ある夏の日


「ああ、さっき試験会場を出た時、審査員の人が楽しげに話して来たのは、こういう事だったのかな。こんなに若い、まして女の常時帯刀者が出るなんて、大した時代が来たもんだと笑われたんだ。将来が楽しみで仕方無いって。もし私と一緒に審査を受けた子が、まだこの辺りに残っていたら、話してみるといいって。えっと……君、赤嶺……だったかな?」

「えっ? ああ――うん。そうそう。赤嶺赤嶺。えっと……一番合戦さん?」

「うん。まあ会う事は無いと思うけれど」


 一番合戦篝という少女は、そう照れ臭そうに笑った。


 何とも物騒と言うか印象的な名字なので、もしどこか有名な家の出ならすぐに分かると思ったのだが、生憎これと言った家は浮かばず、ならもしや、その家で初めて常時帯刀者になろうとしている、あたしよりよっぽどなチャレンジャーなのだろうかと考えたと同時に、通れるだろうかと心配になった。侮っていた訳では無かったけれど、名家でもそうはくぐり抜けられない審査である。培ってきたものが乏しいという面では、圧倒的に不利だ。

 ……有名な組の傘下で、そこの古い家に指南して貰ってやって来たとか? 枝野とか。でも、あそこで傘下やってる黒川家とは赤嶺も仲よくさせて貰ってるけれど、そういう名前の家は聞いた事無いなとか。




 さっき審査前に会場で手続きをして来たんだけれど、係の人にびっくりされた。何か変だっただろうか? まだ学生だからやっぱり、制服で来ないと駄目だったとか?



 なんて尋ねて来た時にはもう、世間知らずと言うか、大丈夫かこいつはと言うか、多分こいつ落ちるだろうなと思った。

 別に服装は何でもいいが、大抵は剣道着である。日頃の鍛錬を行うのがその格好だから、慣れた格好で緊張を和らげようという狙いと、やっぱり動きやすさから。当時のあたしも、普段使ってる剣道着だったし。別に特別高価でもない、紺一色のよくあるやつ。……驚かれたのはきっと、あたしと同じ一〇代の女の子がやって来たという辺りだろう。来るのは大抵おっさんだと聞いてる。それもあるけれどそれも掻き消す程のインパクトは、あんたのその格好だろうと思った。部活帰りの運動部みたいな、スポーツウェアで来やがって。 


 黒で固めた、パーカーとテーパードパンツにスニーカーという出で立ちに、腰に巻かれた黒い帯刀帯たいとうたいに収まる、朱漆塗りの鞘が目を引く神刀が超クール。ジム通いやってる意識高そうな都心の女子か。背が高いからこれまた似合っているのも腹立たしい。……一六六センチぐらい? あたしの方がちょっと高い。可愛らしい小柄な女の子への憧れは未だ捨て切れないが、こいつはその点上手く長身を使いこなしていた。苛立ちが増すと言うか超どうでもいい。


「え? いやだって、現場で着物は着ないだろう? 緊急時なんて普段着かもしれないんだし、そんな今時、いちいち着替えて仕事に当たる奴なんて、いるのかな? こっちの方が現実的と言うか実践的だから、わざわざ道着を着た事は無いよ。持ってすらいないし」

「…………」


 伝統とか、先代達が積み上げて来た技術や心構えだとかそういうものを、埃並みに軽く扱う奴なんだなと思った。


「だって今時着ないだろう? 君、鬼討として役目に当たる時、何が起きるか分からないのに、いちいち帰宅したら道着に着替えてからやるとでも」

「煩いわね!」


 何遠回しにあたしの格好は悪いみたいに言ってんのよ!


 とんだ馬鹿と言うか天然野郎が、やって来たものだと思ったものだった。





「――まあ、その……ありがと。あなたは、どうだったの?」

「私?」


 一番合戦さんはぽかんとした。話の流れから十分予想は出来たと思うが、尋ねられるとは思っていなかったらしい。


「受かったよ。ありがたい事に」

「受かった!?」


 同じ一〇代の女子で常時帯刀者となった身でありながら、あたしは耳を疑う。


「うん」


 その辺りについて深く語る気は無いのか、一番合戦さんは素直に頷いただけだった。


「嘘、いや、そんな……えぇ!?」

「君だって受かったじゃないか」


 若干心外そうな顔をされる。


「いやだって、実績がある家のあたしでもそう簡単には……」

「ん……。折角せっかく自分で掴んだものなのに、そういう言い方をするのはよくないと思うけれど」


 今度は明らかに不満そうになって、一番合戦さんは言った。


「赤嶺って、炎刀型の名門だろう? 最初に君に挨拶して貰った時、君からも聞いたけれど。私の刀も一応炎刀型だから、話を聞いた事はあるし。でも、名家の生まれなら、誰にでもなれるものじゃないだろ? 常時帯刀者って。その先に進めるのは血筋じゃなくて、どれだけ努力したかの一つだと思うんだ。別に習おうと思えば、先生なんて幾らでも探せるだろう? 剣なんて」


 剣なんて。

 そう軽々しく扱うような言葉に、一瞬むっとしたものの、そこで口を挟める程、表面でしかものを見てはいなかった。同じようにそれへ、直向きに向き合わなければ辿り着けない場所へ届いていた彼女が本当に言いたのは、そんな事じゃないと分かっていて。


「教えてくれる人も探せばいれば、練習法だって幾らでもあるのに、でもなれるのって、本当に一握りだろう? 今日の審査だって、落ちた人もいた。それでもなれたって事はもうそれだけ、本人が頑張ったからだとしか言いようが無いんじゃないのかな。名家だからって全員が、常時帯刀者になれる訳でも無いんだし、どこ生まれだからどうとかそういうの、寂しいからあんまり言わない方がいいと思う。自分の価値を、自分で下げてるみたいで。だって、赤嶺じゃなくて君じゃないと、なれなかったんだから」

「…………」


 狙ったように言われた。

 初対面なのに、知っているように言われた。

 でもどうだろう。矢張り待ち続けていたからか、見抜かれたとか気持ち悪いとか、そんな事はまるで思わなかったな。


「じゃあ、そろそろ行くよ」


 彼女はあっさり言うと、背を向ける。

 伸びをしながら去って行く背中に、あたしは慌てて目を覚ました。


「待って」


 腕を掴んで、その背中を引き止める。


「え」



 完全に不意を突かれたようで、それは間抜けな声を出された。



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