよ。だから今も、子供がいない夫婦の、養子となっているんだわ。まるで三六〇年前を、繰り返すように。
やり直したくて、堪らないのね。叶わぬ夢だと分かっていても。そして謝りたくて、堪らないんだわ。だからあんたは、常時帯刀者に登り詰めるまでの、鬼討となったのよ。だってそう考えれば、全てに筋が通ってしまう。その人生は全て、
九鬼君から聞いたけれどあんた、明暦の大火での死に際に、謝ったそうね? 赤猫となってしまう死に絡んでしまった、
……もっと他に言う事、色々あんでしょ。
口に出すのは誰かへの謝罪か、気遣いばかり。滅多に吐かない恨み言を忘れさせるように、繰り返すのは「ごめんなさい」。
だから、悪くなかったのよあんたは。悪いけれど、でも本当は、何にも悪くなんてなかった。
逆じゃない。本当は百鬼らしく、恨み辛みをぶちまけて生きていくのが普通でしょう。それが義務みたいなもんでしょう? 少なくともあんたは、その権利をしっかりと有してる。誰を殺しても責められない。だってあんたがそんな姿になってしまったのは、あたし達人間の所為なんだから。その罪を纏めて負って、傲慢にもその愚か者を与えられるべき罰から庇護するのが、鬼討の役目なのに。「確かに人間が原因だが、直接その原因となっていない人々を襲うのは許されない」。被害者にすれば寝言も甚だしい、馬鹿げた妄言を大義にね。
寿命も時間感覚も違うあたし達は、どうしようもなく分かり合えないのよ。殺された身からすれば、そんな事どうだっていい。あたし達がこうして生きている時点で既に、許されざる罪なのよ。きっと他の生物からすれば人なんて、二本足で歩く
でも謝るのね。ごめんなさいって。自分が悪かったと責めるのね。
だから、違うでしょ。何でそうなるのよ。
何で何にも言わないで、全部一人でやろうとするの。何であたかも自分が全部悪かったみたいに、何でも一人で背負おうとするの。
もっと怒っていいのよ。恨んでいいのよ。なんて事してくれたんだって、喚き散らして暴れたっていい。
三六〇年前十分にやっただろう? そんなものは人の都合よ。あんな程度で足りてるなら、今もこんなに苦しんでいる筈が無い。こいつの本当の地獄とは、二度目の死を迎えた後。自殺して今ここに、一番合戦篝として生きてる事よ。
暴れたからって満たされなかった。苦痛に
それでも割り切れないまま、人と百鬼の間に立つ事を選んだその覚悟を讃えずに、何が勇気か。何が優しさか。何に与える称賛か!
全ては自分に非があるように思い込み、破滅へ向かって行くその様を、掴んで引き戻さずに、誰が鬼討を名乗れよう!?
打ち合いの果てに、互いの剣が離れる。
キリが無いと思ったのだろう。一度離れて仕掛け直そうと、一番合戦が跳び
……見えていただろうか? この地獄のような
いや知らない。振り返るな。後ろを向いた途端、全てが終わる。
構わないんだ。
ここで終わってしまっても。
構わないんだ。
二度と明日が来なくなってしまっても。
今日この日、今この瞬間を、
砂が
顔に、大木でも突き出されたような一番合戦の突きが飛んだ。懐へ潜り込むように踏み込んで、紙一重に右に躱す。断たれた空気の圧だけで、頭が攫われそうになる。
囚われるものかと恐れを振り払うように、ガラ空きとなった一番合戦の胴を左から斬り上げた。
決められるか。
だが一番合戦は消えると同時に、潜り込む際丸めた背中に重さを感じる。
あたしの右肩を掴んだ一番合戦が、そこを支えにするように跳び上がった。
ああ、猫だったわねそう言えば!
舌打ちする時も惜しい。背後に着地する一番合戦に、振り返りながら踏み込んだ。
ずん、と身体が、重くなる。
……何が起きたのかと思った。
一番合戦は何もしてない。こちらに背を向けるように着地すると、もうすぐに向き直って来る。着地の姿勢も、そこからの立ち上がりも、猫だったのが頷けるぐらいに滑らかで、重力を忘れさせるようなその動きは、もう無駄が無いとか無機質な印象を超えて、見惚れてしまいそうになる。
代償か。
のんびり考えている暇など一瞬も無いくせに、何故だか悠長に気付いてしまう。
食わせ過ぎたのか。
でも、何が起きるか分からない事への、覚悟は決めてる。
大した準備も出来ない中、上手く一番合戦を止められるのか。もしあたしが負けたら? 失敗したら一番合戦は、どうなってしまうのか。勝っても負けても使う事になるだろう
先代達は、足が動かなくなった。内臓が一つ食われて消えた。片腕が腐り落ちて、耳が聞こえなくなった。
それでもあたしは、全てを懸けると誓ってる。
例え得体の知れない不気味に、身体の動きが鈍っても! ほんの一瞬、判断が遅れても! 既に放たれているこの剣は、紛れも無い全力だ!
何を背負っていようと関係無い。ただどちらの剣が、より速く、より強く、どれ程己の覚悟に、忠実であるかのみ!
二つの刃が、闇を斬る。
片方がそれは呆気無く、弾けて消えた。
悔いるものか。絶対に。
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